第37話 エルフ、レンジャー、ファイター
カパック王は周囲を見渡した。塩の山があちこちにできつつある中で、ちゃっかり自分の居場所を確保してスケッチブックを開いて絵を描いている男がいた。なんだかんだいいつつ、しぶとくこの場所にしがみついていたのだ。
「おお、居た居た。お前を探していたんだ、金の天使」
「ん、なんだよ。もうキャラも増えたっていうのに、まだ俺の出番があるっていうのか」
面倒くさそうな声だった。現実世界では氷河期世代として社会から冷遇されて、そこから転生してここインカ帝国にやって来てもやはり茨の道で、疲れ果てていたのだ。もう自分の好きなお絵かきだけをして自由に生きたい。
「なんだよ金の天使。私の顔を見てそんなイヤそうな表情をするなよ」
「え、自分、そんなイヤそうな顔していますかね」
嫌悪感を隠そうとすらしていない様子だった。この世界に来てから、最初こそは絵を実体化できるという便利な異能力に歓喜したのも束の間、地上に氷河期を再現するという作戦のために、蝦蟇の油を搾り取られるように、金の天使の身に染み着いている氷河期世代を絞り出すために圧迫面接を強要されたのだ。もう懲り懲りだった。
「もう勘弁してくださいよ、マジで」
「そう言うな。お前に仕事を与えてやろう。いや、仕事ではない。換言しよう。任務だ。お前のことを信頼して頼っているからこそ、お前に任せようと言っているのだ。他の者には頼んだりしない。お前にしかできないことだ。お前のスキルを必要としているのだ。どうだ、やりがいを感じないか。働く喜び、他の誰かのために役に立つことができる満足感を覚えないかね」
「あー、それって、アレですよね、やりがい搾取ってやつですよね」
あくまでも金の天使は冷めていた。時代も氷河期だったが、心も氷河期になってしまっているのだ。
「そんなひねくれたことを言うな。素直さが大事だと、小学校あたりの道徳の授業で習わなかったのか」
「習ったけどそれって、ブラック部活やブラック企業で唯々諾々と働く奴隷を養成するための思想でしょ」
「だから奴隷ではない。やりがいだけではなく、きちんとした報いもあるぞ。お前には、エルフ、レンジャー、ファイターの絵を描いて、実体化させてほしいのだ」
「エルフ、レンジャー、ファイター、か。なんか、異世界ファンタジーもののテーブルトークロールプレイングゲームに登場するクラスみたいだなあ。いや、それでいいのか。別に男である必要は無いはずだ。美少女のエルフとかでいいんだったら、喜んで描くぞ」
言うが早いか、カパック王がフライドポテトを呑み込んでいる間に金の天使いはとっととスケッチブックをくぱぁと御開帳してさらさらと川の流れのようにとめどなく青いせせらぎを聞きながら描き始めていた。
「エルフはやっぱ、古典的だけどトールキン系列を継承して、尖った長いエルフ耳で、髪は長い金髪で、目はちょっと吊り上がった感じ。弓矢を持っている設定にしてもいいけど、それだとレンジャーと役割が被っちゃうよな。レイピアを持たせて美少女剣士にしてもカッコイイけど、それだとファイターが被るか。絶妙に相互干渉している注文だな。だとすると、精霊魔法の使い手ということにしよう。風の精霊シルフと水の精霊ウンディーネを駆使する、と。鎧は動きやすさ重視の軽装で、ラピスラズリのようなさわやかな青色に、金の唐草模様が蔦のように絡まる感じで。もちろん下はミントグリーンのミニスカートで、オーバーニーソックスは草の蔓と葉が付いた意匠のガーターベルトで吊られている、と。性格設定は、まあ、変に凝りすぎても無意味だし、古典的なツンデレでいいんじゃないかな」
「おい金の天使、お前さっきまで嫌がっていたのに、なんかノリノリで勝手に勝手な絵を描いているじゃないか」
