第30話 愛でアイデンティティを守れ

「まあ気にするな。単なるビジュアル問題だ」

「気にしますよ!」

「そうか。……ビキニアーマーは恥ずかしいか。ならばこちらとしても配慮してやろう。これでどうだ」

 慈悲深きカパック王が思いやりを働かせて言うと、どこからともなく謎の白い光が差し込んだ。

 金髪・ツインテ・貧乳の顔にラフレシアの花が咲くような笑顔が輝いた。

「わぁ。これはあの、謎の白い光! アニメの入浴シーンなどで、見えてはいけない部分を都合良く隠すための天才的発明! 確かにこの謎の白い光でビキニアーマーを隠してしまえば、恥ずかしくないわね!」

 しかし、金髪・ツインテ・貧乳は分かっていなかった。

 謎の白い光がビキニアーマーを隠す。しかし謎の白い光はちゃんと空気を読む能力があるので、他の部分は隠さない。つまり、金髪・ツインテ・貧乳の肌が露出した体の大部分は隠れない。それでいて胸と腰を覆っているビキニアーマーだけは白い光で隠れる。つまり、どういうことになるかというと……

「あ、あれ? カパック王、これってもしかして私、外から見たら全裸みたいに見えてしまうんじゃないですか?」

「ようやく気付いたか。この聡明なカパック王は最初から承知していたぞ」

 そう。

 金髪・ツインテ・貧乳の胸と腰の見えてはいけない部分は、ビキニアーマーの上からわざわざ謎の白い光で上書きしている。それでいてそれ以外の肌は露出したままだ。

 つまり、全裸状態を白い光で局部だけカバーしているのと同じことだ。

「ちょ、これ、ちゃんとビキニアーマーを着ているのに、白い光のせいでまるで全裸の痴女みたいに見えるじゃないですか! 勘弁してくださいよ!」

「何が勘弁してくださいだ。お前が望んだことじゃないか」

「ていうか、カパック王がこんな卑劣な罠を仕掛けるのが悪いんですよ。白い光さえあれば、最低限見えてはいけない核心部分は絶対に見えないから安全安心だとばかり思っていたら、その白い光があることによってかえってヒワイに見えることがあるなんて」

 金髪・ツインテ・貧乳は激怒しまくった。今までずっと補陀落宮殿で捕らえられていたものだから、ただでさえフラストレーションが蓄積しているのだ。

「それとカパック王、もうひとつ、どうしても、もの申しておきたいことがあるのですが」

「なんだ? 時給を上げてくれというのは最低賃金の700円よりは無理だぞ」

「いや、時給のことではありません」

「じゃあなんだ?」

「キャラ被りです」

 金髪・ツインテ・貧乳は爆弾発言を投下した。

「助けに来てくれたことには素直に感謝しているんですけど。それはそれ、これはこれですから、正直に言わせてもらいます。私の容姿と、助けに来てくれたピンポンダッシュ、かなり容姿が被っちゃっていますよね? 気付いていましたか?」

 カパック王は首を捻った。普通に気付いていなかった。というか、本当に容姿が被っているだろうか?

「私もピンポンダッシュも、髪型はツインテよ。色はちょっと異なっていて、私が金髪で、ピンポンダッシュは銀髪だけど。……そして、む、胸は、二人ともやや小ぶりね。体格はやせ形というか、顔も含めて全体的にロリっぽい印象」

 立て板に水を流すごとく、よどみなく語る金髪・ツインテ・貧乳。だがここで金髪・ツインテ・貧乳にイニシアチブを取られては負けだ。カパック王も反論する。

「いや、ピンポンダッシュの容姿って、そんな設定だったかな? 違うんじゃないか? 金髪・ツインテ・貧乳、お前、勝手にピンポンダッシュの容姿設定を書き換えているんじゃないのか?」

