第27話 奪回作戦の切り札

 ふと脇を見てみると、金の天使が、ホタテのヒモとコッコを食べていた。それも単に生で食べるのではなく、手を掛けて加工していた。ヒモは桜のチップで燻して噛めば噛むほど味の滲み出る薫製にしていた。コッコはというと、ホタテの貝殻の上に乗せて、そこに昆布だし醤油を垂らしてバターをひとかけら載せて下から直火で焼いていて、香ばしい香りが周囲に充満している。ここは海中で周囲は全部海水だが、そういう調理をしている。

「おい! 金の天使! ホタテ食うなよ! それをエサに金髪・ツインテ・貧乳を呼び戻せないじゃん!」

「カパック王が、ホタテを食わせてやる、って言って俺を召喚したんじゃねえか。そんなにホタテが必要なら、独房の中のくの一をひん剥いて生産すればいいじゃないですかね?」

 そう。無ければ作ればいい。

 だがくの一は両手で胸と股間をしっかり押さえてガードしている。

 勝った! とくの一が思ったのも束の間だった。

「くの一がガードしているから、もっと正攻法で金髪・ツインテ・貧乳を呼び寄せようじゃないか」

 カパック王は懐から箱入りのお菓子を取り出した。上端の部分が黄色いクチバシになっていて、丸いチョコレートのボールが入っているお菓子だ。チョコボールの中身はピーナッツが入っているバージョンがあったり、キャラメルやクッキーなどの版もある。なお、インカ帝国チョコボールの中には名産品のじゃがいもが入っている。モンドセレクション金賞を惜しくも逃してしまったほどの特産品だ。

 金1に対して銀5の等価交換、の元祖ともいうべきお菓子だった。

「ほらー! チョコボールだぞ! これを食わせてやるから、金髪・ツインテ・貧乳よ、さっさと来い!」

 来るわけない。

 月給16万円残業手当無しボーナス無しの待遇で、一流大学出身の新卒で資格も持っていて実務もできる優秀な人材を募集しているようなものだ。なおカパック王は常に床上手な処女を募集している。

 疲れたような表情で口を開いたのは金の天使だ。

「カパック王、それは無理だと思いますよ。俺は自分の意志でじゃがいもパーティーに参加して十徳さんの作ったじゃがいも料理を食べていたけど、あの金髪・ツインテ・貧乳っていう秘書は、モンゴル軍に捕まって補陀落宮殿に連行されてきて、そのまま地下牢に入れられていたぞ。ただ呼んだだけでは、牢から抜け出して来るわけにはいかないだろうから、来ないと思うぞ」

「なに? 牢に入れられているのか。そりゃ確かに自力で来ることはできないな。救助に行かなければならないか」

 だが、向こうはチベットのラサ。世界の屋根たる高地にある、補陀落宮殿である。難攻不落を誇る場所に、マヤ文明とモンゴルまでも身を寄せて三国同盟を組んでいる。

 どうやって救出するというのだろうか。

「だがなあ、こういう時にインカ帝国には人材がいないんだよなあ。人材不足だからこそ、その足りない人材を確保するために、捕らえられた金髪・ツインテ・貧乳を救出しないといけないんだけど」

 ジレンマにカパック王は悩む。思春期まっただ中で自意識をこじらせまくった14歳少年のように悩みまくった。

「素早く補陀落宮殿に潜入して、手際よく金髪・ツインテ・貧乳を救出して、上手く脱出して、金髪・ツインテ・貧乳をインカ帝国まで送り届けてくれなくてはならない。かなり難しいぞ。そんなことが都合良くできる人材なんて居ないからなあ」

