第34話 就職以外も氷河期

 それはまるで、真珠湾を目指す南雲機動部隊のような大艦隊となって。

 氷の群れは海上に浮かび、整然とした隊列を組んで、南十字星の下、更に南へと進んだ。

 南極大陸に到着すると、そこからぴょんと陸地に飛び乗った。

 驚いたのは、南極大陸でのんびりと暮らしていたコウテイペンギンだ。もちろん、巨乳でハイレグの無駄にエロい白レオタードを着用して歌って踊れるアイドルだ。

 何の予告も無く、いきなり巨大な氷の塊の大軍が大艦隊となって押し寄せて、しかも海から陸に上がって更に進行して行くのだ。

 氷の塊に踏みつぶされてしまったら、ペンギンの中では大型のコウテイペンギンといえども、ひとたまりもない。慌てて逃げる逃げる。びっくりして白目を剥いて気絶しているヤツも逃げ遅れると大変なので、気を取り直して逃げる。

 逃げまどうコウテイペンギンたちをよそに、氷は次々と南極大陸上陸を決める。あたかもノルマンディー上陸作戦のような壮大さで、かのポール・アンカの名曲、史上最大の作戦、が雄壮に流れる。曲に乗って、氷の群れは民族大移動を続ける。

 夏の甲子園での高校野球選手権大会の開会式のように、茶色の土の上に、白い氷が整然と並んで、土の茶色を少しずつホワイトへと埋めて行く。とはいってもここは、39度の灼熱の甲子園ではない。氷河期が復活した地球の、最南端たる南極大陸である。

 並んだ氷の群れは、同じ色が並んでくっついたぷよぷよのようにアイスストームとなってブルルンと癒着した。一つ一つは小さい氷でも、くっつくことによってみんなで力を合わせて大きな氷になる。

 これが群れとしての強さだ。

 南極大陸の上の氷の塊が、どんどん大きくなっていく。これが氷河期のパワーだ。

 南極大陸という陸地の上で、水分が氷という状態で固まって蓄積してゆく。つまり、地球上における液体の水はその分減っていくことになる。

 地球上の氷の大部分が、南極を目指して集結する。南極大陸だけでなく、南半球のほんとに南の方、チリとかアルゼンチンとかのマゼラン海峡あたりも多くの氷が押し寄せて渋滞状態になってきた。南極のコウテイペンギンだけではなく、ロイヤルペンギンもイワトビペンギンもジェンツーペンギンも夢の翼で空を飛んで大慌てで逃げた。

 空気はどんどん冷えていく。

 南の海で漁獲して日本の安い回転寿司屋で回す代替魚たちも、冷凍する手間が省ける。

「あっ、海面が……」

 誰が言ったか。

 いや、最初に言ったのが誰であるかなど、もはや問題ではない。全ての人が気付いていた。

 海面が、目に見えて低下して行きつつある。

 地球に、奇跡は起きたのだ。

 否、偉大なるカパック王が、奇跡を現実に起こしたのだ。

 今まで海の下に沈んでいた陸地が、再び水の上に復活し始めた。

 それは、北欧神話の巫女の予言の最後に謳われる、新天地の誕生シーンのごとく、感動的な場面だった。

 陸地が復活していった。チベットだけではなく、高地でないところも海の上に出た。

 インカ帝国の国土も回復した。

 これで、じゃがいものインカのめざめの作付けもできるようになった。

 モンゴルの大草原からも海水が引いてゆく。

 かつての名作SF小説よろしく沈没していた日本列島も復活し、改めて不沈空母となった。

 そして、メキシコも水面に顔を出し始めた。

 冷蔵庫の中でキンキンに冷えたストロングゼロのように冷え冷えに冷たくなった氷河期の地球で、太平洋にはムー大陸の残骸が積み重なっていた。海面上昇の原因になってしまったアレだ。

