3*旧世代人類の繁栄と滅亡
次に紹介するのは弌式のメンバーでウ——おっと、その前にもう1人おじさんの紹介をさせてください。
窓のない四角い通路の先に、よく知った人が立っている。
よれよれの白衣姿で通路の壁際に立ち、やつれた顔色の悪い笑顔でこちらに手を振るのは、僕たちの生みの親、イシガミ博士だ。
日々、食事や寝る事も忘れて研究に没頭しているので、常に顔色が悪く、ふらふらしている。しかし、これでもガンドール帝国で最高の頭脳と言われている。
「やぁ、サクラ。先ほどラスク君が来ていたんだが、会ったかい?」
「はい、さっき階段のところで。元気そうでなによりです」
「それはよかった。明日、再度エーテル浸透率のデータを取りたいのだが、大丈夫かい?」
「大丈夫です。みんなにも伝えておきます」
「ありがとう、頼んだよ。エーテル浸透率で今までにないデータが取れそうなんだ。これが上手くいけば、今開発しているパーツも完成に近づく」
「楽しみですね。頑張りますよ」
あぁ、頑張ろう。と言ってイシガミ博士は微笑んだ。そして、数式のようなものをブツブツと呟きながら、研究室の方に歩いていった。
もう不要になった僕達だ。僕達の研究を続ける必要などないのに、イシガミ博士は僕達の利用価値がある事を証明しようと、必死に研究を続けてくれている。それも、国務庁の決定で予算が打ち切られれば終わってしまうことだけど、イシガミ博士は最後まで頑張ってくれるつもりらしい。そのイシガミ博士の気持ちだけで、僕は満足だ。
コツコツと足音だけが響く誰もいない通路を歩いていくと、LEDパネルに『図書室』と表示された白い扉がある。僕が扉の横にあるパネルに手をかざすと(この施設では全ての部屋にセキュリティーロックがかけられている)、扉は横にスライドして開いた。
部屋に入ると、書物独特の匂いがする。世に存在する殆どの書物がデータ化され、図書室などに行かなくても手元の端末で世界中の本が読めるこの時代に、イシガミ博士は敢えて紙の本を集め、わざわざ図書室を作った。どっぷりと電子の世界に浸っているくせに、変なところがアナログな変人だ。そして、好んで紙の本を読む変人がここにもひとり。
窓際に椅子を置いて座り、書物の世界に魂を持っていかれてる少女。しらたきのように透き通る白髪のおかっぱ頭と、白い肌。ほんのりピンク色をした瞳は、静かに紙の上の文字を追っている。服装はプルメリアと同じブレザーで、薄いピンクのラインが入っている。両耳に、綺麗な白い花のイヤリングをつけている。弌式の中で、いちばん小柄な少女だ。
「あ、サクラくん」
少女は僕の気配に気づき、顔を上げた。耳元のイヤリングが揺れ、美しいピンクの瞳が僕を見つめる。
「何の本を読んでるんだ?」
「旧世代人類の繁栄と滅亡」
「また固い本読んでるなぁ」
「そんなことないよ、読みやすく書かれてるし、お話も史実に基づいて書かれてるけど物語調で読んでて面白いの」
彼女の名前は、ウメ。
女子高ノリのうるさい弌式メンバーの中で、唯一清楚で物静かな癒し系担当である。プルメリア達は僕の事を家の中に出現したカメムシのように扱うが、ウメだけは優しく接してくれる。
「そうそう、明日エーテルのテストがあるから、準備しといてな」
「はい、了解です」
そう言って、ウメは顔を少し横にかたむけて微笑んだ。超絶癒しスマイルだ。
図書室を後にすると、上の階にあるラウンジに向かった。窓が全面ガラス張りになっており、心地よい日光が差し込んでいる。テーブルやイスも流行のデザイナーがデザインしたもので、お洒落なカフェの店内のようだ。しかし、人っ子一人いない。隅に置かれたコーヒーマシンが手持ち無沙汰で立っているだけだ。僕はラウンジ内を歩きながら置かれているソファーを見て回った。大体彼女はここで昼寝している。しかし、今日はここにいないようだ。
僕は窓際に立ち、眼下にある空中庭園を見下ろした。
環状になっている動く歩道の上に仰向けに寝そべり、脚を上げてくるくると自転車を漕ぐような動作をしている怪しげな少女がいる。奴は僕が今探していた女の子ではない。しかし、奴も紹介しようとしていた弌式のメンバーの一人だ。
奴はパリピ女のダリア。
常に落ち着きがなく、騒がしい。必ず、クラスにそういう女子が1人はいる。さて、ダリアのことはとりあえず置いておいて、彼女はどこにいるのかな。僕は、細い太ももを露わにしてうねうねと動くダリアを見ながら考えた。
僕はラウンジを出ると、エレベーターホールに向かった。エレベーターの横の壁に埋め込まれたパネルに手をかざしロックを解除すると、上昇を示す三角のボタンを押した。パネルに表示された数値が徐々に低くなり、暫くして扉が開いた。
「おーっす、サクラ!」
ダリアが乗ってた。
「なんでエレベーターに乗ってるんだよ。さっきまで外にいただろ」
「うん! でもサクラ、上からダリアのパンツ覗いてたでしょ? 最近たまってるのかなぁって気になってぇ」
「覗いてないし、溜まってない。しかも、なんで上の階から降りて来るんだよ」
この恥じらいという感情を知らない女がダリアだ。ストレートの黒髪を腰の辺りまで伸ばしている。前髪は右に流して分けている。垂れ目が可愛らしく、黙っていれば美少女だ。赤いラインが入ったブレザーに、胸に大きな赤い花のブローチをつけている。
「ねぇ~サクラ遊ぼうぜぇ。ヒマ~」
そう言って、ダリアは僕の腕に寄りかかってきた。僕は人造人間でありながら、人間と同じような感情もある。戦闘能力以外は、ほぼ健全な13歳の男子だ。過度なスキンシップは控えて頂きたい。イケない部位が反応してしまう。
「ちょっと用事があるからダメ。もう少し足上げ運動をしていてくれ」
「え~」
「アザミがどこにいるか知らない? 」
「なにぃ、アザミに夜這いかける気ぃ? このこのぉ」
ダリアは俺の脇腹をツンツンする。
「かけない。イシガミ博士からの要件を使えるだけだよ」
「つまんな~い」
そう言って、ダリアは人差し指を立てた両手を上に向けて天井を指した。
僕は天井を見上げた。天井には、埋め込み式の照明があるだけだった。
……上?
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