第42話 地球史上最もコスパの良い攻撃

 マヤ文明を倒すためには、マヤ文明より大きな力をぶつけて押し潰せばいい。

 カパック王は、王宮の隅に落ちていた白い粉を指で摘んで拾った。

「マヤ文明よ、これを見ろ!」

 それは……塩だった。

 敵に塩を送る作戦で、クスコの宮殿にいくつも山盛りになっていた塩は、大部分がマヤ文明の根拠地に運ばれて行ったが、結晶の粒がいくつか程度は出荷されずに残っていた。

「塩? 今更か? そもそも、塩の結晶を一粒摂取したくらいでは高血圧にはならないとは思わないのか?」

 マヤ文明は犬飼フサ子の体の中に入っているので、美少女の美貌に聡明な表情だけは崩れない。

「愚かなりマヤ文明。この塩の結晶は、……こういうふうに現金玉で使うのだ!」

「なんだ、その股間に二つぶら下がっていそうな下品な名前は?」

 見た目は美少女、中身はキモいオタクのオッサンであるマヤ文明は、女性に嫌われそうな下ネタを平気で口にする。まさに性格は男子小学生のまま年齢だけを重ねて大人になったのだ。

 マヤ文明の下ネタをガン無視して、カパック王は右手を真っ直ぐ前に伸ばして、指先に持っている塩の結晶の粒を掲げた。同時に左手は真上に掲げて、掌を上に向けた。

「みんな! オラに現金を分けてくれ!」

「なんぞそれ!!! ただのタカリじゃねーかよ! ウケる!wwwwww 日本ユ○セフ協会もビックリじゃねーか!」

 それは。

 地球上の万物から少しずつ元気を分けてもらって、それを集めて巨大な玉として敵を撃破する、あの技に似ていた。

 ただ、集めるモノが元気ではなく現金だが。

 だから現金玉なのだ。

 しかし。

 じゃがいものインカのめざめを出荷したり、様々な産業でインカ帝国をもり立てようとする偉大な帝王カパック王であっても、お金集めには苦労する定めだった。

 だから、現金は残念ながら集まらないものの、右手で前に掲げた塩の結晶から、薄白く半透明な靄のようなものが発生し、それが白い光の帯となって上に掲げた左手の掌の上の空中に丸い玉となって蟠り始めた。

 それは次第に白い光を強くし、輝きを増し、密度を濃くしていった。最初はピンポン玉程度の大きさだったものが、ソフトボールくらいの大きさになり、バレーボールくらいの大きさになり、やがては、球技のボールにたとえることができないくらいの大きさになった。直径2.85メートルくらいだ。限界まで白い光を凝集したため、クスコ王宮の室内であるにもかかわらず太陽のように眩く輝いている。

 しかしマヤ文明は慌てていなかった。

「なんか良く分からん過程で塩粒から白い光を集めて玉にしたけど、だからどうしたっていうんだ? カパック王よ、そんなんでオレを倒せるとでも思っているのか? オレを誰だと思っているんだ? 偉大なるマヤ文明様だぜ?」

「その余裕、この攻撃を食らった後でも同じことを言えるかな?」

「減らず口はそのへんにしておけやカパック王! そもそも元気○って、みんなの元気を集めた玉なのに、それを食らった相手が元気になるんじゃなくてダメージを与えるって、矛盾しているんじゃないのか!」

「さすがマヤ文明! 物事の本質を見抜くことのできない節穴眼力は永久に不滅だな! 現金玉の長所はそんなところじゃないぞ。地球上の万物から少しずつ元気を分けてもらう、というたったそれだけのことで、地球そのものを軽く一撃で吹き飛ばしてしまえるような強大な敵を撃破することができる。そのコストパフォーマンスの良さこそが、現金玉の強みなんだ! 行くぞっ! 現金玉!!!!!」