「それ、カパック王が言いますか? さっき、私の時給設定を勝手に書き換えましたよね? ハロワに出したのは756円だったけど、さっきはどさくさに紛れて700円って言っていたわよね? ほんと狡いというか姑息というか」

「ちっ……バレていたのか。しょうもない部分で無意味に目聡いのがウザいな」

 悪態をつきつつも、カパック王は真面目で誠意がある善良な王だった。金髪・ツインテ・貧乳とピンポンダッシュのキャラ被り問題について、真面目に考慮した。

「といっても、めんどくさいなあ。キャラ被りといっても、単に容姿が似てしまっているだけだから、今から変更すればいいんじゃないのか?」

 物語の途中から容姿設定の変更。

 雑で低レベルな小説の中で行われる禁断の荒技である。

 そんなことをやるくらいなら、最初から登場キャラクターの容姿設定については突き詰めて考えておけよ、という話だ。

「そうだな。じゃあ、お前、金髪じゃなくて、黒髪という設定に変更しよう。それでいいだろう?」

 カパック王の慈悲深いありがたい提案に対し、金髪・ツインテ・貧乳は眉根をひそめただけだった。

「えー。イヤですよ。だってせっかく金髪なのに、黒髪になっちゃったら、名前まで変更しなくちゃいけなくなっちゃうじゃないですか。面倒だし、自分のアイデンティティをそんな他人の都合でコロコロ変えられてしまうなんて、耐えられません」

「アイデンティティとか難しい言葉を使ってかっこつけるなよ。……だけど、髪の色を変更するのは駄目か。まあ確かに、名前で金髪と謳っちゃっているからなあ。それだと、貧乳設定を変更してDカップくらいにするのも駄目ってことだな」

「え?」

 金髪・ツインテ・貧乳の目の色が変わった。

「どういうことですかカパック王。その言い方だと、私の胸の大きさの設定を変更できるみたいじゃないですか?」

「できるぞ。当たり前だろう」

 あっさりと、背脂マシマシこってり濃厚味噌ラーメンのようにあっさりと、カパック王は設定変更が可能であることを認めた。

「私はカパック王。偉大なるインカ帝国の王だ。神にも等しい能力を持っている。おっぱいを大きく変更するくらいは、ディナーの後に朝飯前なのだ」

「じゃあ変えてください! 私、貧乳は卒業して、せめて人並みにはなりたいんです!」

「でも、貧乳を卒業してしまうと、名前を変更しなくてはならなくなるぞ。それでいいのか?」

「あ……」

 金髪・ツインテ・貧乳は、自らの容姿の特徴をミドルネーム入りの名前としていて、名前だけで容姿がわかるという便利さはあるが、名前に逆に縛られてしまって、後からの変更が難しいという不便さも併せ持つことになってしまっていた。

「どうするのだ、金髪・ツインテ・貧乳よ。変更するなら、この名前も捨てるということになるのだからな」

「あー……それは……」

 金髪・ツインテ・貧乳は内股になってモジモジと太腿を摺り合わせた。

 胸は大きくなりたい。だが、自らの名前は捨てたくない。そこに金髪・ツインテ・貧乳のジレンマがあった。

「そんなに自分の名前に拘泥するのなら、ピンポンダッシュとのキャラ被りなど気にしなければいいだろう。古今東西、ツンデレキャラが何人存在したと思っているのだ。そしてそのツンデレキャラの全てが、自らがツンデレであることに苦悩を抱いていたとでも言うのか」

 恐らくほとんどのツンデレキャラは、自分の気持ちに素直になれないことに対して幾ばくかのもどかしさは抱いていただろう。

「そんなことより。せっかく補陀落宮殿から秘書のお前を無事に救出したのだ。さっそく本題の儀式を始めるぞ!」

「儀式?」

 内股のまま、金髪・ツインテ・貧乳は顔だけ上げてカパック王の表情をうかがった。

「そうだ、儀式だ。そもそも、私が何をしようとしているのか、忘れているんじゃあるまいな?」

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