「……あ、そういえば、海面上昇の原因って、元をただせば、金の天使がスケッチブックに書いて実体化させたムー大陸がたくさん沈んだから、だったじゃないかよ。アイツのせいだったのに、アイツは責任も一つも取らなかったな。さすが氷河期世代、使えないヤツだったわ」

 カパック王は金の天使をディスった。金の天使本人にも聞こえても構わない、むしろわざと聞こえるような大きな声で氷河期世代の悪口雑言を並べ立てた。

「氷河期世代はスキルが無いから使えないんだよ。本来ならもう若手を育てなければならない年代なのに、自分を育てろ、なんて社会に対して逆恨みして文句を言っている時点で認識が甘いというか。そんなんだからなかなか正社員にもなれないし結婚もできないんだっつうの」

 悪口ではなく、むしろ氷河期世代に関する本当のことだ。

 言えば言うほど、蝦蟇の油よろしく、金の天使の肌から氷河期が滲み出て、地球の寒さが更に輪を掛けて厳しくなる。

 はずなんだけど……

 もう、新たに一団と寒さが厳しくなることはなかった。既に鼻水も凍り、ラッキーさんもカチコチに凍って固まってしまうほど寒い世界になってはいる。

 シベリアでは大雪原が改めて凍って、溶け出していた氷付けのマンモスが再び凍り始めた。アムール川の流れは季節に関係なく氷になった。流氷を生み出す川どころか、川そのものが氷だ。

 日本では、一度溶けたアイスクリームが再び凍った。アイスクリームは一度溶けてしまうと、もうアイスクリームには戻れないのだ。不可逆的に溶けてしまって取り返しがつかないのだ。バレンタインのチョコレートと同じ感覚では駄目なのだ。

 中国では黄河が凍った。ということは、黄色い氷が流れて行くということだ。

「ふはははははははは! 地球が、地球が、どんどん氷河期になってゆく! 海面が低下していく」

「カパック王、氷河期はいいんですけど、ちょっと冷えすぎじゃないですかね? これだと、俺が作ったラーメンのスープがすぐに冷めてしまうんですよね? 食べる人が麺を食べている間くらいはスープの温度を高いまま保っていないとラーメンの旨さが落ちてしまうので、もう少し氷河期を緩和してもらえないでしょうか?」

「は? ……なんだ? お前、誰だよ?」

 カパック王は氷河期らしい冷たい態度をとった。塩対応だ。

「何を知らない人みたいな扱いをしているんですか。俺ですよ。ラーメン職人の佐野二郎ですよ!」

 日本国内だけでなく異世界にも行ってラーメン修業をした最強のラーメン職人を抱えているのだから、インカ帝国の宮廷は実はスゴイのだ。

 だが、カパック王はその凄さに自ら気付くことなく、凄腕の職人を冷遇しようとしている。

「お前なんか知らんぞ。そもそもラーメンを食い過ぎてしまってドクターストップを食らってぱったりとブログ更新が止まってしまった悲劇のラーメンブロガーを何人も知っているぞ。お前もそうなりたいのか?」

「そ、そんな……カパック王、お願いです。上手いラーメンの温度を保つために、氷河期を緩和してください!」

「やだね」

「ほんの少しでいいんです! ラーメンを食べられなくなると、全国のオタクがソウルフードを失ってしまいます!」

「ソウルフードだと? お前、もしかして反日の韓国人か?」

 カパック王は眼をいからせてラーメン職人を睨んだ。カパック王はインカ帝国の王だけど、基本マインドは日本人オタクなのだ。

 …………なお、余談だが、南極大陸に氷が押し寄せることで、フンボルトペンギンだけは逃げ遅れて、氷に挟まれて閉じこめられてしまった。ということで南米に棲む野生のフンボルトペンギンは絶滅危惧種だったのが敢えなく絶滅してしまった。

 でも日本の動物園で大量繁殖しているフンボルトペンギンは、海面が上昇しようが再び下がろうが関係なく、けもフレ2期の放送をテレビの前で全裸待機していた。

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