ファスランとヘンデル
36*惚れ薬の開発でもしてくれよ
「おーいファス! コーヒー淹れてくれ」
ガンドール帝国国務庁管轄特殊研究所。
ヘンデルは、大気エーテル測定室に入ってくるなりそう言って、背面から飛び込むように椅子にもたれ、顔にアイマスクを装着した。
「他の研究員から給料泥棒って言われないかい?」
ファスランは、手元に置いてあったマグカップをモニターから目を離す事なく差し出した。ヘンデルはアイマスクを外す事なくマグカップを受け取る。
「おいおい、働き過ぎなくらいだぜ? 例のコダマ達を探し出せって上から指示が出てよ、エーテル探知にみんな駆り出されてる。そのうちお前んトコにも通達がく——なんだこのコーヒー! めっちゃ冷めてんじゃねぇか」
ヘンデルはアイマスクを取り、マグカップを机の上に置いた。そして、ファスランが見つめているモニターを覗き見た。
「まだやってんのかよ、エリア69のエーテル解析」
「うん、どうしても気になって。どんなに照合しても、一致する波形がないんだ」
「そんな事に熱中するなら、惚れ薬の開発でもしてくれよ」
ヘンデルは椅子から立ち上がり、研究室の隅にある簡単なキッチンスペースに行き、やかんにお湯を入れて火をかけた。ヘンデルは換気扇を回すと、流し台の縁に腰掛けてタバコに火をつけた。ファスランは、まるで柵の隙間から隣の女湯を覗く変態のように、モニターに見入ったまま動かない。
「そこまで探しても照合されないって事は、データ化されていないんじゃないか?」
ヘンデルの言葉に、ファスランは顔を上げた。
「やっぱりそうなのかなぁ。これだけ擦りもしないってことはやっぱり未知のエーテルなのかも」
「そりゃそうだろ。一応、ここは最先端の研究施設だぜ? しかもエーテルに特化した。ほぼ全てのエーテルのデータがここに集まってるんだ。ここで照合して見つかんないんだったら未知のエーテルだろ」
そう言って、ヘンデルはタバコの煙を吐いた。微かに、ファスランの鼻腔がタバコの香りをとらえた。そのタバコの香りが、ファスランの脳細胞に刺激を与えたのかもしれない。突然、ファスランは目を見開いた。
「僕はバカか? アホか? 間抜けなのか? 何故今まで思いつかなかったんだ……」
「まぁ、若干トロいところはあるかもな」
ファスランは急に立ち上がり、ヘンデルの白衣の襟を掴んだ。
「お、おい、なんだよ! 俺は正直にお前はトロいところが——」
「ひとつだけ、僕たちでもアクセス出来ないエーテルのデータがある!」
「あ、あ? そんなんあったっけ?」
「ほら、もうなくなっちゃったけど、特殊研究所エリア69支部でしか許されていなかった超極秘事項が」
「あぁ……」
ヘンデルは、その名を聞いてすぐに思い出す事が出来た。何の為に、エリア69が造られたのか。
「RA……ラオム・アルプトか」
「そう! ヘンデル、男として頼みがあるんだけど」
「おいおい、やめてくれよなぁ! お前が考えてる事くらいすぐにわかるぜ? 俺まだここクビになりたくないんだけど」
「大丈夫、最悪極刑さ。死んだら無職なんて気にならないよ。でもそんなこと言ってられない、これは国民の危機かもしれないんだ」
「ちょ、極刑って! おいおいおーい!」
ファスランは、ヘンデルの白衣の袖を掴んで研究室の外まで引っ張っていった。その数秒後、ラスクと数人の研究員が大気エーテル測定室の前の通路を足早に通り過ぎた。
「ラスク様、やはりまだ実用には早いかと」
「申し訳ないが、間に合わせてくれませんか?」
穏やかに言ったが、国務庁の右大臣であるラスクの命令は絶対だ。立派なバーコード頭の研究員は汗でその額を艶やかにしていた。ラスクは研究所の所長室に入り、そのままパソコンの前まで行き、パソコンに小型のメモリをセットした。空中のディスプレイに、読み込み開始の表示が現れた。
「所長、ご覧ください」
バーコード頭の所長は、ハンカチで汗を拭きながら空中に表示されているディスプレイに目をやった。
「こ、これは……」
所長は、額を拭いていたハンカチを口元に当てて驚いていた。
「極秘データですが、今はそんな事を言ってる場合でありません。イシガミ博士が、エリア69崩壊の前日に私に託してくれたものです。もしかしたら、イシガミ博士は何かを察していたのかもしれない」
「ここまで進んでいたとは……出来ます、仕上げてみせます」
「頼みますよ」
そう言うと、ラスクのスマホが着信を告げた。ラスクは素早くスーツのポケットからスマホを取り出し、通話を始めた。そのままデータの入った小型メモリを残し、足早に所長室を出て行った。
プルメリア、ウメ、ダリア、アザミ……君たちは今どこで何をし、何を考えている?
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