第12話 推進、地球寒冷化!

「では、どうやって寒冷化する?」

 カパック王に問われて、秘書は胸の前で腕組みして考えた。たわわな胸の人が腕組みすると、むっちりと乳が盛り上がるものだが、彼女はその名も気高き金髪・ツインテ・貧乳だ。腕組みしたくらいでは寄せて上げる効果は発生しないし、童貞をくっころするセーターの穴に谷間もできない。

 しかし名案は閃いた。金髪・ツインテ・貧乳の頭にも蛍の光窓の雪が灯った。

「レイゾウコを使いましょう。冷やすには、それが一番じゃないですか」

「なんだ、その、レイゾウコ、というのは?」

「中国の明の永楽帝の時代に、令蔵狐という満州女真族出身の宦官がいました。カパック王の偉大な魔力で、その令蔵狐を召喚して、寒冷化させればよいのではないでしょうか」

 秘書の金髪・ツインテ・貧乳はメガネを煌めかせながら言った。メガネっ娘設定は今ここで作った。

「誰だそれ。そんなヤツ聞いたことないな」

「え? 知らないんですか? ヤフーでググってウィキペディアを調べてみてくださいよ。世界史の授業で習いませんでしたか?」

「いや、こう見えてこの偉大なカパック王は、歴史にも詳しいのだ。なぜならば、刀剣とか城とか神話とか動物とか美術とかいった知識をアドバンテージとして駆使して女子と仲良くなるために、勉強を怠らないからだ。美術館に行った時に若くてかわいい女子をナンパしてに絵画に関する蘊蓄を開陳したりして尊敬を集めることができるのだ。そうすればちょっとエッチなお触りも不可能ではない。無敵の布陣なのだ。そんな叡智の宝庫でもあるカパック王でさえ知らないのだぞ?」

「……てかその、知識の動機が不純すぎませんか?」

「不純の何が悪いのだ! 純情な感情は三分の一。ならば、残りの三分の二は不純な感情と決まっているではないか!」

 カパック王は拳を握りしめて力説した。

「よし、それでは、私はウィキペで調べているので、その間に金髪・ツインテ・貧乳が召喚の儀式を執り行って令蔵狐を召喚するのだ」

「えー」

 眉毛を八の字にして、金髪・ツインテ・貧乳は抗議の声を挙げる。

「偉大な魔力を持っているカパック王が召喚してくださいよ。私は秘書技能検定三級を持っているだけの単なる秘書ですから。王がスムーズに業務を遂行するためのお手伝いしかできませんよ」

「なんだと。困ったヤツだな。これでは私がウィキペディアで調べる時間が無いじゃないか……」

「カパック王の配下の中に、召喚の儀式ができる有能な者は居ないのですか?」

 言われてカパック王は5秒ほど考えた。考えた結果、有能ではないが召喚をできる者がいることを思い出した。

「そ、そうだ。金の天使がいたじゃないか。アイツにやらせればいいんだ。アイツは有能ではないが、スケッチブックに描きさえすれば、召喚はできる」

「いや、人のことつかまえて有能ではないなんて、非常に失礼な言い方じゃないかね。それが人にものを頼む態度かよ」

 低い声でのぼやきが聞こえた。カパック王のすぐ背後に、例の金の天使が控えていた。太って突き出した脂肪の厚い腹は、見るからに邪魔で、空間を占拠し過ぎでウザかった。それでも、カパック王的には呼びに行く手間が省けて助かった。

「お前には頼むんじゃない。命令するんだ。インカ帝国の偉大なるマンコ・カパック王としてな。さあ、卵を産め。……じゃなかった、さあ、令蔵狐を産むのだ」

「ちっ、分かったよ。やりゃあいいんでしょ、やりゃあ」

 渋々、ではあるが、クソデブキモヲタク、じゃなくて金の天使はスケッチブックを開いた。お茶漬けを食べるようにさらさらと軽快に右手を動かすと、すぐに絵は描けた。

「よし、行け、俺の絵。実体化しろ!」

 効果は一瞬で目に見える形となった。

 カパック王のすぐ隣に、白くて長身で四角い物体が出現した。

 それは、高度経済成長時代以降は一家に一台の必需品、かつては白モノ家電と呼ばれて重宝されたが、今はさほどちやほやされることは無いけど、必需品としての価値は下がってはいない、レイゾウコだった。

 漢字で書けば冷蔵庫である。

「おい、金の天使よ、リクエストしたものと、出てきたものが違うぞ。レイゾウコはレイゾウコでも、私が呼び出せと言ったのは令蔵狐だ。蔵しか合ってないぞ」

「だからレイゾウコを出したじゃないか。気に入らないってなら、もう一度やってやんよ」

 金の天使はスケッチブックの新しいページをめくり、さらさらと新しい絵を描く。さきほど一度描いたためか、慣れもあって手早く完成した。

「ほら行け。実体化しろ!」

 白い冷蔵庫の隣に、今度は黒い冷蔵庫が実体化した。

「いや、色違いならいいとか、そういう問題じゃないんだよ。レイゾウコ違いなんだよ」

「ほんと無駄に注文の多いクライアントだな」

 文句は言いつつも、仕事の量はこなす社畜の鑑。金の天使はスケッチブックをスカートめくりで鍛えた手首のスナップではらりとめくった。さらさらさらさらさら。神速の筆遣いで鉛筆を疾走させる。

「いでよシェンロン、ギャルのパンティおくれ!」

 実体化の呪文は、内容はもはや何でもいいらしい。

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