プルメリア達とキョウコ
37*あれは全くの別ものだったわ
遠くから聞こえる、一定のリズムで何かを叩く心地よい音。
ほのかに漂ってくる、空になったお腹を刺激する良いにおい。
プルメリアは、ゆっくりと身体を起こした。そして、重さが2倍になったような瞼を手で擦る。寝癖のついた金色の髪が、所々跳ねている。右を見ると、ウメとダリアが抱き合って寝ている。左を見ると、アザミが綺麗な白い腹を出しながらヨダレを垂らして寝息を立てている。
あれ、ここドコだっけ。
すぐに思い出した。イシガミ博士の家だ。そして今は、キョウコさんがひとりで住んでいる家。
昨日、キョウコはプルメリア達に暖かい料理を振る舞い、その後は畳と呼ばれる草で編んだ長方形のパネルを敷き詰めた不思議なフローリングの部屋、和室に布団を並べて敷き、そこでキョウコも一緒に5人で寝た。畳の感触は、何故かプルメリア達に懐かしい感覚を覚えさせた。
プルメリアは、まだ半分瞼が閉じた状態で隣にあるキッチンに向かった。少しサイズが大きいキョウコの寝間着を着て、キッチンの入り口で目をこすりながら様子を伺った。
キッチンでは、エプロンをつけて台所に立つキョウコの姿があった。となりから聞こえてきた音は、包丁で調理する音だった。キョウコは見とれてしまうくらい鮮やかな手つきで朝ごはんの準備をしていた。
プルメリアは、暫くその後ろ姿を眺めていた。
キョウコの後ろ姿を見て、プルメリアは不思議な感覚を覚えていた。初めて見る光景なのに、どこか懐かしく、そして、ぽかぽかと心が暖まってくるような、不思議な感覚。不意に、プルメリアはその大きな瞳から一筋の涙を流した。
「あら、おはよう」
キョウコは、ドアの隅に立っているプルメリアに気がつくと、せわしなく動かしていた手を止めて微笑んだ。プルメリアは、急いで涙を拭い、その理由の分からない涙を誤魔化した。
「おはよう。眠い」
「朝は早く起きてごはんしっかり食べなきゃね。みんなを起こしてきて」
「はーい」
プルメリアはあくびをするふりをして、みんなが寝ている畳の部屋に戻った。
ウメ、ダリア、アザミは、相変わらずアホ面で爆睡している。
アホ面だけど、安心する寝顔だ。
プルメリアは涙を溜めた瞳のまま微笑むと、そのまま高く跳躍し、3人の身体の上にボディプレスをかました。
「ぐはぁっっ!!!」
プルメリア、ウメ、ダリア、アザミ、そしてキョウコの5人は、四角い木製のテーブルを囲んでいた。
テーブルの上には、陶器の白い皿の上に盛られたはちみつシナモントースト、目玉焼きとベーコン、キャベツを刻んだ胡麻ドレッシングのサラダ、そして白いマグカップに注がれたホットミルクが置かれていた。プルメリア達はキラキラ輝く瞳にその美味しそうな朝食を映していた。
「いただきまーす!」
プルメリアは、はちみつシナモントーストを手に取り、一口齧った。蜂蜜の優しい甘みと、シナモンの独特な香りが絶妙なマッチングを舌の上で披露した。
「美味しい! やっぱお母さんの作るはちみつシナモンは最高ね。時々イシガミ博士が作ってくれたけど、あれは全くの別ものだったわ」
イシガミ博士の名前を口に出して、プルメリアは少し悲しくなった。そして、キョウコが悲しむのではないかと心配した。しかし、キョウコは悲しむそぶりは一切見せなかった。
「あの人は研究以外はからっきしだったからね。ホント、何も出来ないんだから」
そう言って、キョウコは笑った。いや、きっと悲しいはずだ。まだ、心の整理さえついていないだろう。
強い女性だ、とプルメリアは思った。
こんな素晴らしい女性になれたらな。それにしても、なんでこんな素敵な女性があんな冴えないイシガミ博士と結婚したんだろう?
大いなる謎である。
「あっちゃんシナモンきらーい」
そう言いながら、ダリアは自分のはちみつシナモントーストをプルメリアの皿の上にのせた。その瞬間、キョウコの眼球が鋭く光った。
「好き嫌いせず食べる!」
キョウコははちみつシナモントーストを手に取ると、ダリアの口に突っ込んだ。
「ふがががが! たべまふたべまふ!」
ダリアが口に突っ込まれている横で、ウメは上品にサラダを口に運んでいた。
「このサラダ、美味しいです。ドレッシングが絶妙ですね」
それを聞くと、キョウコは満足そうに微笑んだ。
「そうでしょう? うちの特製ドレッシングなんだから」
ダリアは、やっとの思いでトーストを飲み込んだ。
「ママ、これパワハラ〜」
そう言って、ダリアはウメの目玉焼きを器用にフォークですくって口に運んだ。
「あー! それわたしの目玉焼きですよ!」
「うーん、めちゃうま」
「返してください!」
「ふがっ!」
ウメはダリアの首を掴んで、まるで神社の本坪鈴を鳴らすみたいにダリアの身体を揺すった。
「ぐるしい、ぐるしい! でちゃうでちゃうーっ!」
その横で、アザミはトーストの上に目玉焼きを乗せて食べるラピュタ食いをしていた。
「アンタ、はちみつシナモントーストに目玉焼きをのせるのは邪道でしょ」
プルメリアは半分まで食べたはちみつシナモントーストを両手で持ちながら言った。
「食べ方は自由や」
アザミは更に、はちみつシナモントーストの上にのっけた目玉焼きの上にサラダをのせた。
「あんたら相変わらずまとまりないわね」
そう言ったキョウコは、嬉しそうな顔をしていた。
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