第22話 犬飼フサ子登場
「私が何者かって? そんなの、見れば分かるでしょ?」
カパック王とラーメン職人が振り返った先に見つけたのは、声の期待を裏切らぬ美少女だった。ただし、空中に浮いている。
白い肌に長い銀色の髪が映える。真夏のお嬢さんのような清楚な白ワンピースをまとっている。誰かと比較するのは残酷だけど、胸部はかなり盛り上がっていて、襟ぐりのところから深い谷間がのぞけている。
背中には、広島の平和記念式典の時に飛ばされるような白い鳩のごとき純白の翼がある。ただし、翼を動かして宙に浮いているわけではなく、単なる飾りらしい。そして、頭の上には金の輪が浮かんでいる。
「て、天使、か?」
「そうよ。私は悲しみ色に明け暮れてても歩いて行ける銀の天使。マヤ文明に雇われている銀の天使美少女五人のうちの一人よ。名前は犬飼フサ子よ」
「な、なんだと。銀の天使だと? ……あれ?」
敵の先鋒が我が本拠地に乗り込んできたことも驚きだったが、カパック王の脳裏に過ぎったのは最初に聞いていた話との内容の齟齬だった。
「銀の天使と名乗っていて、頭に輪があって背中に翼があるというそれらしい容姿をしてはいるが、お前は本当に銀の天使なのか? 私が聞いた話では、マヤ文明は、三〇歳まで童貞を保って魔法使いとなった男五人を銀の天使として使役している、ということだったはずだぞ。どうして、名前はいまひとつババくさいけど美少女が銀の天使なのだ? お前は偽物じゃないのか?」
美少女銀の天使犬飼フサ子さんは鼻で笑った。修学旅行で温泉露天風呂で女子の入浴を覗こうとして失敗した主人公を見下して嘲笑うラブコメアニメの負けヒロインのような蔑んだ笑い方だった。
「カパック王、あなた、そんな最初の頃の設定なんかを後生大事に信奉し続けていたの? そんな設定なんて、今、この瞬間に破棄よ」
「なんだと。今この瞬間に破棄とか、何の伏線もなく、そんなご都合主義な勝手なことをして世間が許すと思っているのか?」
「それは世間の意見ではなくて、カパック王個人の意見でしょ。マヤ文明陣営はカパック王個人の意見なんて求めていないのよ。カパック王の顔色を窺う必要も無いし、媚びる必要も無い。カパック王は設定に縛られて生きていくしか道が無いけど、マヤ文明は設定などに束縛されずに乗り越えて新しいことを創造して行くのよ」
個人の意見を世間の意見にまで大きく装うのには失敗したが、それでもカパック王は後には引けない。
「ず、ずるいぞ。設定を後から勝手に変更するのも狡いが、銀の天使は美少女五人だと言っていたよな?」
「そうよ。私の他の四人は、私よりも容姿はカワイイわね。まあ戦闘力ならば私が一番だと思っているけど」
「なんだそれは。詐欺ではないか。銀の天使は美少女五人でマヤ文明がハーレム状態で、こっちの金の天使はM字ハゲのデブキモオタメガネだぞ。戦闘力だけを買って容姿は我慢していたけど、我慢する必要は無かったんじゃないか」
ここで、カパック王は一つの我慢の限界を迎えた。
「おい、ラーメン職人、金の天使の捜索は中止だ」
「いや、最初からそんなに熱心に探していませんでしたよね? 胸の平らな秘書の捜索を思いっきり優先していましたし」
「だから、優先とか後回しじゃなく、金の天使の捜索は完全に中止だ。もう探さなくていい。アイツはクビだ!」
思い切ったカパック王の英断に、異世界でドワーフ相手にラーメンを作って経験値を稼いだラーメン職人といえども驚きを隠せなかった。
「え? どうしてですか? 確かに金の天使は容姿はアレですが、戦闘力だけなら銀の天使五人に匹敵します。その部分は設定は変わっていないはずですよ、まだ」
つまり、その部分の設定についてもこれから変わる可能性はある、ということだ。
「いや容姿が大事だろう。マヤ文明が使っている銀の天使五人も三十路過ぎの童貞魔法使いだと思っていたから、こちらも金の天使のM字デブメガネという容姿を我慢して、戦闘力だけを採用していたのだ。その前提が変わったなら、話は全く別だ」
重々しくカパック王は宣言する。容姿が大事だからこそ、金の天使の捜索よりも秘書の金髪・ツインテ・貧乳の捜索を優先していたくらいだ。
「あらあら。せっかく今までインカ帝国のために貢献してきたのに、あっさりクビを宣告されて。あんなデブメガネという容姿だから仕方ないけど、金の天使も哀れよねえ。でも案外、クビを食らっても本人はケロっとしているんじゃないかしら?」
銀の天使犬飼フサ子が思わせぶりなことを言ったので、カパック王は律儀に食いついた。
「なんだ? お前、もしかして金の天使の居場所を知っているのか?」
「金の天使だったら、ラサの補陀落宮殿にいるわよ。三国同盟と一緒にじゃがいもパーティーに参加して、デブメガネのくせにじゃがいも食い貪っているわよ」
「なんと、あのクソメガネ! 既にインカ帝国から寝返って三国同盟側に付いていたというのか。言語道断な。こちらがクビにしたと思っていたら、向こうから先に逃げられていたとは」
「まあ、あれね。『けものフレンズ第一話で切った』と思っている人の方こそが、実は『お前がけもフレから切られたんだよ』と言われるのと同じことね」
「くっ……あのクソメガネ……セイヤセイヤアヘアヘガハハハハハブリュリュリュリュ!」
悔しがってもあくまでも冷静さを失わないカパック王だが、結果として、優先順位は低いにしても捜索していた金の天使の行方が判明した。もうクビだから無関係だが。そして罵倒が、M字ハゲとかデブとかが無くなり、いつの間にかメガネだけになっている。
「……待てよ。金の天使の行方を知っていたということは、もしかして金髪・ツインテ・貧乳が今どこに居るかも知っているのか?」
「知ってるわよ? 教えてほしい? 条件があるけど」
挑むような目に濡れた光を宿しで、犬飼フサ子は朱色の唇を小さく舐めた。
「なんだその条件というのは?」
「料理を食べてみたいのよ」
「料理だと?」
予想もしていなかった銀の天使の要求内容に、カパック王は拍子抜け気味だった。
「そうよ。せっかく銀の天使としてこの体に生まれ変わったのだから、ドクターストップの心配とかせずに満腹満足になるまで美味しい料理を食べてみたいわね」
「んじゃあ、カレーでも作れっていうのか? ……あ、でもカレーは……」
なにげなくカレーの名前を出したインカ帝国のカパック王だったが、カレーを作ろうと思ったら大きな障害が存在することに気付いた。
「そうだ。我がインカ帝国のじゃがいもは、マヤ文明ども三国同盟に掠奪されて、全滅してしまっているんだった。カレーの主役であるじゃがいもが入っていないなど、そのような代物は単なるUNK色の辛いだけの汁でしかない。カレーとは呼べない」
「何よ? 料理は作れないっていうの? だったらアンタの秘書がどこに捕まっているか、教えないわよ」
銀の天使犬飼フサ子の高圧的な要求に屈しそうになっているカパック王だが、ふと言葉尻を捕捉した。
「今、秘書がどこに捕まっているか、って言ったな? つまり、金髪・ツインテ・貧乳は捕まっている、ってことだな?」
「あっ……」
銀の天使は慌てて両手で口許を抑えたが、一度発した言葉は戻らない。
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