第36話 異世界の魔法生物は物理攻撃には弱い

 必死に訴えるピンポンダッシュに対して、カパック王は塩対応だった。塩分濃度が地球規模で上昇しているご時世なので、塩対応も塩辛さが殿堂入りレベルにまで高騰していた。

「別にほっとけよ、シシャモの絶滅なんて。いいじゃん、どうせ今だって本物のシシャモなんか実質的に絶滅状態で、代替魚のカペリンのオスの中に卵を押し込んで子持ちシシャモとして売っているくらいなんだから。……んで、他にも絶滅している魚がいるのか?」

「アニサキスもです」

「は? そんな魚、いたか? 聞いたこと無いな」

「本当に聞き覚えございませんか?」

「そんな魚、食ったことすら無いし。何の代替魚だ?」

 そうは言いつつもカパック王は、その名前をどこかで聞き覚えがあるような気がし始めていた。

「あ、アニサキスじゃなかった。サバです、サバ。アニサキスはサバの中に居る寄生虫でした」

「なんだよ。それって、膝のことをグルコサミンって言い間違えているみたいなもんじゃないか。しかもよりによって寄生虫かよ。んでもサバが絶滅するんだったら、そのグルコサミンとかいう寄生虫も一緒に絶滅してくれるんじゃないのか?」

「駄目だと思います。アニサキスは強いです」

「強いって……どんぐらい強いんだ?」

「アニサキスは物理攻撃に弱いので、サバを食べる時はよく噛んで食べると体が千切れて死んでしまうといいます。つまりそれって、裏を返せば、物理攻撃には弱いということは、他の攻撃には強いってことです」

 ピンポンダッシュは両手の拳を握って力説する。

「他の攻撃?」

「そうです。物理攻撃以外、ということは、魔法攻撃に対しては高い耐性があるっていうことですよ。スゴイと思いませんか? 魔法攻撃に対する耐性を持っている生き物なんてのが、この地球上に存在していたなんて!」

 目をキラキラ輝かせて、紺のマイクロビキニ姿のピンポンダッシュが語る。その目の輝きには、純情な感情があふれ出るばかりだ。

「そんな、まるで異世界魔法生物のような強いアニサキスという寄生虫に寄生されちゃったら、サバなんてひとたまりもありません。絶滅です」

 ピンポンダッシュに断言されて、カパック王は腕組みをして考え込んだ。

「まあ、言いたいことは分かった。海水の塩分濃度が上昇するのはマズイ、ということだな」

 カパック王はインカ帝国の偉大なる王である。だが、地球規模で環境問題を考えるエライ王様なのだ。

 天才、カパック王は名案を思いついた。

「そうだ。塩分が多くなりすぎたなら、減らせばいいじゃない!」

「どうやって減らすのですか?」

「そんなもん、海水からどんどん塩を取り出せばいい。水分だけを蒸発させて、塩だけが残るようにすればいい。金の天使に天日塩田の絵を描かせるのだ!」

 巨大な機会で水を蒸発させて、ではなく、原始的な太陽による蒸発だった。

「善は急げだ。おい、さっさと金の天使に仕事をさせろ。どうせあいつはデブでハゲのオタクで、現代日本では何の役にも立たないクズとして迫害されていたんだから、せめてこのインカ帝国で役に立って自らのレゾンデートルを示してみろ!」

 カパック王の言葉を聞いていたのか、仕事は速かった。といっても、スケッチブックに天日塩田の絵を描くだけだ。といっても、原則として、海水を入れた田んぼのようにしか見えない、特徴の無い面白みの無い絵にしかならない。

 変化は一瞬だった。

 栄光のインカ帝国、クスコの都に鎮座するカパック王の王宮。その宮殿内は全て塩田になった。屋内だけど何故か太陽が燦々と輝いた。

「うはははは! どうだ。この白い輝きを見よ! これが塩だ。海水の塩をどんどん抽出しているのだぞ。これで海水の塩分濃度はどんどん下がって、健全な海水に戻るはずだ」

「あのー、カパック王、高笑いの最中申し訳ないんですが、この宮殿の隅の方に、大量の塩が山になって蓄積し始めているんですけど。これ、だんだん邪魔になってくると思うんですが、どうしたらいいでしょうか?」

