第43話 マヤ文明の終わり

 それは。

 あってはならぬ事態だった。

 白い光が無いと、アニメでちょっとエッチなお色気シーンを放送できなくなってしまう。

「このままではマズイ! どういう理由によって白い光が発動しないのかは分からないが、このままでは見えてはいけない部分がモロミエになってしまう!」

 マヤ文明は叫んだ。そんな叫んでいるヒマがあったら手で隠せばよいのに、一流大学を卒業して一流企業に勤める上級国民であるからには、そういう誰でもできるような原始的な方法は取りたくないのだ。そこがマヤ文明のマヤ文明たるところであり、こだわりなのだ。

「白い光が出ないなら、もっと古典的な方法で自ら防御すれば良いだけのこと! このマヤ文明を甘く見るなよ!」

 そうこう叫んでいるうちに、胸と腰の部分に残っていた布の切れ端も少しずつサクラチルのようにはらりはらりと落ちていって、いよいよ見えてはいけない部分が見え始めてきてしまった。

「古典的防御壁! 矛盾の故事における最強の盾! 来たれ、モザイク!」

 マヤ文明の肌に辛うじて貼り付いていた布の破片が全部落ちて全裸になってしまった時、マヤ文明の召喚したモザイクが胸の真ん中の二箇所と、股間の逆三角形の部分をぼかした。

「ふはははははは! これで見えてはならない部分は見えなくなった。これでまだ戦えるぞ!」

 マヤ文明はファイティングポーズをとった。全裸ではあるが、モザイクが入っているので、大きく足を開いていても、両手で胸を覆っていなくても大丈夫だ。マヤ文明の興奮は最高潮に達し、ドーパミンがどぱどぱと分泌され、額からベニテングダケが生えてきた。

 だが。

 マヤ文明が見えてはいけないバイタルパートをモザイクで防御することは、偉大なるカパック王には大昔からお見通しだったのだ。最強の盾を突き破るための最強無敵の矛を、最初から用意してあった。

「愚かなりマヤ文明! モザイクなど、もはやアナクロニズムとも言うべき古の技術でしかない! 戦艦を主力にしてレイテ沖海戦を戦おうとしているようなものだということを思い知るがいい!」

 そう言ってカパック王はポケットの中から秘密兵器を取りだした。

 そう。モザイク取り眼鏡だ。えっちな動画を観る時に邪魔なモザイクを取るために、通販で買ったものだ。

 海の上のハロワに行って秘書を募集した時、猫に魔法をかけて金髪・ツインテ・貧乳へと変身させた時に使った、あのモザイク取り眼鏡だ。

 単なる眼鏡ではない。ダインソの掃除機の機能を有していて、それでモザイクを強制的に吸い取るのだ。吸引力の衰えないダインソなので、モザイクなどひとたまりもない。

「な、なんだと! モザイクが吸い取られていくだと!」

 マヤ文明がうろたえた。

 モザイクとは元来、木や石や貝殻などの小片を寄せ集めて模様や意匠などを表現する手法だ。全体を見れば大きな一つの絵となっていても、よくよく見れば小さな塵である。新印象派の画家シニャックの点描作品から点を抜くようなものだ。一つ一つが小さな塵で構成されているからには、ダインソの掃除機が吸い取る得意分野だ。

「ああああああ! モザイクが! ど、どうしてこの状況になっても白い光が発動しないのだ!」

「白い光など、あくまでも地上波で放送するための便宜上のもの。円盤では存在しないかもしれないじゃないか。そんなアテにならない物を頼ってどうする!」

 カパック王の重々しい宣告が、マヤ文明の命運を決した。

 ぽろり。

 モザイクは総てモザイク取り眼鏡に吸い取られ、マヤ文明は結局全裸になった。

「や、やめろーーーー!」

 叫んでも、服は戻ってこないし、吸い取られたモザイクも復活しない。マヤ文明は真の窮地に立たされた。

「この状態はマズイぞ!」

 そう。マヤ文明でも分かっている。美少女(の姿をしているマヤ文明)の全裸というのは危険だ。

 それは何故かというと、厄介な敵を呼び寄せてしまうから。

「そんなふしだらなものを許容しているような、表現の自由とやらは規制すべきです! 女性の性を消費しています!」

「そうだそうだ! 子どもの教育に良くない! ゾーニングすべきだ! 不快だから、私たちPTAの目につかないところに行って永遠に消滅すべきだ!」

「オタク文化なんて低俗でくだらないシロモノです! 秋葉原は日本の恥です! 今すぐ撲滅すべきではないでしょうか! フェミニズムの夜明けの時が来たのです!」

「オタクアニメによって女の子に求められるプレッシャーが高まるのは言語道断! 何もできなくていい。人々の希望から女の子を解放してほしい! 女の子はサービス要員とやらではないのだ!」

