40*サクラの大切な場所



「そういえば、サクラが言ってたっていう理想郷の事だけど」


 キョウコは、プルメリア達をイシガミ博士が使っていた書斎に案内した。


「私は分からないんだけど、もしかしたら、ここに何か手掛かりが残っているかも。もし調べたかったら、自由に使っていいから」


 そう言って、キョウコは書斎の鍵を開けてくれた。


 書斎は角部屋になっており、窓からは、ささやかな庭園を望む事が出来た。庭園と言っても、一風変わった様式だった。石の積まれた塔のようなものが置いてあったり、夏の入道雲を思わせる立派な松が植えてある。石で出来た壺のようなものの上には謎の竹筒がカコン、カコン、と一定のリズムで音を立てて頭を縦に振る。地面には、お盆ほどの大きさの石が一定の間隔を置いて埋め込まれて配置されており、小さな池も存在する。その池には、真っ赤な色をした立派な鯉が泳ぎ、池の上には小さな可愛らしい石橋がかかっている。


「変わったお庭ね。何かこう、ワビサビを感じるわ!」


「なんやねんワビサビって」


「きっと新種のワサビじゃないのん!」


「明らかに違います。ワビサビは分かりませんが、これは旧世代から一部で伝わっている『和』という様式の庭園です。イシガミ博士のご先祖様が、この和の様式を重んじる民族だったようで、イシガミ博士もそれを受け継いでいるのではないでしょうか」


「ほーん。ワ、かぁ」


 プルメリア達は和の庭園を暫く眺めた。静寂の中に、竹が石を叩く音が響く。ここだけ、別の空気が流れているようだった。もう少し、この景色を眺めていたかったが、誰かが外から見ているかもしれない。プルメリア達はカーテンを閉めて、部屋の電気を付けた。





 イシガミ博士書斎は、窓以外は本棚で覆われていた。それも、いつの時代のものか分からないような古ぼけたものばかりだった。本棚の他に置かれているものといえば、窓の横のデスクに置かれたPCくらいだった。


「まずは、このPCの中から探しましょう。PC内のデータ、そしてネットでの検索。ネットで見つかれば1番早いのですが、そんな訳にはいかないでしょうね」


 ウメの言う通り、理想郷に関する情報はネットには一切流れていなかった。そうなると、手かがりは


「この中から探すのは大変ね」


「そうですね、電子書籍なら検索で一発なのですが、個人の本棚となると一冊一冊確認していくしかありません」


「えー! 考えただけで脳みそパーン! ってなるぅ」


 そう言って、ダリアは髪の毛をかきむしる動作をした。大きな活字の壁を前にして、アザミはすでに瞼が落ちかけている。本の量は、1000冊を超えている。まるで、突然徹夜仕事を言い渡されたようだった。さすがのプルメリアも、口をポカンと開けていた。


「全部調べましょう。サクラくんの為です」


 そう言ったのはウメだった。ウメはすぐさま踏み台に乗り、背伸びをして手を伸ばし、本棚の1番上の左端から本を手に取ると、タイトルと内容を確認した。その姿を見て、プルメリアも本に手をかけた。


「さぁ、やるわよ! どうせやることないんだから」


「えー」


「アナログ趣味の悪いところやな。イシガミ博士に文句言うたる」


 ダリアとアザミもブツブツと文句を言いながら、本を手に取り、中身を確認した。






 窓を覆うカーテンの向こうは、すでに闇の世界が広がっていた。


 プルメリア達は一冊残らず調べた。PCの中の電子書籍、あらゆるファイル、データも調べた。しかし、理想郷に関する書籍はひとつも見つからなかった。


 ウメはPCの前でうつ伏せになり、他の3人は仰向けになって床に寝そべっている。意識がリアルから夢の領域に足を踏み入れたところで、書斎の扉が開いた。


「あんた達、まだやってたの」


 キョウコは驚くような、半分呆れたような調子で言った。


「ママ〜見つかんない〜」


 ダリアが口からよだれを垂らしながら言った。


「ちょっと休憩したらどうだい。今お茶持ってくるから」


 キョウコは扉を閉め、書斎から出て言った。プルメリアはゆっくりと上半身を起こした。


「ここにないって事は、やっぱりエリア69にあったのかなぁ」


「それか、単なるイシガミ博士の妄想だったとちゃうの」


「えーそんなの寂しすぎるー!」


「イシガミ博士の、書籍の購入履歴も当たってみましょうか」


 ウメは、スリープ状態になっていたPCを再び起動させた。


「あと思い当たるところはー」


「なーい」


「眠い」


「イシガミ博士がネットで購入していた書籍は、研究関係のものが殆どですね。やはり、仕事以外の、趣味の分野の書籍は紙の本をネットではなく直に書店で購入していたようです」


「それだと、探すのもまた難しくなるわね」


「だいいち、その理想郷の話しの出所が本だっていう証拠すらないからな」


 そうなんだよな。


 その事実を再確認し、みんな、一気に気落ちした。元々、理想郷を探すのなんて、深い山奥で実在するかしないか分からない雪男を探すようなものだった。


「あーんもう疲れたぁ。それよりも、もっと面白いもの探そうぜぇ。法律に引っかかりそうなDVDとかー!」


 そう言って、ダリアはデスクの抽斗を引いた。


「あーなーんもおもしろいものなーあっ、日記みっけー!」


 ダリアが抽斗から取り出したのは、古ぼけた大学ノートだった。かなり使い込まれているらしく、表紙もしわしわになっている。


「ちょっとダリア、ヒトの日記見るなんて趣味悪いわよ」


「そうですよダリア、プライバシーの侵害です」


「お母さんとの夜の営みが事細かに書かれていたらどうすんねん」


 と言いつつ、4人揃ってノートの中身を確認した。


「なにこれ」


 そこに書かれてきたのは日記ではなく、何かの記録らしきものだった。日付と、何かメモが記されていた。日付は、数年前から始まっている。


「1月7日、『文句の多い料理店』、ボン村立図書館……?」


「これって……」


 ウメは、ノートの紙面に指を這わせて記されている文字を追った。


「日付、本のタイトル、場所……これは、図書館から借りた本の記録です。イシガミ博士、PCではなくてわざわざ紙のノートに記録していたんだ……」


「まったく、ホンマ妙なトコにこだわるおっさんやね」


「じゃあもしかして、ここに書かれてるんじゃない?」


「理想郷の本!」


 4人はノートに覆い被さるようにして書かれている文字を確認していった。焦る気持ちと、もうここでみつからなければこれで終わり、という、進むのを躊躇する気持ちもあった。プルメリア達は、まるで残りの少なくなったお菓子を勿体ぶって食べるように、一つ一つの本のタイトルを確認していった。


 お願い、見つかって。


 サクラの……、


 サクラの大切な場所。




「あんたたち!」


 扉が開くと同時に、キョウコの声が書斎に飛び込んで来た。


「ひぃぃぃ、勝手に見てごめんなさぃー!」


 4人は驚き焦って振り返り、ノートは吹き飛んで床に落ちた。


「軍備部がここに気づいた。早く逃げるよ!」



「え……?」





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