ガンドールの皆さん

45*私がプルメリアを食う



 帝都ガルディンベルク中央区。国務庁塔『ユグドラシル』。


 時計の針は真上を越え、とうに日付は変わっていたが、ユグドラシルの灯りが落とされることはなかった。


 最重要課題で使われる事の多い第1会議室には、アポロ左大臣、ラスク右大臣、軍備部司令官ヴァルセンティア、ヴァルセンティアの側近である女性軍人スワ、国務庁研究所所長、同副所長のアンナ、そして、ゼーラフの開発者である軍備部研究所所長国務庁研究員のホプキンス博士が集まり、円卓を囲んでいた。


 参加者が集まると同時に、ラスクは話し始めた。


「皆、知っているかと思いますが、昨夜、コダマの攻撃によってライネス総司令官率いる航空部隊は全滅、ボンの街は壊滅となりました。ライネス総司令官の遺体は発見されていないが、状況から見て戦死されたのは間違いないでしょう。今回の作戦はライネス総司令官が独断的に行ったもので、罪のない一般市民を巻き込んでしまった事は残念でならない。この事実も確実に追求していきますが、今は何よりも、コダマ達を止めなくてはならない。事態はかなり深刻です。もう一刻の猶予も許されない。今回、この事態に早急に対処するべく、スペシャリストである皆さんにお集まり頂いた」


「あぁ。しかし、ヴァルセンティア指揮官」


 アポロがヴァルセンティアに向けて言った。


「この国の力になってくれようとすると君の気持ちはありがたいが、君はまだ治療に専念した方が良い」


 ヴァルセンティアは車椅子に乗り、その後ろに側近のスワに車椅子の手押しハンドルを握られるかたちで会議室に参加していた。


 側近のスワは、小柄でおっとりとした瞳、パーマがかかった栗色のボブヘアーと、軍服を着ていないと軍人とは分からないふんわりとした容姿をしている。スワは成績優秀で医学の知識もある為、ヴァルセンティアが負傷して以来、側近として仕えている。


 ヴァルセンティアは、軍服を羽織っているが、横には点滴をぶら下げ、身体中が包帯だらけと、とても病室から出て来られる状態ではないにも関わらず、自ら志願して会議に出席した。


「有難きお言葉です、アポロ左大臣。しかし、今は我が身を案じている状況ではありません。それに、この身体を利用した秘策があるのです」


 ヴァルセンティアは、強気な眼差しで、身を乗り出すようにして言った。


「まさか、あれを試すというのか?」


 驚きながら、アポロはラスクの方を見た。


「はい。しかし、試すのではありません。実用するのです。イシガミ博士が残してくれた、コダマの細胞移植技術を」


 イシガミ博士が最後に託したのは、コダマの特殊細胞を人間に移植するという技術だった。これは、コダマの細胞を人間に移植することによってコダマがもつ自己再生能力を利用し病気や怪我の治療を早めるといった医療の技術としてイシガミ博士が研究していたものだった。しかし、研究の過程で、あることが分かった。


 コダマが持つ、エーテルを自由自在に操る能力。これも、移植する事が可能であると。


 ラスクは、そこに目をつけた。コダマを殲滅するには、我々も対等の力を得るしかない。


「しかし、まだ研究段階のものが上手く利用出来るとは思えん」


「それを可能にするのが、ホプキンス博士です」


 ラスクは確信の眼差しでホプキンス博士を指した。ホプキンスは、無表情で水色の瞳を真っ直ぐ見据えたまま何の感情も示さなかった。ラスクは話を続ける。


「この開発チームのリーダーをホプキンス博士に、そして助手にはアンナ副所長にお願いしようと思いますが、どうですか?」


「光栄です。ガンドール帝国の為、努めさせて頂きます」


 アンナは静かに上半身を傾け頭を下げた。そして話を続けた。


「データを拝見しました。さすがイシガミ博士ですね、すでに実用可能なデータは揃っている。しかし、人体を使っての実際的な試みはまだ行われていないようですね。些か危険が伴う事かと思われますが、最初の被験者は——」


