第40話 なんですか、コレ?
ひらめいた。
逆立ちは効果覿面だった。ぱんつが覗けた恩恵かもしれない。
「おい、金の天使、お前、コスプレしろ」
「え? オレですか? そりゃ、若くて美人のコスプレイヤーと知り合って結婚とかしたいですけど、オレがコスプレしてチャンスありますかね?」
「おめぇにチャンスなんか無ぇよ!」
カパック王が怒鳴っても、太った金の天使にはどこ吹く風だ。
「えーでも、51歳の漫画家が19歳だか20歳だかのかわいいコスプレイヤーと結婚したこともありますよね。オレ、絵を描くのは得意だし、オレにもワンチャンあるんじゃないですか?」
「だから無ぇっつってんだろ。そういう話じゃなくて、さっさと日本の戦国武将上杉謙信のコスプレをしろ。そして敵に塩を送るのだ」
「えー、そういうコスプレですか……」
ほんとにイヤそうな顔をして、金の天使はスケッチブックに編んだ竹製の籠の絵を描いた。
「よっしゃどすこい! 実体化しろ!」
絵を描くのが得意なことと、現代日本からインカ帝国に転生したことで獲得した唯一の異能力だけが、金の天使のレゾンデートルだ。言葉通り、籠が実体化した。
「なんですか、コレ?」
まるで、吹奏楽部員たちのド下手クソな演奏を聞かされた吹奏楽部顧問教師のような冷酷さで、カパック王は金の天使に冷ややかな眼を向けた。
「これは塩籠ですよ。相撲の時に、力士が塩を土俵に撒くじゃないですか。その塩を入れるための籠です。テレビで大相撲中継を見たら画面に映っているはずですよ」
「すまんな。ここは12世紀末のインカ帝国だから。現代日本の電波は伝播しないんだ。それにNえっちKは気に入らないから受信料を払っていないんだ」
なぜかカパック王は偉そうに胸を張って言った。
「それはそうと金の天使よ、その塩籠で塩を運ぼうというのか? そりゃいくらなんでも効率悪くないか?」
カパック王は塩籠と、室内に大量に存在する塩の山を見比べる。塩の山も、一つの峰では足りなくなってきて、山と山が連なって山だらけの山脈といった風情になってきた。白い塩だから白い山脈であり、モンブランだ。
「籠はたくさん描いて実体化しますよ。塩を籠に入れて運搬するのはオレの役目じゃなくて、現代日本から転生してきたオッサン連中の仕事です」
「お前だって人のこと言えないだろう。現代日本から転生してきたオッサンじゃないか」
冷静なツッコミを入れたカパック王に対し、一瞬だけ唇の端が引きつったものの金の天使は平静を装う。
「オレが相撲の塩籠にしたのには理由があります。現代日本からトラックに轢かれて転生して来たのは、大抵が冴えないオッサンです。氷河期世代だから仕方ないともいえるんですが、まあ、ただ太っているようなヤツも多いです。これぞ、ザ・スモウレスラーじゃないですか」
「お前だって人のこと言えないような体形じゃないのか……まあいい。とにかく塩籠を大量生産しろ。スモウレスラー……じゃなくて氷河期世代の底辺労働者の数はたくさん揃っているのだから、塩を満載した塩籠を二つくらいずつ持たせてひたすら人海戦術だ!」
号令高らかに。カパック王の命令通り、塩籠が大量生産された。その塩籠に塩を山盛りに載せて、一人二つずつ籠を持って、氷河期世代たちは歩き始めた。氷河期世代の大移動である。それはまさに、ゆったりしつつも氷河の流れであった。
塩を入れているのが、竹取の翁がパッカンパッカンと切ってきた竹を編んだ籠だから、隙間から少しずつ塩が漏れる。また、フタがあるわけでもないので、少しバランスを崩せば山盛りの塩が上から少し零れる。しかしそれでも、そんな少しばかりのロスなど気にしない。
「ふふふ。これでマヤ文明も終わったな。まあ最初からオワコンだったけど。ヤツが塩分過多で高血圧になって苦しんで死ぬ模様が、脳裏に鮮やかに浮かんでくるわ」
心の底からマヤ文明を嘲って、カパック王は高らかに笑った。
クスコの王宮に山となって蓄積していた塩の白い山は、瞬く間に低くなっていった。
「おや、ファンタジー警察が来ないな。『インカ帝国からマヤ文明までは距離が長いから補給線が長くなってどうこう』とか、また言ってくるんじゃないかと期待していたんだがな。ちょっとアテが外れたというか、今どこで何をやっているんだか」
「あ、オレ、知っていますよ。ファンタジー警察なら回転寿司屋に行っています」
「なんで? こういう時こそ仕事するべきなんじゃないの?」
実際に来られても迷惑なだけなのだが、来るべき迷惑マンが実際に来ないとなると違和感MAXというか、不思議で気持ちが安定しない。
「ウナギの絶滅が避けられないなら、ヘンにかっこつけてウナギを食わないとか言っていないで、今のうちに食えるだけ食いまくっておいた方がお得じゃないか、とか言ってウナギの軍艦ばかり注文して30皿くらい食べまくっているらしいですよ」
思わず耳を疑ったが、疑っても始まらない。
「それって、社会正義を守るべき警察がやることか?」
率先して悪い道に走っているのではないだろうか。
「別に警察だからって必ずしも正義とは限らないじゃないですか。現代日本でだって、警察の汚職とか犯罪とかだってありましたし。それに、ウナギが絶滅してしまったら、現実のものではなくファンタジーな存在になってしまうから、ファンタジー警察としては率先して食べて絶滅に少しでも早く到達できるように協力すべきではないかと言っていましたよ。それに仮に本当に絶滅したとしても、スタップ細胞で再生させることができるからノープロブレムらしいです」
「STAP細胞が一番ファンタジーな存在じゃねえかよ」
金の天使とファンタジー警察がいつの間に深い事情を話す関係になっていたのかは知らないし知りたくすらない。
「まあ、ファンタジー警察はムカつくヤツだ。来ないなら来ないでいい。勝手にウナギを絶滅させていろ」
そしていよいよ。
クスコの王宮に溢れまくっていた塩を、全部マヤ文明に送りつけることに成功した。
人海戦術で、氷河期世代の連中をこき使った結果だ。普通の人間ならば、クスコからマヤ文明まで徒歩で移動するのはかなりのハードプレイだが、氷河期世代のオッサンたちはもはや単なる冴えないオッサンではないのだ。トラックに轢かれて少子化で衰退しつつある現代日本から栄光のインカ帝国に転生する過程でチート能力を駄女神から付与されているのだ。インカ帝国からマヤ文明まであるくことくらいはファンタジー警察に突っ込まれることなく達成できるのだ。
「さあ、マヤ文明。塩分摂取過多でさっさと血圧上げろ!」
静かだ。
何も起こらない。
「な、なんだ? どうした? もうやったか? マヤ文明のヤツ、もうくたばったのかな? だからもう静かになってしまったのかな?」
やったか? は、まだ死んでいないフラグの台詞なのだが、そうと気付かずに思わずカパック王は口にしてしまっていた。
だが。
カパック王は気付いた。
分かってしまった。
マヤ文明はまだ生きている。
「どういうことだ? マヤ文明に塩を送りつけたはずなのに……」
なぜ、カパック王の完璧な計画が頓挫してしまっているというのか?
その答えは、意外なことに、すぐ近くから出てきた。
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