第35話 回転寿司は日本の国民食
「カパック王、たいへんです!」
慌てて駆け込んで王に報告を持ち込んだのは、ピンポンダッシュだった。例によってマイクロビキニスクール水着を着用している。当然塩素のニオイ付きだ。
「なんだ。私は忙しいのに。次から次へと」
と言いつつ、カパック王の視線は紺色のマイクロビキニに釘付けだ。
「氷河期の発動で、大変な副作用が出てしまっています。どうしましょうか?」
カパック王は面倒くさそうに、インカのめざめのフライドポテトをひとつ、己の口の中に放り込んだ。
「どんな強力な薬でも、投与すれば必ず副作用が発生する。副作用というのは、目を瞑るためにあるものだ。氷河期になったから、なんだというのだ。就職が厳しくなったとかいうのなら、自力でスキルを獲得すればいいのだ。自己責任だ。どうしても自力で獲得するのが難しいというのならば、いったんトラックにひかれて異世界に転生して、駄女神にチートスキルを付与してもらえばいいのだ。そういう知恵を使うことが必要だぞ」
「もう、カパック王! 真面目に聞いてください!」
ピンポンダッシュは両手の拳を口許にもってきて、頬をふくらませてかわいらしく怒った。
「だいたい、私が玄関でピンポンダッシュをせずに、そのまま入ってきて、こうしてカパック王の前まで来て報告をしている、という時点で異常事態だということに気付いてくださいよ!」
「はっ!」
言われて初めて、カパック王は気が付いた。その通りだ。ピンポンダッシュは、玄関の前でピンポンを押してダッシュで逃げる習性を持った生き物だ。毎回毎回毎回毎回、クスコの宮殿でもピンポンダッシュをして、その都度カパック王が「またピンポンダッシュか」と呆れるのがお約束となっていたくらいだ。
そのピンポンダッシュが、ピンポンを押さず、逃げも隠れもしなかった。
「た、確かに普通でないことは理解した。聞くだけは聞いてみようじゃないか。言ってみろ」
「氷河期を再現したせいで、地球が冷えて、水が凍って、海の水が目に見えて明らかに減りつつあります」
「おお、そうだぞ。だから、海面上昇で水没してしまったわが帝国のじゃがいも畑も復活したのだぞ。こうしてインカの目覚めのフライドポテトを食べることができるようになったのも、全ては氷河期のおかげだぞ。ほら、お前も一つ食え」
そう言ってカパック王は、インカのめざめの細長いフライドポテトを一本、ピンポンダッシュの口に押し込んだ。ピンポンダッシュは、細長いそれを、真ん中あたりでくわえる。
もぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐ……ごっくん。
「……んで、海の水が減ったのはいいのですが、……今度はそのせいで、海水の塩分濃度が高くなってしまいまして」
「……へ?」
「ですから、海の水が減って、塩の濃度が上昇して、海水が今まで以上に塩辛くなりすぎてしまったのです。ただ単に舐めた時の味が塩辛いだけならいいんですが、塩分濃度が高いと、海水の中に棲んでいる魚が、塩分の摂取過剰で高血圧になってしまい、バタバタと死んでしまっているのです。これは由々しき事態です!」
「……高血圧だと? おい適当なこと言ってるんじゃないぞ」
魚が高血圧になるかどうかはともかくとして、海水の塩分濃度が上がると、今までの塩分濃度に適応して生きてきた魚は、耐えられなくて死ぬだろう。
「このままだと、魚が絶滅して、水産資源が枯渇してしまいます。カパック王、どうしましょう?」
カパック王はロダンの考える人のように顎に握り拳を当てて考えた。
「海の魚が死ぬといってもなあ。わが帝国には、あまり影響が大きくないような」
偉大なるインカ帝国は高地に位置する山岳国家である。主要生産物はインカのめざめである。海の魚が死んだところで、大きく困ることはないと思われる。
「カパック王、そんなのんきなことを言っている場合ではありません。海の魚が絶滅すれば、回転寿司の品揃えが極端に少なくなってしまって、終末の郊外で家族連れで賑わっている店が潰れてしまいます」
ピンポンダッシュの口調は真剣だった。心の底から回転寿司屋が潰れてしまうことを憂慮しているらしい。回転寿司は今や回らない寿司屋以上に庶民の味としてしたしまれているのだ。
「回転寿司は、全国チェーン展開しているような店でも、値段の安いところは本当に値段なりの質だから駄目だ。多少値段が高くても、質がきちんとして、それなりのものが食べられる店でないと、満足感は得られないな!」
インカ帝国の偉大な王であるカパック王もまた、日本人にとっての国民食である回転寿司屋に対しては一家言あるらしい。
「ですからカパック王、その回転寿司屋のクオリティを落とさないためにも、海の魚に絶滅してもらっては困るのです。魚が絶滅したら、キュウリを巻いたカッパ巻きくらいしか食べられなくなってしまいますよ。それだって、塩分濃度が上昇してしまった今の海では、海苔をちゃんと養殖して確保できるのかどうか怪しいですが」
「そこまで言うのなら、海水の塩分濃度上昇というのは憂慮すべき事態なのだろう。よし、この偉大なカパック王が、見た目は子ども頭脳は大人な半ズボン少年のアニメに登場するチョビ髭小五郎探偵のように鮮やかに問題を解決してみせようじゃないか。んで、具体的にはどの魚が絶滅しかかっているのだ?」
ピンポンダッシュは、ぴっと右手の人差し指を一本立てた。
「ウナギです」
それを聞いて、思わずカパック王は膝カックン状態になった。
「おい待て待て。海水の塩分濃度上昇と、ウナギの絶滅は、全く関係無いだろう。ウナギの絶滅の原因は、日本人が回転寿司でウナギを大量消費したからだろう。一年に一度くらい、土用の丑の日だけウナギを食べていればいいのに、回転寿司で毎日毎日ぼくらは回転レーンの上で回されイヤんなっちゃうよ、という状態になったことが原因だ」
膝を立て直しながら、冷静にカパック王が指摘する。
「絶滅しかかりの魚はウナギだけではありません。ホッケもです」
カパック王は難しい顔をした。
「ホッケか。確かにシマホッケの開きの焼き魚なんかは、居酒屋でビールを飲みながら食べたら美味しいメニューだな。特に好きなプロ野球チームがエースで4番打者の大谷選手の活躍で勝った時なんかは、その味は格別だ。その一方で、ホッケは傷みやすいので、生ホッケの寿司というのは出しにくい。だからこそ、生ホッケの寿司を食べたことがあるというのは珍しいことだぞ」
「別にカパック王のホッケ話を聞きたいわけではなく、ホッケが絶滅すると言っているのです!」
「だから、それも塩分濃度上昇は関係ないだろう。日本人による乱獲が原因だろう」
カパック王はあくまでも冷静だった。いや、マイクロビキニスクール水着姿のピンポンダッシュのつるべたな肢体を視姦してはぁはぁしているけど。
「他にも。シシャモもこのままだと絶滅します!」
ピンポンダッシュの訴えに、カパック王は少し遠い目をした。
「シシャモか。さすがにシシャモそのものは寿司ネタになっているのは見たことが無いな。だが、シシャモッコならある。トビッコみたいな感じの軍艦で、魚卵ものらしいプチプチとした食感が楽しめていいぞ」
「ですから、シシャモが絶滅してしまったら、そのシシャモッコ軍艦だって食べられなくなってしまうんですよ!」
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