第25話 大蔵省の陰謀
「これで満足だろう?」
しかし愛のままにわがままに贅沢を言うくの一は満足しなかった。
「いえ、ちょっと待ってください。今までのパターンからすると、上半身は衣服を支給されましたが、下半身はどうなっているんですか? 何も言及が無いってことは、下半身は露出のままとか、そういうオチはナシでお願いしたいんですが」
悔しげな舌打ちが海中に響いた。
「なんで、ずっと牢に入れられていたくの一が今までのパターンなんて言い出すんだ。気付かなくていいところに気付きやがって」
くの一が危惧していた通りだった。くの一は上半身はセーラー服を纏っているが、下半身はまるまる露出のままだった。ただし股間の大事な部分は見えないようにホタテ貝で隠されている。ホタテ貝といっても、貝殻ではなく貝柱である。
「ちっ。お前、契約書の細かい所まできちんと読むようなタイプの悪人だな」
カパック王は悪態をつきながらも、心は大洋のように広い。特に今の大洋は海面上昇で陸地が激減しているので、渺茫として広いのだ。
「わあ、プリーツスカート!」
上に着ている白セーラー服に似合う感じの、紺色の短いプリーツスカートだった。女子高生が着る制服のような趣だが、年齢不詳のくの一は喜んで着た。
しかしその喜びも一瞬だけだった。
「いや、危ない危ない。カパック王、一つ、確認したいことがあります」
「なんだ? 本当にしつこいな」
しつこいヤツはマヤ文明だけでもう懲り懲りである。
「これ、やっとプリーツスカートをはきましたけど、この下はどうなっているのですか? 私、ちゃんとパンツ、はいていますか?」
沈黙。
「……やっぱり、確認して正解でしたね。はいていないんですね?」
「はいているか、はいていないかは、自分でスカートをめくって見て確かめたらいいだろう」
「イヤです。ここでスカートを自分でめくったら、はいていない下半身がモロ見えになっていまうじゃないですか。そうでなくても、何かの拍子に風が吹いてスカートがめくれてしまったら、下着をはいていないからモロ見えしちゃうパターンですよね。そういう罠ですよね!」
「ここは海中だ。風は吹かない」
「風は吹かなくても、海流は流れてスカートが靡いてめくれるケースは考えられますよね? てか、絶対そういう展開で、モロ見えシーンで私が恥ずかしい思いをするっていうエロパターンですよね?」
カパック王は、悔しさのあまり、持っていたスマホを地面に叩きつけた。海中ではあるが、丁度岩の尖った所に画面が当たってしまい、ディスプレイにモザイク状の細かいヒビが入ってしまった。
「仕方ないな」
カパック王は更にもう一つ魔法を発動した。くの一のスカートの下に、レギンスが出現した。別名にスパッツともいう。ラメ入りメタリックピンクが派手で、地味で目立たない格好を是とする忍者らしからぬ格好になった。なお、レギンスは当然のこととして、ショーツははかずに、直履きである。
「やった! これで衣服が復活した! ずっと全裸のままだったので、ようやく痴女から卒業できた!」
「これで満足しただろう。さあ、さっきの取引の続きだ。さっさと、地球に氷河期を復活させる方法を話せ!」
「簡単なことですよ。金の天使を使うのです」
女子高生的な服装のくの一が、カパック王に対してエラソーに高説を垂れる。くさやのニオイをかいだかのようにイヤそうな顔をしたのはカパック王だ。
「えー? 金の天使は切り捨てるってさっき決めたばっかりなのに。なんで金の天使なんかを使うというのだ。他の誰かではできないのか? 金の天使一人と銀の天使五人とで等価交換だろう。それで代用すればいいのではないか?」
「銀の天使では無理ですね。金の天使が必要です。なぜなら、金の天使は氷河期世代ということになっています。そこを上手く使えば、地球上に氷河期を再現できます」
「な、なんだと」
就職氷河期世代。金の天使はそういう冷遇されまくった世代、だった。まさかその肩書きがここに来て役に立つ機会があろうとは。
「蝦蟇の油みたいなもので、金の天使を精神的に追い詰めれば、金の天使の体からたら~りたら~りと氷河期が滲み出てきます。圧迫面接をすると特に効果的です。氷河期世代は、就職の面接の時に厳しい圧迫質問を受けて、毎回毎回ご活躍をお祈り申し上げますと言われまくってきたので、激しいトラウマになっているはずです。絞れば絞るほど、よく油が出ます。じゃなかった、氷河期が出ます」
油ではなく氷河期が出る、というのがイメージしにくかったが、カパック王は深く追求はしなかった。
「さらに付け加えますと、独身税なんかを課すことにすると、より氷河期にダメージを与えて、油ならぬ氷河期絞り出しに効果覿面です」
「独身税とな?」
「はい。子どもが生まれると、教育とか諸々出費が嵩んでしまうためその家庭の生活レベルが下がってしまうので、社会全体での子育てによる少子化対策という観点から、独身者に負担をお願いできないか、という斬新で画期的な発想から発案された税です」
「それは、扶養者控除とか子ども手当が既にあるにもかかわらず、更に独身税を課すということなのか?」
「そうです。控除とか手当というのは、端的に言えば部分的な税収の減少であり支出の増加ですから、大蔵省としては税収増となる政策が欲しいわけです。とはいっても、独身者の負担が大きくなることによって結婚資金を作れなくなって婚姻率低下やそれにともなう出生率の低下が起こってしまっては本末転倒です。なので、若い人に対しては独身税を課すことはせず、もう今後結婚する見込みも無いし、間違って結婚したとしても子どもを産む可能性が極めて低い、氷河期世代を狙い撃ちして課すのが独身税の賢い使い方です」
カパック王は素直に感心した。
「よくぞまあそこまで氷河期世代だけをピンポイントで狙って徹底的に冷遇する方策を考えることができたものだ」
「いいんですよ、どうせ私の世代じゃなくて氷河期世代ですから。それに氷河期世代は昔から冷遇されてきているので、ある意味冷遇慣れしているというかそういう感じの打たれ強さがありますし、冷遇に対して抵抗できなかったからこその氷河期世代ですし。あと、氷河期といっても、ちゃんと就職してちゃんと働いてちゃんと税金はらってちゃんと結婚してちゃんと子ども産んでちゃんと子育てしているちゃんとしている人は独身税の対象じゃないですから。氷河期世代の中で、今後社会のお荷物になっていく連中こそが独身税の対象となります。だから良心が痛むことは全くありません」
くの一は冷たく言い放った。
「なるほど、それもそうだな。となると、金の天使が必要なわけだが……どこに居るんだったっけ?」
あまりにも多くのことがめまぐるしく発生するため、金の天使の所在などいちいちカパック王は覚えていない。
「お忘れですか、金の天使は、チベットのラサ、補陀落宮殿にいます。インカ帝国から寝返り、マヤ文明たちのじゃがいもパーティーに参加して無芸大食ぶりを発揮してポテトを貪り食っています」
そうだった。ヤツは裏切り者だったのだ。それを連れ戻す必要があるとは。考えるだけでも頭痛が痛いことだ。
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