アポロとラスク
19*あるいは、世界すら
50メートルの城壁に囲まれた、ガンドール帝国首都ガルディンベルク。
その円形に広がる大都市の中心に位置する、国務庁塔(通称、ユグドラシル)の最上階。全てを見下ろせる360度ガラス張りの部屋の中央のデスクに、アポロは座っていた。高級な紺のスーツのフラワーホールには、ガンドール帝国国務庁の紋章が光っている。アポロが座るデスクのそばには、黒のスーツをきっちりと着こなしたラスクが立っていた。
「コダマによる反逆で、エリア69は崩壊。その後コダマ討伐に向かったゴリアテと後方支援部隊もコダマによる攻撃で壊滅との報告です。コダマ5機のうち1機は破壊しましたが、残り4機はその後逃亡。行方は分かっていません。現在軍備部の方で捜索中です」
ラスクが言った。アポロはデスクのモニターに表示されている報告書を見つめている。
「生存者は?」
「現在治安部隊が救出活動を行なっていますが、今のところ見つかっていません。出撃したゴリアテの乗組員と戦闘機のパイロット各員も、絶望的な状況です」
「ヴァルセンティア指揮官は?」
「現在捜索中ですが、安否は不明です」
「そうか」
アポロは、デスクの上に手を組んだままの姿勢で動かなかった。何かを考えているようだ。アポロは暫く黙っていた。
アポロが口を開く前に、ラスクが言った。
「軍備部の報告を真に受けるのですか? プルメリアがゴリアテを破壊した映像は残っていますが、エリア69の崩壊についてはなんの記録も残っていません。不自然ではありませんか?」
「だが、例えどんな理由があったにしても、コダマがゴリアテ率いる航空部隊を壊滅させた事は事実だ。軍備部への攻撃は、すなわちガンドール帝国への反逆となる。反逆者であるコダマ達は、我々の殲滅対象だ」
「軍備部が謀反を企てた可能性だってあります。その場合、コダマは帝国を守る為に戦ったと言える」
「想像で言うには過ぎる。少し冷静になれ。お前らしくないぞ」
「しかし!」
ラスクは両手をデスクの上についた。
「10万人の生命が犠牲になったのだぞ」
アポロは落ちついた、しかし強みのある口調で言った。ラスクは、デスクの上に開いていた手を強く握った。
「これはもう、このガンドール帝国、その国民に対する脅威なのだ。国民を守る立場の我々は、その脅威を全力で阻止しなくてはならない」
ラスクはうな垂れた。
アポロは組んでいた手を解き、背もたれにゆったりともたれかかった。
暫く、時間が止まったように、2人とも黙っていた。
ラスクの脳裏に、サクラ達の笑顔が浮かんでいた。まるで、すぐそばで彼らが笑っているように、その笑顔をありありと思い出す事が出来た。
ラスクがうな垂れ、言葉を詰まらせる様子など、普段、誰にも見せる事のないものだった。
先に口を開いたのは、アポロだった。
「ラスク。ガンドール帝国に忠誠を誓った元軍人同士として話しをさせてくれないか」
ラスクは上半身を起こし、またいつもの背筋のピシッと伸びた姿勢に戻り、腕を組んだ。
「えぇ。なんですか?」
アポロは1つ息を吐いて、言った。
「コダマ計画は、俺の、言わば、我が儘で通したような計画だ。イシガミ博士の話を聞き、これなら世界を救えると思った。それと同時に、俺は世界を救う英雄になれると思った。子供の頃に憧れただろ? スーパーマンとか、ナントカレンジャーとか、アレだ。ヒーローだ。俺はそれになりたかっただけなんだ」
「そんなことはないでしょう。あらゆる可能性を考慮した結果がコダマだ。アポロさんが英雄に憧れようと、そんなことはこの結果に一切関係ない。コダマを選択したのは正しかったんだ。もしゼーラフを使っていたら、とっくにガンドールは滅んでいたかもしれない。あるいは、世界すら」
「俺は、この国を動かし人民を守るという仕事の中で、少しでも私事を挟んでしまったことを後悔している。しかもその結果、10万人という国民を犠牲にしてしまった」
「固い考え方は軍備部時代と変わってないですね」
「完璧主義と言ってくれ」
アポロは、机に身を乗り出した。
「コダマは、俺がこの手で殲滅する」
「あなたが、指揮官としてですか?」
「そうだ。俺が先頭に立ち、この手でコダマを殲滅させる」