 カパック王は天に向かって高く伸ばしていた左手を振り下ろした。渾身の現金玉はそのまま真っ直ぐマヤ文明に向かって空気を灼くようにして走った。マヤ文明は一瞬回避しようと身じろぎしたものの、小さな塩の一粒から集めただけの単なる白い光を凝集したものでどうなるものでもないと思い直したのか、結局どっちつかずの行動になってしまった。

 現金玉はマヤ文明に直撃し、大爆発を起こした。

 白い閃光が迸り、轟音が地球そのものを揺るがす。

 烈火の炎が紅蓮を描いて全てを焼き尽くす。食らったマヤ文明は、まるでエルフの村のようによく燃えた。

 しかし。

 爆煙が晴れた時、その場には無傷のマヤ文明が立っていた。

「バ、バカめ! その程度の攻撃が効くわけないだろう! 回避し損なったから一瞬焦ったが、心配するまでもなかったな」

 不敵な笑みのマヤ文明に対し、カパック王はさらに倍返しで不敵な笑みを浮かべた。

「だからマヌケだっつってんだよ。この攻撃はコストパフォーマンスの良さが魅力だと言っただろう。敵を撃破するための技じゃないんだよ、これは。自分の格好を見てみろ」

 カパック王は、ミケランジェロの名画天地創造のように、右手の人差し指を優雅にのばして、マヤ文明の、いや、犬飼フサ子の姿を指さした。

 マヤ文明はしつこく、しぶとい。だからいかに強力な攻撃を食らわせても撃破するのは難しい。それは、美少女犬飼フサ子の肉体に憑依していても同じことだった。

 だが、体は無事でも、衣服はどうか?

 体は駄女神から授かったチート能力を持っていても、衣服はあくまでも普通の素材で出来た普通の服だ。現金玉のような激しい攻撃を食らえば、ひとたまりもない。

「え? 服が、焦げている?」

 地球そのものを軽く一撃で消し飛ばせるような強大な敵を撃滅できる現金玉である。マヤ文明が着用していた服は高熱で焼け焦げてしまって、繊維が脆くなったところに爆風で飛ばされて散り散りになってしまっていた。

 だから、肌が、あちこちで露出していた。

 強力な攻撃を食らってもマヤ文明=犬飼フサ子はダメージを負わない。だが、服だけは燃えて破れる。ついさっきまで服だったモノの黒こげの破片が、はらりはらりと舞い散る。それは、異世界魔法日大を受験してサクラチルとなってしまった受験生の落涙のごときだった。

 犬飼フサ子の胸のあたりの布の破片が、ポロリと落ちた。胸の一番盛り上がった頂に、淡いピンク色がちらりとのぞいた。

「おっと! 危ない危ない!」

 慌てて犬飼フサ子は自分の手で胸を隠した。

 ここはインカ帝国である。カパック王のホームだ。

 あくまでも健全さを前面に押し出した健全な国家だ。ヲタクに汚染された日本とは違うのだ。

 健全なので、見えてはいけない部分は見えてはいけない。絶対のルールだ。

「今、ちらっと見えたのはネクタイだから! スクールカラーがピンクだからピンクのネクタイなんだよ!」

 必死のマヤ文明の言い訳により、ギリギリセーフで命拾いした。

「ちっ、マヤ文明の服、まだギリギリ残っているか。中の人と一緒で、なかなかしぶといな」

 カパック王は軽く舌打ちした。

 されどマヤ文明の格好はズタボロだ。衣服は焦げて破れまくって各所で肌が露出している。辛うじて、見えてはいけない胸の部分と股間の部分は多めに布が残っている。が、それも風前の灯火のごときものだ。いつ剥がれ落ちるか分からない。

「あれ? なんか今の、おかしくないか?」

 一瞬乳首が見えそうになってしまった危うい胸を自らの左手で隠したまま、マヤ文明は疑問を呈した。

「マヤ文明よ、何がどうおかしいというのだ?」

「見えてはいけない部分が見えそうになったら、どこからともなく謎の白い光が差し込んで、絶妙に隠してくれるはずではなかったか? 今、それが発動しなかったぞ!」


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