第13話 来たれ! 令蔵狐

 今度は、いかにも若い女性が喜びそうなラメ入りメタリックピンクの冷蔵庫が出現した。ミッションの内容をいまだに理解していない使えない金の天使に対し、カパック王は激怒し、額から、漢字のわざわい【災】の上半分のような湯気を立ち昇らせた。

「だから違うっつってんだろう。令蔵狐だよ。ちゃんとウィキペディア調べたか?」

「いや、調べモノをするのに、ウィキペディアを閲覧して満足しているのは駄目だって大学で習ったぞ」

 金の天使のこの発言に、カパック王は驚愕の表情を隠さなかった。

「な、なんだと! お前、大卒だったのか!?」

「なんだよ。大卒だと悪いかよ。俺はこう見えて宇宙MARCH卒業しているんだよ。ニ○ル子さんと同窓生なんだぞ」

「大卒だったのか……てか、そんないい大学出ているのに、金の天使として雇うまでヒキニートやっていたのかよ。ちゃんと働けよ」

「しょうがねえだろ、氷河期世代なんだよ。第二次ベビーブームのせいで受験の時は受験生の数が多くて大変だった割には、それをくぐり抜けてやっと大学に入れたから自動的にそこそこの所には就職できるぞパラダイス銀河だと思ったら、大学を出る時には一転して就職が厳しくなっていて、就職が厳しいという前提での学生生活を送っていなかったから、結局フリーターしか選べる道が無かったんだよ。いいだろ別に。今はこうしてインカ帝国の宮廷で金の天使としてしっかり働いているんだから」

 金の天使にはこれはこれで厳しい過去があったらしい。

「一流大学を出ているのに、冷蔵庫と令蔵狐の違いも分からないのか。そんなんだからフリーターしか選択肢無かったんだろうが」

 愚痴をこぼしながら、カパック王は金の天使からスケッチブックと鉛筆を奪い取った。見開きで新しいページを開き、片方のページに、


× 冷蔵庫


 そしてもう片方のページに、


○ 令蔵狐


 と、デカデカと書いた。

「何これ?」

「人名だ。さっきも言ったけど、明の時代にいたらしい」

「そう言われても分からんわ。俺、受験では地理選択だったし」

「分からないことは恥ずかしいことではない。それを調べようとすらしない、知ろうとすらしないことが恥ずかしいのだ。スマホを持っているだろう。さっさとヤフーでググるのだ」

 なんか、いいことを言ったような気がする。カパック王はただでさえ大きい鼻の穴を膨らませて得意になった。

「んで、誰なんだよ? 令蔵狐って?」

「だから本当に知らないのかよ? お前、さすが役に立たないオタクだけあって、アニメの知識ばっかりで教養が無いな」

 カパック王だって秘書の金髪・ツインテ・貧乳に言われるまで令蔵狐を知らなかったのだが、そんなことは棚にアップして金の天使をバカにした。

「知らないなら、自力で調べてみろよって言っているんだよ。スマホくらい持っているんだろ?」

「分かったよ分かりましたよ。やりゃあいいんでしょ、やりゃあ」

 投げやりな口調で言いつつも、金の天使は三段腹の間からスマホを取り出し、早速ヤフーでググる。

「令、蔵、狐……? ん? ヒットしないぞ? どういうことだ?」

「ウィキペディアに項目無いか?」

「無いぞ。本当に令蔵狐なんて人物が実在するのか?」

「おかしいな」

 カパック王もスマホを取り出してラッキービーストのように検索中、検索中、する。

「出ないぞ?」

「どういうことだ?」

 カパック王と金の天使、二人のムサい男は同時に金髪・ツインテ・貧乳の方を向いた。

 金髪・ツインテ・貧乳は、胸の谷間に冷や汗をひとすじ伝わせた。

「や、やだなあ、二人とも冗談を真に受けてマジになっちゃって。ジョークですよジョーク。令蔵狐なんて人物はいませんって。私のでっちあげ。それなのに、マジになってググって調べちゃって。かわいいんだから」

 ぶちっ、というオノマトペが擬音ではなく本当に音として響いた。

「この忙しい時に無駄な労力と手間を取らせてリソース奪いやがって! もう怒った許さんぞ! キン肉バスターの刑だ!」

 カパック王は、金髪・ツインテ・貧乳を逆さにして肩に担ぎ上げ、自らの両手で相手の両足首を掴んで、そのままの状態で自ら高くジャンプして尻餅をついた。

 逆さに担ぎ上げられた金髪・ツインテ・貧乳は、両足首を掴まれているため、股裂きをされる状態だった。上半身は童貞殺しのセーターで、下半身は素っ裸の金髪・ツインテ・貧乳がキン肉バスターで大股開き、というのは絵的に際どいのだが、そこは白い光が見えてはいけない部分をカバーしてくれるのでセーフだ。

「ちょ、ちょっと待って! なんで私、下半身が裸なのよ! さっき、服を着たはずじゃない! いつの間にこんな熊のぺぱぷぅ~さんのように上半身だけ服を着て下半身露出なんてことになっているってのよ!」

 慌てて、金髪・ツインテ・貧乳は両手で股間を隠した。キン肉バスターをかけられた者は、両足首は掴まれているけど、両手はある程度自由に動かせる。とはいえ、白い光が隠してくれているのだから、手で隠そうとするのは無駄な労力でしかなかった。

「金髪・ツインテ・貧乳よ、愚かな! よくよく思い出してみるといい。確かに上半身には童貞殺しセーターを着せた。だが、下半身には何も着せていない。ギャルのパンティすらはかせていないのだ。だから下半身は最初からすっぽんぽんで当たり前じゃないか」

「そんな……」

「嘘だと思うなら、再現して証明してやる」


ここから回想シーン


「分かったわ。降伏する、降伏します。だから早く服を着せて!」

 涙目になって金髪・ツインテ・貧乳が叫ぶので、偉大で寛容なカパック王は降伏を受け容れることにした。

「よし、ならば今後金髪・ツインテ・貧乳は、この服を制服として、我が王宮で秘書として働くがよい」

 カパック王は法界定印を結び、宇宙コミケで買った厚いネクロノミコンに記載されている怪しい呪文を唱えた。

 すると。

 薄れかけていた白い光が濃度を増した、と思ったら、凝集して金髪・ツインテ・貧乳の体にまとわりついた。光が繊維へと変換し、服となったのだ。

「こ、この服は……?」

「どうだ。いいだろう。童貞を殺すセーター、だ」

 金髪・ツインテ・貧乳は、白いセーターを身に纏っていた。

 普通のセーターと決定的に異なっているのは、胸の部分だった。胸の豊かな女性が着用した場合、ちょうど胸の谷間の部分が覗けてしまうような穴が開いているセーターなのだ。確かにドゥティメンに対しては視覚的に刺激が強すぎる危険なセーターだ。

「えっ、でもこれって……」

 しかし。今、着用しているのは、胸の豊かな女性ではない。

 その名の通り、金髪・ツインテ・貧乳だ。

 まったいらな、おむねに、ちいさな、ぽっちりが、ふたちゅ。

 という大平原ぶりだ。

「なんなのよ、このセーターは! 私に対する嫌味? あてこすり? イヤガラセなの? それともセクハラ? 弁護士雇って訴える案件なの?」

 柳眉を逆立てて、金髪・ツインテ・貧乳はマヂギレした。

「不満か? だったら今この瞬間にそのセーターを消滅させてもいいんだぞ。そうなるとおっぱいがモロ見えになって困るのはお前だろうけどな」

 余裕をかました鷹揚な口調のカパック王に対し、金髪・ツインテ・貧乳はぐぬぬと呻るだけだった。病気になったら病院で処方された苦いお薬もゴックンしなければならないように、戦いに敗れた者は勝者の提示する理不尽な条件も承諾しなければならないものなのだ。

「……まあ、しょうがないわね。胸部に穴が開いているといっても、間違って乳首が見えちゃったりしなければ、それでいいわ。胸の谷間を男に見せつけて挑発するためのセーターなんだから、そういうもんだと割り切ればそれでいいわ。そんなことより、早く本題に入りましょう」


回想シーンここまで。


 キン肉バスターで大股開き状態のままの金髪・ツインテ・貧乳は、再現シーンを確認して、あんぐりと大口開きをした。

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