「何を馬鹿なことを。この職務を放棄してですか? この非常時に? それこそ我が儘だ。余計な混乱を招くことになりますよ」
「だから、役職ではなく、男同士で話しをさせてくれと言っているのだ。頼む、最後の我が儘だ。それが俺なりの責任の取り方だ。ケジメ、というやつだ。コダマを殲滅したら、後は処分を受けよう。頼む」
アポロは立ち上がり、ラスクの瞳を真っすぐ見据えた。ラスクも高身長な男だが、アポロはガタイが良く、ラスクが小さく見えるほどだ。
アポロも、ラスクと同じく責任を感じていた。責任は、全て自分で取る。その大男の決意は、圧倒されるほどに固いものだった。長い付き合いだから、ラスクもその意志の固さは知っていた。
「分かりました。ですが、条件があります」
「なんだ?」
「私もそのケジメとやらを手伝わせてもらえませんか?」
「それはダメだ」
アポロは即答した。
「職務はどうする? 大臣2人が抜けたら国が回らないぞ。それこそ軍備部の、ライネス達の思う壺だ。さらなる混乱を招く事になる」
「それなら言わせてもらえますが、コダマ達を確実に殲滅させる策はおありですか?」
「それは」
「まさか、人間相手の装備で出撃されるつもりじゃないでしょうね? 我が帝国が誇る飛行戦艦ゴリアテがいとも簡単に墜とされたんですよ? コダマ相手に生身の人間じゃ、決死の覚悟で出撃しても突撃兵としてすら戦えない。それに、失礼ですが、アポロさんももういい歳だ」
「なっ、なにっ!?」
アポロは身を乗り出した。ラスクは両手を開いて手の平を上に向けた。
「それに、戦場を離れて久しい。身体を使うより、その頭脳をフルで使った方がよっぽど合理的だ。違いますか?」
「だが、これは俺のケジメなのだ! こんな机に座ったままでどんなケジメがつけられるというのだ!」
アポロは、テレビドラマに出てくる叩き上げの年配刑事のような男だった。決して信念を曲げないし、自らの脚を使って事件を追う。机に座ったまま命令だけを出すのは、性に合わない。
「ケジメケジメと、冷静になるのはあなたの方じゃないんですか? ケジメというのは、コダマを殲滅させ脅威を取り除くことで初めて成立します。無駄に死ぬことではない。それでは単なる逃げになってしまう」
「だが……」
アポロはデスクに手をつき、項垂れた。
「コダマ討伐の為の特殊部隊を結成しましょう。部隊の司令官はアポロさんになってもらいます。もちろん、左大臣と兼任で。実務については、私が動きます」
「なっ、それでは何も変わらないではないか。俺は、1人の男としてお前に頼んでいるんだ。俺にやらせてくれと」
「これが男としてあなたの話を聞いた上での最上の譲歩です。1人だと無謀だ。でも、私達2人なら、出来る」
「くっ……」
アポロは、ラスクの優秀さを1番理解してる男だった。この男の言う通りだ。今の俺では、コダマを殲滅する事は実際的に難しい。
アポロは、とうとう椅子に座り込んだ。
「しかしだな、俺はコダマとの戦いにお前を巻き込みたくないのだ。お前には、俺が退いた跡を継いでもらいたい」
「そうしたいのですが、私もコダマ計画の責任者の一人です。確実に処分されるでしょう。もう出世は望めません。こうなったら元軍人同士、最後の任務をしっかりと成し遂げようではありませんか」
「あぁ……」
アポロは額を手で抑えた。
「それに、私も責任を感じているのです。彼ら、コダマが産まれた時から私は彼らと一緒にいました。とくにサクラくんの事は、出来の良い弟のように思っていました。非常に悔しい」
ラスクは、拳を強く握った。
「正直、彼らがそんな事をしでかしたとは信じられない。しかし、多くの生命が犠牲になったことは事実。一体なにが起こったのか、私はコダマ達から直接、話を聞きたい」
アポロはため息をつき、その後眉間に皺を寄せ、デスクの上に手を組んで身を乗り出した。
「で、具体的な策を聞かせてくれ」
ラスクは微笑んだ。そしてすぐに、真面目な顔つきになった。
「イシガミ博士が開発していた兵器があります」
サクラくん達を産み出してしまったのは、私の責任です。
自分でしたことの責任は、自分で取らせてください。
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