第28話 酸素系とは混ぜないでください

 ボタンを大量に用意して、カパック王と金の天使はその場から少し離れた場所に待機した。

 待つことしばし。

 いや、しばしの間すら待つこともなかった。

 二人がその場から少し離れた瞬間、まるで魔法のように、その場に一人の少女が姿を現していた。いわゆるゴスロリの服装、フリルをふんだんに使ったヒラヒラの衣装をまとっている。

「わーい! たーのしぃー!」

 はしゃぎながら、核ミサイルボタンをポチっ! ポチっ! ポチっ! と次々に押していく。

「早っ! もう来たのか……」

「そりゃピンポンダッシュは目にもとまらぬ俊足が長所ですから、走ってここに来るにしても、走っている姿なんて目には見えませんよ」

 目に見えないならば、どうして走って来ているのが分かるのかは疑問だが、そこに突っ込んでかかずらっている場合ではない。そもそも、ゴスロリ衣装では走りにくそうだ。

 カパック王は、核ミサイルボタンを次から次へと押しまくっている美少女に対して、距離をおいたまま話しかける。

「おい、ピンポンダッシュよ。インカ帝国を守りマヤ文明を滅ぼすために、協力を頼みたい」

「えっ? 私、今、忙しいので、後にしてくれないかな?」

 ピンポンダッシュはカパック王の方に顔すら向けなかった。ひたすら核ミサイル発射ボタンを押し続ける。押しても押しても、まだたくさんボタンがあるのだ。

「うぉぉぉ! やっぱりボタン押すのは、たーのしぃーなぁ! 緩衝材エアクッションのぷちぷちを潰す感覚と同じだよねえ!」

 ピンポンダッシュの少女は、銀髪のツインテを揺らしながら、一つ、また一つ、更に一つ、と次々とボタンを押していく。大量にボタンを用意してあったので、まだ押されていないボタンも大量に残っている。

「おい、ピンポンダッシュ! この偉大なカパック王が頭を下げて頼んでいるんだぞ。話くらい聞けよ! おっぱい揉むぞ!」

「揉めるもんなら揉んでみればいいじゃない! 私は足の速さを優先するために、胸は超貧乳ちっぱいだから、揉んでも面白くもなんともないよ! まあ、揉まれる前にさっさと逃げるけどね! どうしても揉みたいなら、私より速く走って捕まえてみれば?」

 売り言葉に買い言葉。ボタンを次々と押しながら、ピンポンダッシュはカパック王を挑発する。

「くっ……人類はな、自分の生身の足で走るよりももっと速く移動できるように、自動車などの機械を開発し発達させてきたんだ! ちょっとばかり足が速いからって、いい気になるなよ!」

 言ってカパック王は、傍らに置いてあった戦車に乗り込んだ。自動車と言う割には普通の自動車ではなく戦車だった。ずっしりした巨体。マウスと呼ばれる戦車だった。

「ファイア!」

 マウスの主砲が火を噴いた。狙いはズレることなく、ピンポンダッシュを捕捉して砲弾が炸裂する。もうもうと立ちこめた土煙が消えた頃には、ピンポンダッシュの姿も無くなっていた。

