第24話 インカ帝国憲法

「これでよし!」

 カパック王は満足げに胸を張った。

 その一方で驚いたのはラーメン職人だ。

「カパック王、せっかくの仲間からの連絡を、そんな簡単に放棄してしまって、どうするのですか? 今は、マヤ文明と戦うために一人でも多くの仲間が必要な時であるはずですよ? それと、裸足の女神のどこがどういうふうに長くて面倒なんですか?」

「勘違いするな。これは伏線張りだ。今、飛ばした紙飛行機は、忘れた頃に伏線として回収されるはずだ、たぶん。補陀落宮殿にたどり着いて引火して炎上してマヤ文明が焼け死んでくれるはずだ。インカ帝国だけに引火だ」

「そんな都合良く行くとは思えませんが」

 カパック王は、回収されるアテの無い投げっぱなしの伏線に無駄に期待し続けた。

「よし、それでは行くぞ!」

 カパック王は海を指さした。

「どこへ行くんですか?」

 ラーメン職人は及び腰になっていた。

「地下牢だ」

「いやここ海でしょ。カパック王、いよいよトチ狂ってしまったんですか。こんな所に地下牢があるわけないでしょ」

 ラーメン職人にまで憐れみの目で見られたが、カパック王は不動の姿勢を崩さない。

「地下牢は元々ここにあったのだ。海面上昇で水中に沈んでしまっただけだが、地下牢はある。そこにくの一が監禁されているので、助けに行く」

「え? それ、おかしくないですか? くの一が逮捕されたのって、海面が上昇した後のことですよね? それなのに海に沈んだ地下牢に入れられたのですか? そもそも、さっき手紙を飛ばして捨ててしまったのに、くの一を助けに行くのですか?」

「しょうがないだろう。牢が水没してしまったのなら、そこに収容するしかないからな。それに私は、手紙は飛ばして投げたけど、くの一を助けないとは言っていないだろう」

 ラーメン職人は、いかにもやる気の無さそうな表情でゲンドウポーズをした。

「水没した地下牢に入れるなんて。じゃあもうとっくに息ができなくなって溺死しているんじゃないでしょうか? それに俺はラーメン作りのためにとんこつスープを煮込まなくちゃいけないんで、わざわざ水の中にまで行けません」

 言うだけ言って、ラーメン職人はそそくさと厨房に引っ込んだ。カパック王は一瞬腹を立てたが、すぐに気を取り直した。

「この場面ではラーメンは何の役にも立たないからな。水中に入るのに必要なのは、マカロニだ!」

 カパック王が黒い冷蔵庫からマカロニサラダの皿を取り出した。フォークを取り出して、一気に口にかき込んで食べる。続いて白い冷蔵庫からも同じくマカロニサラダの皿を出す。それも食べ終えると、ラメ入りメタリックピンクの冷蔵庫からもマカロニサラダを取り出して瞬殺で完食する。してから、気付いた。

「あ、ついつい食べてしまった。忍者の水遁の術のようにマカロニを口にくわえて水上から空気を吸うつもりだったのに。……まあいいか。水中でどう呼吸するかは、考えないことにしよう」

 カパック王は歩いて一歩一歩水に入って行った。入水自殺のように、自分の身長よりも深い所まで入って行ったが、かまわずにカパック王は先に進む。水に入ってもご都合主義という無敵の異能力を使い、特に溺れることなく呼吸ができている。

 水中のかなり深いところまでカパック王は入った。といっても勿論、海面上昇する前まではここは海面よりも上だった位置だ。

 地下牢の入口には、当然門番が居るが、カパック王は顔パスで牢に入って行く。

 目指す独房は地下牢の一番奥深いところだった。

「くの一、久しぶりだな」

 独房の鉄格子ごしに、カパック王は声をかけた。水中だけど問題なく声を発することができている。

 くの一は独房の中で腕立て伏せをしていた。ずっと狭い場所に監禁されていては、忍者として体がなまって困るから運動しているのだろうが、水中で浮力があるので、腕立て伏せはほとんど意味が無くなっている。

「あ、カパック王! 手紙を読んでくださったのですね!」

 くの一は腕立て伏せをやめて立ち上がった。水中であるにもかかわらず、普通に息しているし、喋ることもできている。

「いや、手紙についてはマイナス30点だ。前略で始まっているのに敬具で終わっているし。難局と書くべきところを南極と書いてしまっているし」

「うっ……」

 誤字を指摘されたくの一の、こめかみに冷や汗が伝った。海中だけど律儀に肌を伝って汗が流れる。

「い、いえ、お言葉ですがカパック王、それは誤字ではありません。南極でいいのです。南極こそが、この海面上昇問題を解決する秘策なのです!」

 くの一は胸の前で両手の拳を力強く握りしめて力説した。

 胸の前で。

 モロ出しのおっぱいの前で。

 くの一は、逮捕された時と同じで、全裸だった。

 あ、ただし、見えてはいけない部分は謎の白い光の代わりに白いホタテガイでガードされているのでセーフ。

「カパック王、北極と南極の違いが分かりますか?」

「それは北にあるか南にあるかの違いじゃないのか?」

 カパック王はインカ帝国の王だ。南アメリカの覇者となるべき英傑だ。しかし南極や北極には特に興味が無かった。

「たとえば地球が温暖化して北極の氷が全部溶けたとしても、海面に変化はありません。なぜなら、北極は海で、氷はみんな海に浮かんでいるからです。コップに浮かんでいる氷が溶けても、コップから水が溢れることはありませんよね? それと同じです。ですが、南極の氷はそうではありません。南極は陸地なので、その上に乗っかっている氷が溶けてしまうと、その水の分、海の水が増えて、海面が上昇してしまいます」

 くの一が理路整然と北極と南極の違いを説明するので、全く予想していなかったカパック王は面食らってしまった。

「つまり、海面を低下させるためには、温暖化の逆をやればいいのです。地球上に氷河期を再現させて、それで水を凍らせて、その氷を南極大陸に乗せて保存すればいいのです」

「そ、そんなことができるのか? そもそもどうやって地球を氷河期にするのだ?」

「それは……それを教えるには、条件があります」

「じょ、条件だと? 人の足下を見やがって。とりあえずその条件とやらを言ってみろ。検討だけはしてやる」

「じゃ遠慮無く。私、全裸ですよね? ずっと投獄されていたにもかかわらず、ずっと服を着させてもらうことが出来ていませんでした。なぜかホタテ貝で大事な部分を隠されていますけど、これじゃ単にヒワイな人か、そうでなければ武○久美子さんですよね? 服をください」

 カパック王は渋い顔をした。

「本当に遠慮の無い条件をつけやがったな。お前、ぼったくり過ぎじゃないか? 服をよこせとか。大胆なことを言ってきやがって」

「え? 別に、そんな高価な服を求めたわけでもないのに、ふっかけた扱いですか?」

 腹を立てたカパック王は大きく息を吐いた。海中なので、気泡が玉となって上昇して行く。

「しょうがないな。インカ帝国憲法で、放送コードに引っかからないために全ての美少女は見えてはいけない部分を隠す最少限度の衣装を装着する義務を有する、と定められているからな」

 ちゃちゃっと、カパック王は魔法を発動した。独房の中のくの一は、白のセーラー服を身に纏った。ただしここは海中である。白セーラー服は濡れて透けて肌にぴったり貼り付いた。

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