第41話 マヤ文明の逆襲
栄光のインカ帝国の陰に隠れている感じもあるが、マヤ文明とは本来、太古より長く続く偉大な文明である。
独自の複雑な文字を持っている。マヤ文字は何種類存在するかというと、4万字とも5万字とも言われている。21世紀日本の漢字検定1級は6000字の漢字から出題されるという。漢字そのものは5万字なり6万字存在すると言われているので、ある意味マヤ文字と同等以上の規模ともいえるものだが、漢字検定1級の俊英でさえ全体の中の10分の1強くらいしか使いこなせないのだ。5万字のマヤ文字を使いこなすmayaの優秀さはどれほどスゴイかは分かるだろう。
多彩なのは文字だけではない。マヤ文明はピラミッドをいくつも建てた。上部が神殿になっていて、その土台としてのピラミッドだ。こういう高層建築を作るということは、高度な建築技術を持っていたということだ。また、高い位置に神殿があるということは、神官も一般信者も、土台ピラミッドの長い階段を昇って神殿まで行って礼拝を行わなければならない。つまり、神官も一般信者も長い階段の昇降を繰り返していて足腰が鍛えられている。体力にも優れているのだ。
強靱な肉体を形成するには、食事が重要だ。だがマヤ文明は古代の頃から農業が発展し、様々な種類の植物を栽培していた。多彩な食材を巧みに調理していた。古代の時点からグルメで舌が肥えていたのだ。
「ほんと、カパック王はマヌケだなあ! 草生えるわwwww」
声はカパック王の近くから聞こえた。声だけなら聞き覚えがある。声ブタのカパック王には分かる。
だが、口調が違っていた。インターネット上の匿名掲示板に寄生しているような、納豆のねばねばのような粘着力のある、凡ての聞き手を不快にさせる猛毒っぷりを滲ませている。
「犬飼フサ子! お前か!」
シルバーの衣装に身を包んだ美女は、ナイスバディーのくびれた腰に両手を当てて、尊大な態度でカパック王を嘲笑した。
「今頃気付いたのかい? というか、自力で気付くこともできなかったよな。オレがあんたのマヌケぶりを指摘するまで、全然分かっていなかったよなぁ?」
犬飼フサ子の声は、あくまでもハーレム要員美少女のままだった。だが、口調が変貌している。豹変している。完全に別人だ。
「カパック王よ、マヌケにも程があるんじゃないんか? オレ、というか、この体の犬飼フサ子がどこから来た誰なのか、忘れちまっているんじゃないのか?」
「失礼な! 忘れてなどいないぞ! 犬飼フサ子は、そうだ、元々銀の天使の5人のうちの一人だ。あの忌々しいマヤ文明が、大西洋にアトランティス大陸を形成するために魔法要員として用意した魔法使いとしての銀の天使だろう。忘れてなどいない」
右手と左手で握り拳を作って、カパック王は犬飼フサ子の顔を正面から見据えて力説する。犬飼フサ子の顔には、美しい顔には似合わないニヤニヤ笑いが貼り付いている。
「お前……もしかして、犬飼フサ子じゃないな?」
カパック王の叡智に基づいた推測だったが、肝心の犬飼フサ子は鼻で軽く笑っただけだった。
「カパック王よ、あんた、本当の犬飼フサ子を知っているのかよ? 残念だがオレは最初から犬飼フサ子だよ。……少なくとも、この体だけはな」
犬飼フサ子は自らの左右の人差し指を立てて、それぞれ左右の頬をぷにぷにとつついた。
「体だけは?」
「いくらアホなカパック王でも、もうオレの正体について想像がついているんじゃないのか? というか、こんだけヒントを出しまくってやっているんだから、そろそろ気付けや」
残酷な事実を、自分が認めるのが先か。それとも相手から言われて受け容れざるを得ないのか。いずれにせよカパック王はたった一つの真実を見た目はイケメン頭脳は大人の頭脳で見抜いた。
「お前が、…………マヤ文明、そのものか?」
