第31話 採用に関してはコミュニケーション能力を重視します

 これだけ話があちらこちらに脱線しまくっているのだから、カパック王が何をしようとしていたのか、覚えている者など皆無だろう。

「忘れているのか。仕方ないな。上昇した海面を元に戻すために、地球に氷河期を復活させるのだ。そのためには儀式を行うための人数を確保する必要があったのだ」

「儀式? そんなの聞いたことありませんね」

「儀式というワードは使わなかったかもしれないが、内容そのものは初めて言うことじゃないぞ。氷河期世代である金の天使の面接を再現して、氷河期を現出して地球を冷やすのだ! 人数が必要なのは、面接官の人数が多くないと、就職活動中の学生にプレッシャーを与えることができないからだ」

「人数?」

 金髪・ツインテ・貧乳は首をひねった。

「面接なんて、別に面接官が一人や二人とかでもできるじゃないですか」

「別に面接をして採用を決めることが目的じゃない。氷河期の面接を再現して、金の天使を圧迫して氷河期を再現するのが目的だ。面接を行うのはそのための手段だ。目的と手段を間違えるなよ」

 それを言うならば、インカ帝国のカパック王にとっては、究極の目的はマヤ文明を打倒することのはずだ。だが、なかなかにしぶといマヤ文明を倒すのに手間取り、あれやこれやとやっているうちに、手段の方が複雑化してきているのだ。

「だがな。時は満ちた。潮は満ちた。今こそ漕ぎ出でる時。面接官を務める人数が揃ったのだ」

 カパック王は仁王立ちし、両手を真横よりも少し斜め下に大きく広げた。「ここはどこですか?」と聞かれて「ここは地球だよ」と説明する時のような仕草だ。

「よいか、よく聞け。面接を受けるのは金の天使一人だ。ちゅうことは、残りの者が全員面接官になれば、一対多という圧迫構造が容易に完成するというわけだ。そして面接官は、私と、金髪・ツインテ・貧乳、ピンポンダッシュ、ラーメン職人、犬飼フサ子、くの一、の六人だ」

「な、なんと、六対一ですか……」

 非道な力の差であった。古来より六対一というと袋叩きが成立する戦力差だ。ランチェスターの法則で示されている通りだ。

「じゃあ、金の天使、キミはこちらの席に座りたまえ。すぐに面接を開始する」

「え?」

 問答無用で、金の天使は座らされた。金の天使はいつの間にか、紺色のスーツを着て赤いネクタイを締めていた。俗に言うリクルートスーツだ。これは、金の天使にとっては、トラウマともいうべき服装だった。

 だだっ広い部屋に、金の天使が座る椅子がぽつんと一つ、七夕でもハロウィンでもクリスマスイブでも恋人無しのぼっち状態だ。

 向かい合う形で、長いテーブルが置かれている。そのテーブルの向こう側には、六人の男女面接官がズラリと勢揃いして座っていた。

「うっ……せっかく異世界転生オレにもキター、って喜んでいたのに。これじゃあ世知辛い現代日本と同じじゃないかよ」

 椅子に座ったまま、金の天使は少し仰け反ってたじろいだ。六人の圧迫感は、まさに空気そのものが巨大なトコロテンとなって押し寄せてくるかの如きだった。

 面接官六名は、男女ともいつの間にかきっちりとスーツを着込んでいた。せっかくの、塩素のニオイ付きのマイクロビキニスクール水着が無くなってしまったが、恐らくはスーツの下に今も着用しているのだろう。見えなくなってしまっただけだ。全裸がトレードマークだったはずのくノ一までもが服を着ている。あくまでも全裸のくノ一が服を着ているというだけだ。全裸であるというアイデンティティに変わりは無い。

「それでは、早速、面接を開始します。まずは、自己PRをお願いします」

 ここぞとばかりに三つ揃いのスーツを着用しているカパック王が、いかにもビジネスマンらしい少し硬い口調で、金の天使に最初の言葉を投げかける。

 金の天使は、しょっぱなから口の中で奥歯を噛み締めた。顔の表情には渋い表情を出さないよう、必死だ。

 いきなり最難関ともいうべき質問が来た。

 自己PRというのは面接において、ある意味最も難しいものだ。

 そもそも謙譲を美徳とする日本文化の中で育ってきておきながら、ここにきていきなり欧米のような自己PRをしろというのもどうなのだろうか、と金の天使は心の中だけで悪態をつく。

 第一、普通の学生は、PRできるような特技や長所など何も無いのだ。あったら最初から苦労しない。

「え、ええっと、自分は、昨今の社会においては、特にコミュニケーション能力が重視されていると考えます。実際のところ、どんなに科学技術やITや、ええっと、……あ、ええと……」

 冷や汗が、金の天使の頬を伝い流れる。部屋の空気が冷たくなる。座っている六人の、金の天使を見る目も冷たくなってきつつあるのを感じる。

「……なので、ええと、なんというか、なんだったっけ……あ、インフラ、色々とインフラが整ったとしても、最終的にはやっぱり重要なのは人と人との関係、だと思います。その人と人との関係を円滑に結びつけるのは、コミュニケーション能力だと思います。ですので、宇宙マーチ大学にいた頃も、他の学生やゼミの教授とも積極的にコミュニケーションをとってきました」

 六人は冷ややかな目で見ている。更に、金の天使の反対側の頬にも冷や汗がたらりと伝い流れる。

 金の天使が言っていることは、心にも無いウソばかりだ。

 コミュニケーション能力が大事だというのは、疑問も多々あるものの、蔑ろにして良いものではないのは事実だろう。

 だが、金の天使にはコミュニケーション能力は無い。俗に言うコミュ障だからだ。

「えと、えと、ゼミで材料を持ち寄ってお好み焼きを作ろうパーティーをした時にも、自分は準備メンバーの一人として立候補して参加し、他のメンバーとの報告、連絡、相談のホウレンソウを重視してコミュニケーションを密にし、ただのパーティーだとバカにすることなく、ええと、自分を高めるチャンスなのだと真剣に取り組みました。そのおかげで、みんなには楽しい時間を過ごしてもらうことができました」

 ゼミでお好み焼きパーティーが開催されたのは事実だ。

 準備メンバーには勝手に入れられた。立候補はしていない。

 他の準備メンバーとのコミュニケーションは無かった。金の天使はメールで指示されて、必要な資材の買い出しに行かされた。要は使い走りだった。他の準備メンバー同士は、コミュニケーションを密にし、これをきっかけに付き合い始めた男女もいた。

 材料だけを用意して届けたら、後は用済みとして金の天使は帰宅させられた。資材を買ってきたお金は、結局全額金の天使の自腹負担となった。

 お好み焼きを作ろうパーティーは成功し、美味しいお好み焼きを食べて、参加者たちは楽しい時間を過ごすことができ、ゼミの仲間同士の絆を深めることができた。

 あくまでも、参加者たち、の話だ。

 その頃金の天使は何をしていたかというと、一人暮らしのアパートで、焼きそば弁当中華スープ付きを作っていた。この焼きそば弁当は中華スープ付きなので、シンクにお湯を捨てないので、シンクがベコンということも無く、また、せっかく熱量を費やしてお湯をわかしたのを無駄にせずに済むという画期的な商品だ。

 金の天使は、ゼミに所属だけはしているにもかかわらず、交流イベントには利用されただけで、参加者にはなれなかった。

 だがそれも、今となっては美しきセピア色の想い出だ。

 その経験があったからこそ、こうして面接で自己PRをすることができている。

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