第29話 突入! 補陀落宮殿

 しかし、ピンポンダッシュは心が冷たかった。

「イヤよ」

 にべもない。

「何故だ……あっ、そうか。海面上昇で、地球の大部分は海になっているからか。いかに俊足とはいえ、海の上を走ってチベットのラサまで行くのは不可能だからな。そこは心配するな。私の方で紙飛行機を出そう。それに乗って補陀落宮殿まで飛んで行け」

 心から蔑む目で、ピンポンダッシュはカパック王を見下ろした。

「甘く見ないで。私を誰だと思っているの。海の上くらい、走って渡れるわよ。右足を前に出して水面に着水した次の瞬間には左足を素早く前に出してすぐに水面に着水する。右足が水に沈んでしまう前に左足を着水させるのがポイントね。その繰り返しよ。かなり素早く実施する必要があるけどね」

 自分がバカにされていることは承知している。だが、このピンポンダッシュには金髪・ツインテ・貧乳の救出を依頼しなければならない。カパック王は怒りは抑制し、冷静に会話を進める。

「自慢は分かった。それだけ優秀なら、ひとっぱしり自力で走ってラサまで行って、ウチの秘書を救出してきてくれよ」

 心を込めた(意訳:ピンポンダッシュの股間のマイクロビキニ水着をガン見しながら)カパック王のお願いだ。だが、

「イヤよ。ちょっと考えてみなさいよ。マラソンランナーは42.195キロメートルを走ることができるからといって、40キロ先の隣町に買い物に行くのに、わざわざ走って行くかしら? 電車やバスや盗んだバイクに乗って行くに決まっているじゃない。いくら私が走るのが速くて海の上ですら走れるからといって、わざわざそんなことをして遠くチベットまで行くだなんて、お断りよ!」

 いや、盗んだバイクは駄目だろう。警察に捕まる。

「だから私は、これに乗って行くわ」

 そう言ってピンポンダッシュが指さしたのは、一台のランボルギーニだった。

「なんでピンポンダッシュがそんな高級車を持っているんだ?」

「これはね、杉谷選手がレギュラーを奪取したらプレゼントする、って約束した割には中田選手が中古車買い取り店に売ってしまったランボルギーニなのよ。肝心の杉谷選手がレギュラーを取っていないので宙に浮いているので盗んできたのよ」

 また盗んできたネタか。カパック王は呆れた。このピンポンダッシュも後で警察に逮捕されてしまうだろう。もうすでにフラグを立ててしまった。でもピンポンダッシュの速さならば、走って逃げれば警察に捕まらずに逃げ切れるかもしれない。競走したらどうなるのか、結果が気になる。

 警察にタイホされる危険性に気付いているのかいないのか、ピンポンダッシュはランボルギーニに乗り込んでハンドルを握った。こいつ、免許を持っているのだろうか?(たぶん持っていない)

 アクセルをいっぱいに踏み込んで、車はスタートする。海の上であっても無関係に爆走する。そして、緑の海の中を走り抜けて行く真っ赤なポルシェはあっという間にラサに到達し、補陀落宮殿に突入した。

 その時。

 さっきカパック王が投擲した、火のついた紙飛行機が飛んできた。獄中のくの一が釈放を嘆願した、前略で始まり敬具で終わる手紙を折ってマッチで火をつけた紙飛行機だ。

 紙飛行機は補陀落宮殿の、白宮とその上の紅宮の境目あたりに突き刺さってミサイルのごとく爆発した。

 分厚い花崗岩でできた白宮は、少し揺れただけで終わったが、煉瓦を積み上げて造成し、内装は木製の柱や壁で彩られている紅宮は容易に引火して崩壊した。(なお、ここで破壊された補陀落宮殿は、15世紀にダライ・ラマ5世が増築する形で補修してポタラ宮殿として生まれ変わることになる)

「やったぞ! マヤ文明とモンゴル軍とチベットの三国同盟の本拠地である補陀落宮殿を破壊した。やっぱり、さっき火をつけて紙飛行機を投擲したのは伏線になって正解だったじゃないか!」

