第38話 どこまでもどこまでも、走れ走れ

「いや、金の天使よ。お前、なにを一人で浮かれて悦に入っているんだっちゅうんだよ。お前、人の話をちゃんと聞けよ」

 かく言うカパック王が人の話を聞いたことがあっただろうか。←反語表現です。

「なんだよ王様。ちゃんと指示通り、エルフとレンジャーとファイターを出したじゃないですか。まさか美少女禁止で男キャラがほしかったなんて今更言いませんよね。そういう必要な指示はあらかじめ出しておいてもらわないと」

「いやいや、そんなアホなことを言っているから、お前は氷河期で悲惨な待遇に喘ぐことになるんだよ」

 金の天使とカパック王の喧々囂々の言い合いが始まった。クスコの王宮ではいつものことで珍しくもないが、召喚されたばかりの美少女ロープレキャラトリオのエルフとレンジャーとファイターは、出てきたはいいけどこれから具体的に何をすればいいのか分からず、金の天使とカパック王を交互に見比べていた。

「私は、エルフ、レンジャー、ファイターを出せと言ったはずだろう」

「だから出したじゃないっすか」

「そうじゃない。トラックのエルフと、トラックのレンジャーと、トラックのファイターを出せと言っているのだ。なんで美少女キャラを出しているんだよ。お前の趣味に走ってどうすんだ」

「えっっっ」

 金の天使の頭頂部から、ショックで髪の毛が数本抜けた。いや、最初からあったかどうかは怪しい。

「そんな、勘違いしやすいようなトラックの名前なんか言わないで、普通にトラックを出せって言えばいいじゃないですか。もうしょうがないなあ。改めて描けばいいんでしょ、描けば」

 スケッチブックの新しいページを開き、さらさらと鉛筆を走らせた。

 他に何の取り柄もなく、収入が低い上に容姿も残念なためにこの年齢にいたっても未だ独身であるばかりか、そもそも過去に異性とつきあったことすら無いDTOの金の天使だが、絵を描くことに関してだけは唯一の長所だった。あっという間に一台のトラックの絵が完成する。

「どこまでもいつまでも、走れ走れ、エルフのトラック~♪」

 歌いながら、トラックのエルフが実体化した。いわゆる、平ボデーと呼ばれるタイプの、後ろが荷台になっているトラックだった。汎用性は高いいが、フォークリフトなどによる荷物の積み降ろしをすることが必須となるタイプだ。

「ほい。続いて、レンジャーとファイターだ」

 更に二台。平ボデーのトラックが登場した。

「ところで王様、必要なのはトラックだったってことは、美少女キャラ三人はどうするんで。必要無いから消しますか」

 鷹揚に頷こうとして、慌ててカパック王は思いとどまった。

「いや、待て待て、早まるな。その三人、せっかく登場してもらったんだから、トラックの運転手をやってもらおう」

 カパック王の指示を受けて、美少女エルフはトラックのエルフに、美少女レンジャーはトラックのレンジャーに、美少女ファイターはトラックのファイターに、それぞれ乗り込んだ。

「王様、トラックなんか実体化させて、何をするつもりなんだ。それにそもそも、異世界ファンタジー世界でのロープレキャラであるエルフとレンジャーとファイターが、運転免許なんか持っているのかよ。それも大型車だし」

 金の天使の抱いた疑問はもっともだった。すぐに答えが向こうからやってきた。

「きゃぁぁぁぁぁぁぁっ と、止めて止めてぇぇぇぇ」

 エルフが運転するエルフが暴走した。やはり、トラックの運転の仕方を分かっていなかったのだ。もちろん、免許など持っていないのだ。とりあえず適当に操作してみたら、勝手にトラックが動き出してしまって、でも止め方を知らなくて。

「うわっ!」

 ドスン、という、あんこ型の相撲取りが土俵の上から勝負審判の席に落ちたような鈍い音が響いたと思うと、金の天使がトラックのエルフにひかれていた。犬も歩けば棒に当たり、サーバルキャットも歩けばバスに轢かれる。金の天使は黙っていてもトラックに轢かれる。

「きゃあああ、ぶつかっちゃったぁぁーーー」

 叫んでも、止め方が分かるわけではない。それどころか、高齢ドライバーがアクセルペダルとブレーキペダルを踏み間違えてコンビニエンスストアに突入するかのような勢いで前進を続ける。地面に倒れた金の天使のふくよかな腹に、前輪が乗り上げる。

「グゲっ……」

 潰れたカエルのような物音を立てて、金の天使は生命からモノになった。

 その時、金の天使の死体が消滅した。

 金の天使に乗り上げていたトラックの前輪は再び地面に降りて、それと同時に、ドライバーがどういう操作をしたのか、ガクッと前につんのめるような反動を残して急停止した。

「エンストかよ。トラックでエンストするったら、よっぽどな運転のしかただな」

 すぐ目の前で金の天使が交通事故で死んで、その上死体が消えて無くなったというのに、カパック王は冷静だった。別にキモい男が一人くらい生きたり死んだりしたところで何の感動も生み出さないのだ。

「んで、だな。トラックを実体化させて何をするんだ、という話しだったが……肝心の質問者の金の天使が消滅してしまったな。じゃあ面倒な説明をする必要は無いな」

 カパック王は、エルフ、レンジャー、ファイターの三人に指示を出した。

「よし、今からそのトラックに乗って、現代日本へ行ってこい。そして遠慮無く人を轢き殺しまくるのだ。ただし、人は慎重に選べ。誰でも彼でも無差別に轢き殺したら単なる殺人犯か無敵の人かテロリストだぞ」

「じゃ、じゃあ、誰を選べばいいんですか?」

 ちょっとよろけるようにして、トラックから一旦降りたエルフが質問する。誰を轢き殺すかについての疑問だったが、人を轢き殺すことそのものについては疑問を呈さなかった。

「それは、さっきの金の天使のようなヤツだ。つまり氷河期世代の連中だ。あいつらは現代日本にいても、大して役に立たない穀潰しだ。そいつらをトラックで轢き殺しまくって、粛正だ消毒だヒャッハー! するのだ!」

 カパック王の力説を、トラック美少女三人はあっさりと受け容れた。

「分かりました。そういうことなら、頑張ります」

「たくさん轢き殺してきます」

「現代日本社会から邪魔な雑草を駆除する高貴な任務ですね」

 今時の美少女は意識が高かった。

 三人はそれぞれ己のトラックに再び乗り込んだ。今度はミスすることもなく、トラックは順調にスタートした。盗んだバイクではなく、絵を実体化させて作り出したトラックなので警察は来なかった。無免許運転だし車検も保険も無い車だけど。

 三人の運転するトラックは、12世紀末のインカ帝国から一瞬にして21世紀前半の現代日本に到着した。時代も距離も超越である。さっきの金の天使は誤って轢き殺してしまった過失だったが、今度は三人とも無免許といえども運転する能力がある。意図的に、狙いを定めて氷河期世代のオッサンオタクを虐殺しに行くのだ。

「うぎゃぁぁ!」

「ヴッ!」

「ぐぶっ!」

 美少女三人は、有能な殺戮舎だった。カパック王に指示された通り、氷河期世代ばかりを狙い撃ちにして次々に見事なハンドルさばきで轢き殺して行く。

「うわぁ、なんでまた俺ばかり……」

 どこかで聞いたことのある声の悲鳴もあがった。

 日本の道路は氷河期世代の流した血で赤く染まった。轢かれて死んだ奴らが死屍累々という有様で道路が埋まった…………ということには、ならなかった。

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