 そこで、金の天使が、都合良く申し出てくれた。

「いや、いますよカパック王。というかカパック王だってご存知の人物ですよ。お忘れですか?」

「なんとびっくり玉手箱。金の天使よ、本当か? ご都合主義こそがこの世の理となっているが、伏線も無しでそんな有能な人物を都合良く出してしまって良いのか?」

「何をおっしゃるんですかカパック王。伏線は張ってあるじゃないですか。第1話から何回も何回も……ピンポンダッシュですよ!」

「…………は?」

「ですから、ピンポンダッシュです。第1話から何回も出てきていますよね? インターホンをピンポーンと鳴らすだけですけど」

「いやいやいや、ちょっと待てや。確かに私が以前からピンポンダッシュに悩まされている、的な記述はあったが、実際にドアベルを鳴らされた時には、必ずちゃんとした来客があっただろう。……まあファンタジー警察みたいなのをちゃんとした来客と称することには計り知れない抵抗感があるが」

 そうだ。

 確かに、幾度もインターホンは鳴った。そしてそのたびにカパック王は「またピンポンダッシュか」と疲れたような呆れたようなうんざりした口調で言っていた。しかし、ドアの外の来客はダッシュで逃げたりはしなかった。ちゃんと来訪した客だった。そうだったはずだ。

「違います。カパック王は状況を正しく把握していない。今まで、ピンポンが鳴った時、鳴らしていたのは常にピンポンダッシュだったのですよ。その時、玄関の外には来客とピンポンダッシュの二人が居たのです。ピンポンダッシュはダッシュで脱兎の如く逃げて、来客だけが残ったので、扉を開けた時には来客だけがいたので、来客がピンポンを鳴らしていたと勘違いしていたのです」

「そんなバカな」

 カパック王のその台詞も幾度口にしただろうか。

 ピンポンダッシュは、自らの存在を気取られないために、自分以外に来客がある時にだけピンポンを押して逃げていたのだ。

「そんな手の込んだイタズラをするとは。インカ帝国には悪い意味で個性的なヤツしかいないのか?」

「何を言っているんですか。毎回カパック王は『またピンポンダッシュか』と仰っていたじゃないですか。気付いていたんじゃなかったんですか?」

「いや、ピンポンダッシュが居ることは、ずっと以前から知っていた。だが最近になって、来客と一緒に来てピンポンを鳴らす、などという斬新な技を使うようになったことまでは見抜けなかった。しかし……」

 ピンポンダッシュは、ピンポンを鳴らした上で、カパック王に気配を気取られる事もなく、素早くダッシュで逃げている。その姿をカパック王の目に晒していない。逃げる時の足音も聞こえない。だから、ダッシュ力が優れているのは確かなのだろう。ダッシュで補陀落宮殿に潜入し、衛兵に捕まる前にダッシュで捕虜の金髪・ツインテ・貧乳を救出して脱出する、という俊足であることを要求される救出任務には最適な人材といえる。

「じゃ、そのピンポンダッシュに、金髪・ツインテ・貧乳の救出を依頼すればいいのだな……で、そのピンポンダッシュをどうやってここに呼ぶのだ?」

 首をひねるカパック王に、金の天使が答えを提示する。

「ピンポンダッシュは、ボタンを見ると押さずにはいられない人種なんです。『押すなよ、絶対に押すなよ』と言われると押しちゃうタイプです。つまり、一瞬では押しきれないくらい、多くのボタンを用意すれば、ピンポンダッシュが押している間に交渉をすることができます」

 ほう。溜息が出た。たとえどんなに気に入らない人物であろうと、出したアイディアが素晴らしいものであれば素直に賞賛する。その度量の広さが偉大な支配者カパック王なのだ。

「金の天使よ、お前、見た目とは裏腹に、なかなか頭いいんだな」

「だから一流大学卒業だって言ってんだろ。宇宙マーチだぞ」

 そう言いつつ、金の天使はたくさんのボタンを床の上に並べた。形状としては、チャチなSF映画なんかで見かける核ミサイル発射ボタンのような感じにも見える。四角い白い箱の上に、ピョコっと赤いボタンが飛び出ている。「押すなよ、絶対に押すなよ」というネタを忠実に再現した形状といえるだろう。

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