邪悪に、犬飼フサ子、いや、マヤ文明は笑った。
「気付くのが遅すぎだね。そうさ。オレがマヤ文明さ。といってもこの体は銀の天使犬飼フサ子そのもので間違いない。精神だけオレが憑依しているのさ。定番パターンだろ。さっさと気付けよ」
「いつから入れ替わった?」
「入れ替わってなんかいないっつーの! 最初からずっとオレだったよ。犬飼フサ子のフリをしていただけさ。名演技だったなあ。なんせ、アホで見る目の全く無いカパック王が全く気付かなかったんだからな! 楽しい見物だったぜ」
「ぐぬぬぬ……」
悔しがっている場合ではないことに気付く。
「待てよ? 犬飼フサ子の正体、というか中身がマヤ文明だった、ということは、このクスコの我が王宮で起こっていたこと、交わされていた会話などは、全てマヤ文明に知られてしまっていたということか?」
優越感という巨大な山の上と下。マヤ文明とカパック王の間には霄壌の差があるのだ。
「当たり前だろう。本人の前でしゃべっているんだから、全ての会話は筒抜けに決まっているさ。まあ、アホのカパック王とその腰巾着どものマヌケな会話だからな。大した高尚なものでもなかったけどな」
「ぬっ……、な、ならば、私が起死回生を狙った乾坤一擲の作戦、敵に塩を送る作戦はどうなったのだ?」
「アホもそこまで極まったかよ! 意図がバレバレの作戦など、何の脅威でもないわ。第一、大量に塩を送りつけたからといって、その塩を相手が過剰摂取しなければ、高血圧になぞならないんじゃないのか?」
マヤ文明の指摘に、カパック王の蒙は啓かれた。
「し、しまったぁぁぁぁぁっ! そうだった! 塩を送るのはいいとして、それをどうやって過剰摂取させるかが抜け落ちていたぁぁぁ! 塩が送られてきたら、マヤ文明のヤツのことだから、喜んでせっせと過剰摂取しまくるもんだとばかり思っていた!」
ムンクの叫びのような顔をしてカパック王がわめく。
「ほんと、おめでたい、どうにも救いようの無いヤツだなあ、カパック王は」
不意打ち効果もあり、完全にマヤ文明の方がカパック王に対して優位に立っていた。ここがインカ帝国の首都クスコの宮殿であり、カパック王のホームであるにもかかわらず。
ホーム?
ムンクの叫びから、フェルメールの牛乳を注ぐ女のような表情に変わったカパック王は、天啓のごとく閃いたホームというワードをきっかけに冷静さを取り戻しつつあった。
そうだ。ここはクスコの宮殿なのだ。インカ帝国であり、カパック王の地元なのだ。
マヤ文明のヤツは、単身ここに乗り込んできた。その蛮勇は、勇気を讃えるよりは無謀さをつけ込みどころとすべきだろう。確かに、犬飼フサ子の正体がマヤ文明だったと明らかになった時は驚いてしまい、一瞬だけうろたえてしまったものの、過度に恐れることはない。
今までも、カパック王はマヤ文明とガチンコで激突してきたではないか。今更目の前にマヤ文明本体が来たからといって、恐れる必要など皆無だ。
むしろ好都合だ。インカ帝国のカパック王の実力を見せてやる絶好の機会が向こうから葱を背負ってやって来てくれたのだ。
インカ帝国は、地球の歴史上最も優れた偉大な帝国なのだ。北アメリカトランプ帝国などよりも遥かに政治経済文化の全ての面において優れ、正に世界に冠たる栄光の国家である。
あとは画竜点睛を残すのみだ。
そう。不倶戴天の敵、マヤ文明を滅ぼしてしまえば、それでいい。
そして、件のマヤ文明は、いかにも「倒してください」とで言わんばかりに、カパック王の目の前にのこのことやって来たのだ。それも、味方の腰巾着も引き連れずに単身で。
アホやろ。
あとは、どうやってマヤ文明を倒すかだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます