24*よかったね、お嬢ちゃん




 牢の奥には、暗闇に身を隠すように縮こまって身を寄せ合っている、20代後半くらいの、栗色の長い髪を持った上品な雰囲気の女性と、5歳くらいの、同じく栗色の柔らかそうな髪をしている、ビー玉のような水色の瞳の可愛らしい幼女がいた。一見すると、親子のように見える。


 幼女は、怯えた眼差しでプルメリア達を見ていた。寄り添っている女性の腕をぎゅっと握った。エルフィンが牢屋の扉を開けると、プルメリア達は進んで牢の中に入って行った。


「おっじゃまっしまーす!」


 ダリアは、まるで仲の良い同級生の家にお邪魔するみたいなテンションで牢に入った。


「どうぞ……」


 女性は、呆気にとられた様子でお辞儀をした。アザミは、牢に入るなり再び卑猥なアイマスクを装着し、仰向けに寝転んだ。エルフィンは、牢屋の扉に鍵をかけると、プルメリア達を一瞥し、部屋から出て行った。ヒゲ郎も、エルフィンの後に続いて出て行った。


「あなた達も捕まったの?」


 プルメリアが、女性に尋ねた。


「はい。あなた方も捕らえられたのですね」


「捕えられたっていうか、自分から来たって感じかな」


「え? 自分から、ですか?」


「イエース! お宝ガッポーリ作戦でね!」


「はぁ……」


「よっこらしょっとぉっ!」


「おっさんか!」


 プルメリア達は、女性と幼女を囲むように地べたに座った。地面もそのまま素掘りの状態で、ゴツゴツしていて座り心地は良くなかった。


「お尻痛いですね」


「これ、使われますか?」


 女性が、腰を浮かせて地面に敷いてあった布をプルメリアに譲ろうとした。


「大丈夫大丈夫! ちょっとヒゲ! 座布団くらい用意しなさいよ!」


「へい!」


 プルメリアがそう叫ぶと、まるで待ち構えていたようにヒゲ郎が4人分の座布団を持って来た。そして、すぐにまた部屋を出て行った。


「なんか、某大喜利の座布団の人みたいですね」


 プルメリアとウメとダリアは座布団を敷いて座り、アザミは座布団を枕にして寝転んだ。プルメリア達のあっけらかんとした様子に、幼女は緊張が解けてきたのか、次第に表情もゆるくなっていった。プルメリアは幼女の目線に合わせた。


「こんにちは」


「……こんにちは」


 可愛らしい声で、幼女は返事をした。


「可愛い。娘さんですか?」


 ウメが女性に尋ねた。


「はい、この子は私の娘です」


 この2人はやはり親子で、母がクラリス、娘がミーシャという名前らしい。ガンドール帝国首都ガルディンベルクに住んでいるのだが、1ヶ月前、2人で買い物に出かけた時、ここの盗賊団に拉致されたようだ。


