第26話 逆転の発想の勝利

「困った問題だな」

 言いながらカパック王は、ホタテ貝の貝柱を口に放り込み、もぐもぐごっくんした。このホタテ貝柱がどこから出てきたかはお察しください。

「金の天使を、我がインカ帝国に連れ戻す。どうするべきか。あいつはじゃがいもという食欲に釣られて簡単にインカ帝国を裏切ってしまった愛国心の無いサヨクだ。どうやって連れ戻……あっ」

 貝柱を食べて脳の働きが活性化されたのか、カパック王は名案を思いついた。

「そうだ。食欲で向こうに行ったというのなら、それ以上の食欲でこちらに引き寄せればいいのだ。逆転の発想の勝利だ。こちらには、名産品のとれたてじゃがいもがある!」

「カパック王、じゃがいもは無いですよね? じゃがいもはマヤ文明たち三国同盟に掠奪されたんですよね?」

 なぜずっと投獄されていたくの一がそのへんの事情まで知っているのかは謎だが、言っていることに間違いは無い。

「そうだったな。ちょっと忘れていた。……いや待てよ。食べ物、あるじゃないか。私が今、食べたばかりじゃないか! ホタテ貝がある!」

 びしぃぃぃっ! っと。カパック王は独房内のくの一を指さした。

「そうだ。こんな簡単な方法があったじゃないか。お前を裸にすれば、見えてはいけない部分を隠すためにホタテ貝が発生する! そうすれば食べ物をゲットだぜ!」

 カパック王の暴挙ともいえる発案に、くの一は焦りで顔面蒼白になった。

「っちょ、ちょっと待ってください。せっかく服を着せてもらったのに。これを脱がすというのですか!? 服を着せてもらうという条件で情報を提供したのに、それは契約違反ではないでしょうか。どうしても私から服を取り上げるというのなら、カパック王が得た情報も完全に私に返してもらわないと。カパック王が情報を完全に忘れて、私から情報を聞く前の状況にロールバックするくらいきちんと返却してもらわないと公正な取引だったとはいえません」

 すわ、またもくの一がカパック王に脱がされてしまうのか、という瀬戸際の攻防だが、カパック王は全く動じなかった。

「せっかく作って与えた服だ。お前が自ら脱ぐのでない限り、私が無理矢理に脱がしたりはしないから安心しろ」

 安心しろ、と言われて本当に安心できるわけではないのがインカ帝国というものだ。

「だが、聞いて驚けくの一。私が支給したその服、ただの服ではないぞ。かつて、水に濡れても透けない白いスクール水着、というのが発明されて話題となったが、その服は転載であるこのカパック王が発明したノーベル賞ものの逆パターンなのだ」

 逆パターンというのがどういう方向性の何なのか想像がおいつかず、くの一は怪訝そうな表情で首を捻るだけだった。

「紺色のプリーツスカートにピンクのレギンス。だが、その二つは、水に濡れると透ける素材なのだ。だから、脱がさなくてもお前の裸はモロ見えとなるのだ! 逆転の発想の勝利だな」

 濡れても透けない白、ではなく、白ではないけど濡れたら透ける。カパック王ならではの発想である。

「なんなんですかその無茶苦茶な発明は。んでも、それって、水に濡れさえしなければ透けないってことですよね?」

「ああ、確かに。だが、ここは海中だぞ。もうとっくに濡れているのを忘れているのではないか?」

「ああっ、そうだった! どうしよう!」

 海中だけど普通に呼吸ができて普通に会話ができるので、すっかり失念していたのだ。くの一は本格的に慌て始めた。カパック王の言う通り、紺色のプリーツスカートが裾の方から少しずつ透明になり始めている。ピンクのレギンスも、太腿の方からピンクが薄くなって肌色が透けて見え始めていた。

「ウソっ! ちょまってちょまって! どうしてですか! インカ帝国では、見えてはいけない部分は白い光で隠すっていう憲法があるんじゃなかったのですか!」

「インカ帝国に憲法はあっても、そんなコンスティテューションは無い。ほら、もうおっぱいの方は既にバッチリ透けているじゃないか」

 カパック王の指摘通り、白いセーラー服を着ているくの一の双丘は、ぴったり肌にくっついて、乳首は真ん中のぽっちりとしてひときわ色鮮やかにピンク色に息づくはずなのだが、そこは見えてはいけない場所なので、ホタテ貝でガードされている。ホタテ貝といっても貝殻ではなく、今は貝ヒモの部分だ。貝柱の周囲を巻いているびらびらした箇所だ。細いヒモ状のもので乳首と乳輪を隠すのだから、肌色の丘の部分はかなりモロ見えしていて、かなりきわどい。上に着ているセーラー服は特殊素材ではなく、普通の白セーラー服が透けているだけだ。ブラは装着していない。カパック王がブラを魔法で生み出してくの一に装着させた、という記述はどこにも無いからだ。

 透ける素材、というネタがバラされた後、くの一のプリーツスカートとレギンスは急速に透けて行った。思わずくの一は内股になったが、それでは素材の透けは防げるものではない。見えてはいけない部分が見えそうになった時、ホタテ貝がギリギリでガードした。ホタテ貝といっても貝殻ではなく、俗に言うコッコの部分、専門用語で言うと生殖巣だった。貝柱の脇の、三日月状の部位だ。

「ハハハハハ! 素晴らしいじゃないか。貝柱だけじゃなく、ヒモもコッコも出てくるが、有害物質が入っていて邪魔なウロは出てこない。くの一、お前、優秀なホタテ貝製造機じゃないか」

 出てきたヒモとコッコは、カパック王が独房の中に手を伸ばして収穫した。大事な部分が見えそうになったので、くの一が慌てて手で覆って隠す。服はすっかり透けてしまい、ほぼ全裸に等しい格好になり果ててしまっている。

「さあ戻って来い金の天使! ホタテ貝食べ放題だぞ!」

 単純にカパック王は虚空に向かって叫んだ。いや、ここは海中だから、虚空ではなく海水に向かってというべきか。そんな声が届くのかどうか誰もが疑問に思うところだが、カパック王だけは疑問に思わない。自らの成功を信じて疑わぬ強固な信念があるのだ。

「ふっ、呼ばれて飛び出てタータリラリラー! ポテトは食べ飽きたから、今度はホタテ貝祭りとしゃれこんでやるぜ!」

 クソデブキモヲタクM字ハゲメガネの金の天使は太っていても単細胞だった。単純に食べ物におびき寄せられた。知能はケモノ並みである。一流大学卒業じゃなかったのか、という気もするが、こんな体たらくだから氷河期世代として転落したのだ。

「おお、金の天使! やはり来てくれたか。私はお前を信じていたし、ずっとずっと戻って来てくれるのを心待ちにしていた。お前は我がインカ帝国の中核を担う貴重な戦力であり、王である私はお前を信頼して期待しているのだ」

 美しき主従関係である。カパック王は金の天使を信頼し、金の天使はその信頼に応えてインカ帝国に戻ってきた。まるで24アワーテレビに映る「頑張る障がい者」のような美しさである。

「なんだ。食べ物でこんな簡単に仲間をチベットから呼び戻せるなら、これと同じ手を使えば、金髪・ツインテ・貧乳の方も呼び戻せるんじゃないのか。善は急げ。さっさとやってみよう」

 と、思ったカパック王は、さっそくホタテ貝を使って金髪・ツインテ・貧乳に呼びかけようとしたが、自らの手が何も持っていないことに気付いた。ホタテ貝の貝柱もヒモもコッコも無い。

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