 アンナはヴァルセンティアを見た。ヴァルセンティアは嬉しようにニヤリと笑った。


「その通りです、アンナ副所長。私が最初の被験者になります。私はこの通り、片腕と片脚を失っております。これほどの格好の餌食はないのでは?」


「か、格好の餌食って」


 特殊研究所所長は幾分か後退して広くなった額の汗を拭きながら言った。


 この緊急の事態、そして重責にも一切動じないヴァルセンティア、そしてアンナという2人の若い女性。末恐ろしい。私のポジションなど、すぐに抜かれてしまうだろう。


 ラスクが話を続ける。


「それと、まだ決定してはいないが数人の軍備部の精鋭達にこの施術を行う予定です。そのエーテルを身につけた精鋭で特殊部隊を組み、コダマ殲滅を目指す。特殊部隊の責任者はアポロ左大臣が、副を私が務める。戦闘での直接の指揮はヴァルセンティア司令官に取ってもらう」


「了解です。必ず、仕留めてみせますよ。そして、私がプルメリアを食う! ひゃーはっはっはー!!!」


「威勢がいいのはいい事だ。頼んだぞ、ヴァルセンティア司令官」


 アポロが言った。表情には出さないが、内心ヴァルセンティアの言動に少し戸惑っている。


 最近の若い娘はみんなこうなのか?


「はい!」


 ヴァルセンティアは、ハイエナのような瞳を光らせて頷いた。


「開発チームも頼んだぞ。ガンドールの、いや、世界の未来は君たちの腕にかかっている」


「分かりました」


 ホプキンス博士は先ほどと同様、表情を一切変える事なく低い声で返事をした。


「よし、解散だ」


 ラスクの掛け声で、アンナ達は各々席を立った。


「ヴァルセンティア司令官」


 ラスクが、円卓から離れようとするヴァルセンティアに声をかけた。


「ハティー司令官が帰還したら、すぐに軍事会議を開く」


「了解です。まぁ、ハティー司令官などいなくともコダマを倒してみせますが」


「頼もしいな。くれぐれも、生命を粗末にしないように」


「有難きお言葉です。しかしラスク右大臣、私は身体が疼いて仕方ないのです。身体があの女を求めている。あの女の事を考えると、下半身が熱くなるのです。早くこの火照りを沈めなくては」


「ヴァルセンティア様、お言葉を慎んでくださいまし」


 スワが、車椅子の手押しハンドルを持ちながら言った。


「スワ、一時的にこの火照りを沈める為にお前と闘おうやろうか?」


「いやだわ、ヴァルセンティア様ったら」


 スワはまんざらでもさらそうに頬を赤らめた。


「お前はかなりデキるだろう? ハティーよりかなり強い」


「一応、武術は一通り習いましたが……。戦いは苦手です」


「その化けの皮、剥いでやるわ」


「お好きになさいまし。ヴァルセンティア様にならこの身、どうされても構いません。きゃっ」


「あーはっはっひゃー!!!」


 スワは、赤らめた頬に右手の手のひらを当てながら、鼻歌まじりにヴァルセンティアの車椅子を押して会議室を後にした。




 アポロとラスク2人だけになると、生徒のいなくなった教室のように会議室は静まり返った。


「ラスク、彼女達にこの国を託して大丈夫か?」


 アポロが、円卓の上で手を組みながら言った。


「いい国は女性が元気だと、誰かが言ってましたよ」


 ラスクは、少し苦笑いをして答えた。


 しかし、コダマの最終解決策が直接戦闘しかなくなった場合、コダマを倒せるのはヴァルセンティア司令官しかいない。



 もう、目の前に並べられた選択肢をじっくりと吟味している時間はないのだ。

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