 現場のラサではなくインカ帝国の首都クスコにいるけど、カパック王はその場で見ているかのように快哉を叫んだ。

「いや、それって、あまり喜んでいる場合ではないような」

 戦車のマウスを珍しそうに眺め回している金の天使が、カパック王の歓喜に、除菌スプレーの霧吹きでベルヌーイの定理で水を差す。

「カパック王。補陀落宮殿が崩れたということは、救出に行ったピンポンダッシュも、牢の中に囚われたままの秘書も一緒に潰されてしまった危険が高いんじゃないですか?」

「ピンポンダッシュも、金髪・ツインテ・貧乳も、マヤ文明を滅ぼすための手段であって目的ではない。勘違いしないでよねっ。補陀落宮殿が崩れてマヤ文明が下敷きになって死んだならば、それで目的達成だ。ピンポンダッシュや金髪・ツインテ・貧乳がどうなろうと、構わないではないか」

 カパック王は血も涙も無い鬼畜な発言をした。

「いやー。カパック王、その考えはさすがに甘いと思いますよ。その程度のことでマヤ文明がやられるなんて、そんなわけないじゃないですか。マヤ文明はしぶとく生き残るだろうけど、ピンポンダッシュと秘書は生き埋めになった危険性がある。一方的にこちらが不利な状況じゃないでしょうか?」

 珍しく、金の天使がまともな状況分析をした。

「いや、私は賭けに勝ったぞ。ほら見ろ」

 カパック王が指さした先。GODDESSのサーフボードに乗って軽快に波を乗りこなしてピンポンダッシュが帰ってきた。ダッシュというアイデンティティを捨ててサーフィンをするというのはどうかと思うし、乗っていった車のポルシェはどうしたのかという感じもするのだが、よく見ると板に二人乗りしているではないか。ピンポンダッシュの後ろには、金髪・ツインテ・貧乳が乗っている。金髪・ツインテ・貧乳も、どこで入手したのかは不明だが、水着を着ていた。ビキニアーマーだった。

 異世界ファンタジーで女騎士が着る、あのビキニアーマーである。

 オークの群れに襲われて剥ぎ取られてしまう、あのビキニアーマーである。

 ちなみにピンポンダッシュはというと、最初の通り、紺のマイクロビキニスクール水着、学校のプールっぽい塩素のニオイ付きである。

「てああっっ!」

 威勢のいい掛け声とともにピンポンダッシュはサーフボードごと波からジャンプして、インカ帝国クスコの王宮前にテレマークを入れながら着地した。そして。

 ピンポーン!

 クスコの王宮の玄関ドアのインターホンを押した。

「またピンポンダッシュか」

 今まで幾度繰り返したカパック王の台詞だっただろうか。今回もお約束をきっちり遵守し、カパック王は呆れた口調で言った。

「そうよ。この有能なピンポンダッシュが任務を達成して帰還したのよ!」

 今度ばかりは走って逃げず、ピンポンダッシュが扉を開けて王宮の中に入った。もちろん、背後にはビキニアーマー姿の金髪・ツインテ・貧乳を連れている。

「おかえり、ピンポンダッシュ。よく、補陀落宮殿紅宮の崩壊に巻き込まれなかったものだな」

「私があの程度の危機でやられるわけないでしょ。あんなのに巻き込まれてしまうくらいだったが、ピンポンダッシュなんてやってられないって。それはそうと、カパック王には言いたいことというか、要望があるのですが……」

 ピンポンダッシュが何か言いかけた時、脇から金髪・ツインテ・貧乳が割り込んで口を挟んだ。

「カパック王。補陀落宮殿から助けてくれたのは感謝しますが、この、こっ恥ずかしいビキニアーマーは、やめてほしいのですが、どうしてこんなのを着させられているのでしょうか私?」

 いやらしい目で上から下まで舐めるように睨め回し、カパック王は邪悪に微笑んだ。


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