 申し出てきたのは、犬飼フサ子だった。名前はババ臭いけど、ルックスはシコリティの高い、長い銀髪がまばゆく輝く白ワンピースの美少女である。カパック王の周囲に自ずと形成された美少女ハーレムのメンバーの一人である。

「確かに、これから更に塩が増えていったら邪魔になるな。どうしようか……」

 塩は、人間が生きていく上では必要不可欠だ。生命活動に必要であるという以上に、食生活を豊かにするための調味料としても貴重なものだ。ラーメンを作るにしても、味噌、塩、醤油といった主な味があるが、味噌も醤油も製造するにあたっては塩を使う。ラーメンだけではない。近年は塩スイーツなど、甘いお菓子を彩るものとしても塩は必要不可欠となっている。

 だが、塩を過剰に摂取しすぎても良いものではない。塩分摂取過多は健康を害し、高血圧などの弊害を惹起して寿命を縮めることになってしまう。

「確かにこれは放置するのはマズイ。このままだとやがて塩を保管しておく場所は不足する。そうなると塩が溢れて、河川湖沼など、淡水であるべき場所にまで入り込んでしまう。そうなると淡水魚は生きていけなくなる。海水魚が死滅したなら淡水魚で代替すればいいじゃない作戦が頓挫してしまう」

 インカ帝国は過酷な国だ。ジャガイモが根腐れしたり、塩の過多で淡水魚が脅かされたり。

 かつてないほどに、真剣に脳に血液を巡らせてカパック王は熟考する。

「置いておいても場所を取って邪魔になる。かといって消費するにしても、これだけ大量だと限界がある。……そうだ。我ながら名案を思いついた。いや、天才の我だからこそ思いつくことができたと言うべきか。凡人なら思いつくことはできないだろう!」

 カパック王の瞳が輝いた。

「産業廃棄物は川に不法投棄すればいいように、余ってしまった不要な塩は、余所に押しつければいいのだ。そして、こういう時に都合良く、押しつけるべき相手がいるじゃないか!」

 カパック王は、ラーメンの味を覚えた邪悪なドワーフのような壮絶な笑みを浮かべた。

「マヤ文明。あいつらに塩を押しつけてしまえばいいんだ」

 自分が出した意見に、カパック王は満足げに頷く。

「そうだそうだ。敵に塩を送る、という格言もあるじゃないか。まさにそれを現実に行うだけだ。そうすれば、こちらに余っている邪魔な塩を処分し、マヤ文明は塩分摂取過多で健康を害し高血圧になって滅ぶ。完璧な計画じゃないか」

 ここは12世紀末の南米インカ帝国だ。敵に塩を送った上杉謙信はもっと後の時代の日本人だが、歴史知識も全てが前借りだ。

「し、しかしカパック王、この大量の塩を、どうやってマヤ文明の地にまで運ぶのですか? かなり距離が長いですよ。上手い運び方を考えないと、また例のやかましいなんとか警察が出てきてしまうと思います」

 厄介なファンタジー警察の存在をあらかじめ思い出させてくれたのは犬飼フサ子だった。

「それもそうだな。どうしようか?」

 カパック王は、いつもより多めに塩味が利いたフライドポテトを食べながら首を捻った。もちろん使っているジャガイモはインカのめざめだ。フライドポテトは野菜であるジャガイモと植物性油を使って揚げているので、サラダに植物性オイルのドレッシングをかけているのと同じようなものだ。ヘルシーだ。健康を損なうのはマヤ文明であるべきだ。

 ふと、カパック王の視界に金の天使が映った。異世界から転生してきた氷河期戦士だ。

「よし、トラックを大量に用意してくれ」

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