「え? 1ヶ月もこんなところに閉じ込められてるの!?」


「そうなんです……」


「許せないわねあいつら! 身代金目的かしら」


「それが、よく分からないんです。とくに何をされるわけでもなく、ただ閉じ込められているだけで。たまに、写真を撮られたりする事があるのですが……」


「エルフィンね! あの野郎、クラリスさんの写真を撮ってオカズにしてるのよ。熟女好きばかりか、人妻にも興味があったってわけね」


「エル坊ヘンターイ!」


「おかず? お母さん、食べられちゃうの?」


 ミーシャが大きな瞳に涙を浮かべて尋ねた。


「ある意味ね!」


「子供がいるのにやめてください!」


 ウメはオーラのハリセンを出現させ、プルメリアとダリアの頭を叩いた。


「ぎゃはっ!」


「いてて〜ウメは容赦ないなぁ」


 プルメリアは後頭部を押さえながら、ミーシャの悲しそうな表情を見た。


 こんな幼い子供に、こんな悲しそうな表情をさせちゃいけない。


 本当に、人間は卑劣な事ばかりをする。



 プルメリアはミーシャの前でかがみ、ミーシャの頭を優しく撫でた。


「大丈夫。お姉ちゃん達がここから出してあげる」


 ミーシャはゆっくりと顔を上げた。


「ほんとうに?」


 プルメリアは優しく微笑み、握った手の親指を立てた。


「本当よ。あたし達は強いんだから。さっきのヒゲの盗賊さんだって、あたしの言いなりでしょ?」


 ミーシャは、初めてプルメリア達に笑顔を見せた。


「ほんとうだ。おねちゃんたちつよい!」


 ミーシャの笑顔を見て、プルメリア達は安心した。そして、ふと、ある事を思いついた。


「そうだ。ミーシャちゃんにこれをあげる」


 そう言って、プルメリアは花の髪飾りを外して、ミーシャに差し出した。


「かわいい! いいの?」


「うん、いいよ。ほら、つけてあげる」


 プルメリアは、ミーシャの柔らかい髪に花の髪飾りを取り付けた。


「わぁ。ありがとう!」


 ミーシャは首や身体をひねって頭の上の髪飾りを見ようとした。


「鏡がないと見れないよ。おいヒゲ! 鏡」


「へい!」


 ヒゲ郎はすぐに駆けつけてきて、腹巻から手鏡を取り出してプルメリアに渡した。ヒゲ郎はすぐにその場から立ち去らず、じっとミーシャの顔を見ていた。


「か、可愛いですね、お嬢ちゃん」


「帰れロリコン」


「へ、へい……」


 ヒゲ郎は名残惜しそうに部屋を出て行った。


「はい、これで見て」


 ミーシャは、鏡に映る自分の姿を見て、瞳を輝かせた。


「かわいいー! お姉ちゃん、ありがとう」


 ミーシャは立ち上がり、ぐるぐると牢の中を駆け回った。


「ミーシャ、よく似合ってるぅ! それじゃあ、お姉さんのもあげちゃうよ!」


「わたしのも、つけてあげますね」


「うちのも可愛いで」


 ウメは花のイヤリング、ダリアは花のブローチ、アザミは花のブレスレットをそれぞれ身体から外して、ミーシャの身体に取り付けた。


「わぁ、おねえちゃんたちありがとう!」


 花のアクセサリーをつけたミーシャは、まるで花が開花し綺麗な花びらを広げたように明るい笑顔になった。ミーシャはポーズをとったり、くるくる回ってみせたりして、ひとりファッションショーをして遊んだ。


 その光景を、ヒゲ郎は入り口からこっそり眺め、よかったねお嬢ちゃん、と心の中で囁き、瞳を潤ませていた。


「みなさん、ありがとうございます。でも、よろしいのですか? とても美しいアクセサリーですが……」


「大丈夫大丈夫! すぐに生えてきますから!」


「生えてくる……?」


 プルメリア達がつけていた花のアクセサリーは、身体から生えている本物の花である。その為、一週間もすればまた元のように綺麗な花が咲く。これは、植物から造られたコダマのささやかな特徴である。本物の生花であるため美しく、作り物では出せない自然の神秘に満ちた輝きを秘めている。ちなみに、プルメリア達の花は身体から千切っても一年ほどは枯れる事なくその美しさを保つ事が出来る。これは、プルメリア達が持つ抱負なエーテルエネルギーの為と言われている。





 ミーシャは一通りはしゃぐと、疲れたのか眠ってしまった。粗末な布に包まり、母の膝の上で静かに寝息を立てている。クラリスは、ミーシャの頭を優しく撫でた。


「久しぶりにはしゃいだから疲れてしまったのですね。こんなに楽しそうにしている娘の姿、久しぶり見る事が出来ました。ありがとうございます」


 そう言って、クラリスは頭を下げた。


「1ヶ月もこんな薄暗いところに閉じ込められていたのですか、辛かったでしょう。可哀想に。あの盗賊達、許せません」


「でも〜、もーダイジョーブだよ! あっちゃん達がすぐにここから出してあげるから!」


 プルメリアは、ミーシャの寝顔を見た。瞼を閉じ、少し口を開けている無防備な寝顔。


 1ヶ月間も、この暗く冷たい檻の中で……


 プルメリアは、エリア69の空中庭園を囲む銀色の金網の感触を思い出した。造られた箱庭に閉じ込められ、死を待つだけの日々。こんな幼い子供に、そんな仕打ちが許されていいはずがない。プルメリは、手にオーラを込めた。



 今すぐここから出よう——



 鉄の柵を切り裂こうとした、その時だった。


「お前ら、ちょっといいか」


 エルフィンが、部屋に入ってきた。プルメリアはすぐさまオーラを抑えた。


「あ、人妻熟女フェチだ!」


 ダリアがエルフィンを指差して叫んだ。


「誰がだ! 殺すぞ!」


「何か用?」


 プルメリアが訪ねると、エルフィンは親指を立て、後ろを指した。



「ボスがお呼びだ」



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