 来た。

 来ちゃった。

 面倒くさい人たちが。

 ビミョウな表現にケチをつけて容赦なく殴りつけてくる、日本で最も暴力的な人種、ヒアリよりも遥かに危険なラジカルフェミニストだ。彼ら彼女らは、憲法で保障された表現の自由を勝手に規制しようとし、自分勝手な主張を恥ずかしげもなく垂れ流す。

 彼ら彼女らは、白い光でガードされていない全裸の犬飼フサ子=マヤ文明に一斉になぐりかかった。まさにそれはインターネット上で発生した炎上事件におけるネットリンチそのものだった。

「おわっ! ごbう゛ぉふぉふぁぁ! やmべろ! うgvお!」

 タコ殴りにされたマヤ文明は、ろくな反撃すら行うことができないまま、地べたに這い蹲った。

「ま、まさか、この我が、マヤ文明さまが、こんなヘンな奴らの攻撃で、滅びることになるとは……く、屈辱……」

 暴力的なフェミニストのみなさま方は、悪の象徴であるマヤ文明を撲滅して表現の自由を規制できたと思い、満足して去っていった。

 そっと最後の吐息を吹き出して蝋燭の炎を消すように。

 マヤ文明の灯火も消えた。

 犬飼フサ子=マヤ文明の肉体は、空気にとけ込むようにしてゆっくりと消滅した。

 地球上には、インカ帝国とカパック王が残り、静寂が青空に満ちた。

「お、終わった、のか?」

 カパック王の言葉は、誰に対して問いかけたものでもなかった。長く苦しいマヤ文明との戦いに疲弊し、鮫の肌のようにささくれ立ったカパック王の心に、潤いをもたらし得るのはただ一つマヤ文明の滅亡という事実だけなのだ。

「勝った! 勝ったぞ私は! 不倶戴天の敵、マヤ文明をついに撲滅することができたのだ! これで、南アメリカ大陸のみならず、メキシコにも王の道を延伸し、その勢いで北アメリカトランプ帝国も一気に征服し、大東亜共栄圏も欧州連合も全て配下に加え、地球上全てに覇を唱えるのだ!」

 高らかに。

 カパック王は勝利を宣言した。

 長かった。

 地道な戦いだった。

 マヤ文明は決して強くはないのだが、完全に撲滅するのが難しく、まるで水虫の治療のように根気強さを必要とする、精神的な消耗戦だった。

 だが、どんなに困難で挫けそうな長い夜であっても、永遠に明けない夜は無いのだ。夜明け前の闇が一番濃いけど、その後には暁が待っているのだ。

「ははははは! 爽快な気分だぜ!」

 胸を張って高笑いしつつも、カパック王の右目の目尻から一粒の涙が、真珠のように零れ落ちた。

 勝利にいたるまで、様々な困難があった。だけど、仲間たちが支えてくれたから、ここまでやってくることができたのだ。

「くノ一、金の天使、金髪・ツインテ・貧乳、ピンポンダッシュ、ラーメン職人、エルフ、レンジャー、ファイター、みんな、みんな、ありがとう」

 偉大なるインカ帝国の支配者カパック王は感涙に咽んだ。

「ところでカパック王、マヤ文明を撲滅したのはおめでとうございますなんだけど、インカ帝国にも問題が残っているんですけど」

 そう言ったのは金髪・ツインテ・貧乳だった。秘書技能検定三級の資格を持っている秘書なのだから、秘書らしい発言だ。

「なんだ、何かまだ用があるというのか? マヤ文明を倒すという最大の目標を達成したのだ。勝利の余韻に浸っていてもいいだろう」

「マヤ文明のメキシコに塩を送りつける目的で現代日本から召喚した氷河期世代のオッサンたち、あれ、どうします? 外国人技能実習生を大量に受け入れて持て余している国みたいになっちゃっていますよ? あいつら、無芸大食を擬人化したみたいな奴らで、大したことは何もできないくせに食うだけは大量に食って、我らがインカ帝国の食料事情を圧迫し始めています。そうでなくてもインカ帝国は、海水に浸った上にモンゴル軍に侵略されてジャガイモを掠奪されて、ただでさえ食糧事情が苦しいのですから」

「な、な、な、なんだとおおぉぉぉぉ!」

 カパック王の叫びが空に響いた。

 マヤ文明を倒しても、カパック王の治世にはまだまだ困難が立ち塞がる。

 カパック王がマンコ・カパック王である限り、戦いの神話は終わらないのだ。




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マンコ・カパック王の憂鬱 kanegon @1234aiueo

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