「ふははははは! どうだマウスのパワーを思い知ったか。このカパック王に逆らった者はこういう末路をたどるしかないのだ!」

「いや、カパック王、ピンポンダッシュを戦車砲で消し飛ばしてどうするんですか。ピンポンダッシュに、ラサの補陀落宮殿に捕まっている秘書の救出に行かせるんですよね?」

「……あああっ、そうだったぁぁぁぁ!」

 マウスから出てきたカパック王は、その場にガックリと膝から崩れ落ちた。

「てか、二人して何をバカなかけあいをやっているんですか。この私が、あんな蝿がとまるような遅い攻撃でやられるわけないじゃないですか」

 カパック王と金の天使の二人が声のした背後を振り向くと、そこにはぴんぴん生きているピンポンダッシュがいた。

 いや、ピンポンダッシュは100パーセント無事だったわけではないようだ。

「おい、なんなんだよ、そのマイクロビキニは」

 そう。銀髪でツインテで、貧乳のピンポンダッシュは、ゴスロリ衣装を着ていなかった。フリルヒラヒラ衣装がどこに行ったのかは不明だが、ピンポンダッシュのほっそりした肢体を包んでいるのは、カパック王の指摘通り、マイクロビキニだった。色は上下ともに紺。いわゆる紐パンは、ほんの小さな三角形が辛うじて股間のバミューダトライアングルを隠している。貧乳の上はというと、真打ち昇進おめでとうの乳首と乳輪だけをギリギリカバーできるだけの極小面積のブラがポロリを防いで元寇の時の鎌倉武士のように頑張っている。

「ああいうゴスロリのひらひらした服だと走りにくいから脱いだのよ」

 やっぱり走りにくかったらしい。

「でも、こんなこともあろうかと、服の下にスクール水着をあらかじめ着ておいて良かったわ」

「なにぃ! それがスクール水着だと? 色は確かに濃紺だが、そんな布面積の小さいマイクロビキニなどスク水としては認められない。マイクロビキニは、それはそれでそそるので良いが、スク水はあくまでも、布面積が大きくて野暮ったいデザインだからこそ味があるのだぞ!」

「そうだそうだ! 珍しくカパック王が正しいことを言ったぞ」

「珍しく、は余計だハゲ」

 怒りのカパック王は金の天使からメガネを剥ぎ取って床に叩きつけ、更に足で踏みつけて割った。金の天使が嘆いて泣く。

「見た目で判断しちゃ駄目ですよ。マイクロビキニでも、色が紺で、ちゃんとスクール水着ですから。スク水というのはスクール水着、つまり、学校指定であればスク水なのです。これは、私が通っている宇宙大東亜帝国大学の指定水着ですから!」

「ピンポンダッシュ、おまえ、ロリロリしい容姿の割には大学生だったのか! もしかしてロリババア路線狙いか? てか、ピンポンダッシュなんかしていないでちゃんと大学に通って授業受けろよ」

 こんな水着を学校指定にするような大学はどうかと思ったが、金の天使は口を挟まなかった。宇宙マーチ卒業なので優秀なのだ。

「授業受けなくてもちゃんと第二外国語のフランス語で優評価を取ることができるから大丈夫なのじゃ! そんなことより、このマイクロビキニスクール水着は優秀なのよ! 塩素系液体漂白剤を薄めたものを含ませて、本物のスクール水着の味とニオイをちゃんと再現しているから!」

 金の天使のメガネだったものの残骸を蹴り飛ばしながら、カパック王はピンポンダッシュの股間に自らの鼻を近づけて、ニオイをかぐ。

「ほ、ほんとだ! 塩素剤のニオイがする。これは、リアルな夏のプールのにおいそのものだ。なんという再現度の高さ!」

 そう叫びつつも、カパック王はロリかわいいピンポンダッシュの股間のにおいをかげて、まんまんぞくしていた。

「んもう。せっかくボタン押しを楽しんでいたのに、中断されちゃったじゃないのよ」

 言われてみれば確かに。今はピンポンダッシュはマイクロビキニスク水を着た姿でその場に立っているだけで、ボタンは押していない。ボタン押しに忙しくて他人の話など全く耳に入っていなかったさっきとは違う。今こそ、金髪・ツインテ・貧乳の救出を要請するチャンスだ。

「ピンポンダッシュよ。頼まれてくれ。チベットの補陀落宮殿へひとっぱしり行ってきて、そこの牢に囚われている金髪・ツインテ・貧乳、という秘書を救出してクスコへ連れ戻してきてほしいんだ」

 心をこめたカパック王のお願いだ。ピンポンダッシュの股間の三角形をガン見しながらではあるが、心をこめたカパック王のお願いだ。本当に心をこめている。信じてお願い。塩素には脱色作用があるので濡れた状態の紺色の水着が白くなって中身が透けるのを期待していた、……わけではない、断じて。

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