「いいじゃねえかよ、文句言わないでくれよ王様。氷河期世代で苦労してブラック労働で塗炭の苦しみを味わって低賃金に喘いで、誇れるものが何も無いから同世代の奴らがみんなネトウヨになっていく中で、俺には絵があった。絵しか無かったんだ。俺に、俺の好きな絵を描かせてくれよ」
そうこうしている間に絵は完成した。金の天使が「実体化しろ」と言うと、美少女エルフが実体として登場した。
「ここに来てまた美少女キャラが増えるのか。まあ、私のハーレム要員が増えるのは悪い気はしないから、黙認するか」
「なんなの、ここ。あ、白い粉だらけじゃないのよ。あれって何。砂糖なの、それとも塩か小麦粉とか」
美少女エルフの言葉は相手にせず、金の天使は次のページを開いていた。白いスケッチブックのページに、鉛筆を入れる。例のくの一が立て替えで買ってきて、まだ領収書を精算していないものだ。
「じゃ、次はレンジャーだな。ワイルダネスアドヴェンチャーを得意とするから、動きやすい服装で、まあ鎧は基本的に無し。小さめの弓を持っていて、腰にちょっとゴツい感じの山刀を提げている。髪型は、黒の長髪だけど、動きやすいように首の後ろあたりでシュシュで一つに纏めている、っと。上着は、両胸にポケットが付いているタイプ。下はキュロットパンツで、その下に黒いストッキングをはいている。こんなもんかな」
現代社会で何の能力も発揮できずに苦労してきた金の天使だが、絵を描くことだけは心から好きで、実際に得意だった。金の天使が力有る言葉を解き放つと、絵は実体化した。
「やっ! こんにちは! ボクはレンジャーの……あれ、名前がまだ無い? んもう、誰だよ、ボクをここに召喚したのは? ちゃんと名前くらい用意しておいてほしいよね」
ボーイッシュで明朗快活な声だった。アニメで女性声優が少年役を演じているかのようだ。
「名前を設定していなかったのは悪かったけど、勝手にボクっ娘になるなよ。そんな設定付けていないぞ」
「えっ、ボクを召喚したのって、このキモいオッサンなのかい? ガーン、ショックだなあ。まあいいか。別にこのオジサンと恋仲になるとかそういう展開じゃないし。あくまでも召喚者と被召喚者ってことで、ビジネスライクで行けってことだよね」
歯に衣を着せぬ物言いに、金の天使がガッックリと項垂れた。だが立ち直りも早かった。まだ最後の一人を描いていないのだ。
「ファイターは、つまり女戦士ってことだから、やっぱりどうしてもくっ殺ネタを持ってきたいな。でもあくまでもファイターであって騎士じゃないから、そこの違いは明確にしたい。あまりきっちりした鎧は駄目だな。そうだなあ、大胆なビキニアーマー、プラス、ちょっと大袈裟なくらいの大きめのショルダーガードと、フルフェイスの兜を被っていることにしよう。まあもちろん、なんかの拍子に簡単に兜は脱げてしまい、そこからは美人系の顔が現れる、っと。んで、ビキニアーマーも展開によって割と簡単に壊れたり取れたりして、乳が微妙に見えそうになる、と。で、左胸には、稲妻の周りにドラゴンが巻き付いたような形の痣がある、という設定にしよう。ビキニアーマーがオークに剥がされたらその痣が見える、と。その痣の意味は後から考えるとして、こんなもんで実体化オーケーかな。じゃあ実体化しろ!」
実体化した女戦士は、出てくるなり、己の左手で左目を押さえた。
「くっ、俺の邪眼がうずく。静まれ、今はまだ、出てくる時ではない。オークの群れを一閃で焼き払うのは、今ではない」
「おいおいなんだよ女戦士。中二病設定なんか付与していないぞ。それに、邪眼とか言っているけど、フルフェイスの兜を被った状態でそれをやられても絵にならないっつーの」
金の天使のツッコミは冷静だった。
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