第14話 チベットからの矢文
「ほ、ほんとだわ! 確かにセーターだけは着ているけど、下半身に関する言及が一切無い。てっきりセーターを着た時点で下半身もなんらかの服でカバーしているのだと思いこんでいたわ!」
思い込みは危険である。
その時。
ピンポーン。
呼び鈴が鳴った。
「なんだまたピンポンダッシュか。本当にしつこいな」
カパック王はぼやいたが、扉の外の人物は逃げることなく、待っている様子だった。
「なんだ、来客か? しょうがないな」
キン肉バスターを解除して獲物の金髪・ツインテ・貧乳をその辺に放り投げて、カパック王は扉を開けた。
「こんにちはー。郵便でーす」
郵便配達だった。スーパーカブではなくゼロ戦に乗った郵便配達員は、出てきたカパック王に対して一本の矢を手渡した。
矢の真ん中には、紙がくくり付けてある。
「なんだよ今時矢文かよ。それも、矢を射るんじゃなくて配達員に届けさせるなら、矢文の意味が全然無いじゃないか」
そう文句を言いながら、カパック王は紙をほどいて開いた。
そこには衝撃の文面があった。
「親愛なるマンコ王へ。マヤ文明がもの申す。……」
「なんだと!」
太陽に吠えながら、カパック王は持っていた紙を床に叩きつけた。といっても軽い紙なので、叩きつけ、にすらなっていなかった。ただ単に床に落ちただけだった。仕方なくカパック王は拾い直す。
「しかし腹立たしい手紙だ。私の名前はマンコ・カパック王だ。カパックを忘れるな。それに、差出人。……これ、何かの間違いじゃないのか?」
マヤ文明。
マヤ文明は、海面上昇により水没して滅んだのではなかったのか。まだ生き残っているのか。だとしたら、どこまでしぶといというのだろうか。本当に生き残っていて、その上でこのインカ帝国に対して挑発も甚だしい手紙を送りつけているというのだろうか。必ずや滅殺しなければならない。
怒りはともかくとして、頭脳は冷静に。カパック王は文面の続きを読んだ。
「我がマヤ文明は、このたびの海面上昇に際し、断腸の思いにて故地より移動し、新たにチベットの地に亡命政権を建てることとした。世界の屋根たる高地であるラサの都、かのソンツェン・ガンポ王がマルポリの丘に建てた白亜と紅玉の補陀落宮殿に仮住まいし、ここから、海面低下とそれに伴う故地復活のための活動を行うこととした。
マヤ文明は永久に不滅なり。……」
マヤ文明は滅びていなかったのだ。完全に撲滅し切ることに失敗していた。まるで水虫の治療のように、根絶が難しく根気が必要なことだ。だが勿論、生かしておくわけにはいかない。今度こそ完全消滅させるのだ。
「とはいえ、海面を低下させるのは大きなリソースを必要とする困難な事業である。ということで、根本的に海面上昇の犯人であるマンコ王に対し、責任を取って海面を元のレベルまで迅速に低下させることを当然の義務として要求する。……」
「な、何が、要求する、だ。エラソーに言いやがって……」
海面上昇した状況が良いことだとはカパック王も思っていない。国内の名産品たるじゃがいもが海水で根腐れを起こしてしまっているのだから。国土の面積を回復させるためにも、海面低下のためにどうするかと検討し行動しようとしていたところだった。
しかしそれはあくまでも、メキシコのマヤ文明を水没させて滅亡させることに成功した、と思っていたからだ。
マヤ文明がまだ生き残っているのならば、海面低下よりも優先して行うべきことがある。
マヤ文明をぶっ潰す。
海面の問題は、マヤを始末してからの話だ。後回しにするしかない。
「よって、いまから一週間以内に、海面を元に戻すよう。もし成し遂げることができなかった場合、罰金代わりとして、インカ帝国で育成しているじゃがいもを全部我が国で没収することとするので、覚悟しておくように」
手紙はここで終わっていた。
最後まで読んで、カパック王はシニカルに唇の端を歪めた。
「バカめ。インカ帝国のじゃがいもは、海面上昇のせいで根腐れを起こしてしまったのだ。そんなものを没収しようとはマヌケなヤツだ。とはいえ、当然マヤ文明ごときに勝手に没収されるつもりは無いがな。一週間以内にチベットに攻め込み、マヤ文明を今度こそこの世から消滅させるのだ」
カパック王は読み終わった手紙をくしゃくしゃに丸めて捨て、拳を握りしめて決意を固めた。
「しかしチベットか。どうやって攻撃するべきか。一〇万の兵は駄目だろうし。そもそも地球の大部分は海の下に沈んでしまっているわけで、仮に一〇万の兵を用意したとしても、陸路ではチベットまでは行けないわけだし。となると船か飛行機か。……ん、待てよ?」
カパック王は、さきほど丸めてその場に捨てた、マヤ文明からの手紙を見下ろした。
「そうだ。飛行機が無いなら作ればいい。憎きマヤ文明からのこの手紙を使って、紙飛行機を作ればいいのだ。さすがインカ帝国の偉大な王たる私だ。不撓不屈の精神で必ずや仇敵を滅する。たとえチベットに亡命しようとも、地球上である限りはこのカパック王からは逃れられぬということを学習させてやるぞ」
カパック王はそう叫びながら、エナメル質が欠けるくらい強い圧力で歯ぎしりした。歯ぎしりしながら喋るというのはハイレベルな行為だが、偉大なるインカ帝国の王はおクチでの行為も器用にこなすことができる能力があるのだ。
さっきくしゃくしゃに丸めて捨てた紙を拾い直し、再び広げて、不快な文面には視線を向けないようにして、カパック王は紙飛行機を折った。
そして、野球漫画のようにおおきく振りかぶって、キャッチャーミット目がけて時速165キロの剛速球を東へ投げ込んだ。
とはいえ、投擲したのは野球のボールではなく紙飛行機だ。ふわふわふわ~~~とチベットに向かって飛んでいく。カパック王はその紙飛行機を見送って、、、、
かと思うと、カパック王は助走をつけて勢いよくジャンプした。走り幅跳びの要領で、古代アテネオリンピックに出場した選手のごとく空中で足を回転させて走った。猛烈な速度で空気を足で掻き、前を飛ぶ紙飛行機に追いつき、その上にソフトランディングする。
飛ぶ紙飛行機の上に立って乗った状態で、カパック王はチベットを目指す。
とはいえ紙飛行機なのでどうしても不安定だ。蛇行するようにしてフラフラと前進する。インカ帝国を飛び立った紙飛行機は、セントヘレナ島の上を通過し、そこから何故かエルバ島とコルシカ島の上を通り、エジプトのピラミッドの上をゆったりと眺めるように通り過ぎ、ラブファントムのイントロとどちらが長いかが話題となるスリランカの首都スリジャヤワルダナプラコッテの上も通過し、回避すればいいのにわざわざチョモランマの頂上に激突し、カパック王が痛い思いをしてから、チベットの都のラサ上空に到達した。
紙飛行機に立ち乗りしたカパック王は、ラサの上空を遊弋しながら、亡命しているマヤ文明を探した。
そしてカパック王は、神秘の有雪国チベットの地に、驚愕の事実を発見するのであった。
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