第32話 面接は、圧迫だ!

 続いて質問したのは、カパック王の隣に座っている金髪・ツインテ・貧乳だった。OLらしい紺色のスーツを着ているが、あくまでも髪型は金髪でツインテだ。ウエストを絞ったデザインのスーツを着ているものの、貧乳であるという事実は変えようが無い。

「学生時代に頑張ったこと、打ち込んだことは、どんなことがありますか?」

 金の天使のこめかみから、冷や汗がつたって、太った二重顎の間の皺を伝い、ぽたっと下に落ちる。床に落ちた瞬間、室温が一気に下がったような感じがする。氷河期が少しずつ近づいてるのだ。

 心の中だけで歯ぎしりして、金の天使は屈辱に耐える。

 そもそも金髪・ツインテ・貧乳ごときが、エラソーにスーツなんぞを来て面接官として上から目線で金の天使を見下ろしていること事態が気にくわない。

 だが、現在は六対一袋叩きコース真っ最中だ。

 耐えるしかない。

「えーっと……」

 回答に詰まる。そりゃそうだ。ここで自信満々に答えられることがある学生など、そう多くはないはずだ。平凡な学生で、自己PRできる要素が無いからこそ、氷河期の就職で苦労しているのだ。

「だ、大学時代は、同人誌即売会とバイトばかりで、あまり打ち込んだことは無いのですが、中学時代だったら、合唱コンクール,に向けてクラス一丸で頑張りました。あの名曲として名高い『シンゴジラのバラード』を歌いました。本当は、クラスのみんなは、他の歌を歌いたかったのですが、担任の先生が強権発動して強引にこの曲に決めてしまいました」

「ほう。同人誌即売会。どんな同人誌を好んで買いましたか?」

 金髪・ツインテ・貧乳の質問に、金の天使は更にイラっとくる。

 せっかく学生時代に頑張ったこととして、大学時代ではなく中学時代ではあるが合唱ネタを出したのに、どうして同人誌即売会の方に食いつくのか。

「自分の好きな同人誌は、中島敦の『山月記』パロディーの同人誌です。虎になった李徴にサンドスターが当たってアニマルガールになってしまって、再会した袁傪とセックルまくる話です」

「はい。それは分かりましたので、学生時代に頑張ったことをお願いします。合唱で頑張ったとのことですが、頑張った結果、どのような成果がありましたか?」

 金の天使はこめかみに青筋を立てた。

 ムカムカムカムカ!

 好きな同人誌はどんなのですか、と自分で聞いておいて、こっちが答えたら、早く本題に答えろ、とか。屋根の上に登らしておいてハシゴを外すような行為だ。

「合唱は、自分はテノールパートでした。でも高い声を出すのはつらかったです。練習は一生懸命にやって、なんとか歌えるようにはなりましたが、同じクラスのやんちゃなヤツが警察に捕まって少年院に入るような事件を起こしてしまい、合唱コンクール自体が中止になりました」

「つまり……合唱に打ち込んだことで、クラスのみんなとの結束が固まったとか、高い声が出なくても諦めずに練習したら歌えるようになったとか、そういう成果を成長の糧として得られることは無く、合唱コンクール中止によって全ては徒労に終わった、ということですか?」

「うっ……そ、そうです」

 金の天使の頬を、冷や汗が伝い落ちる。床に落ちて、またも室内を冷やす。室内だけではない、地球そのものを少しずつではあるが冷やしている。氷河期を少しずつ呼び寄せているのだ。

 次の質問者は、金髪・ツインテ・貧乳の隣の、ピンポンダッシュだった。

 そもそも足が速いだけのピンポンダッシュが、なぜ面接官の地位にちゃっかりと収まっているのだろうか。ピンポンダッシュなんて、インターホンを押したらすぐにダッシュで逃げ去っていなければならない。姿を現したらその時点で負けのはずだ。

 心の中でそう思っていても、金の天使の立場は弱い。六対一。面接を受ける側だ。

「では次は私から質問です。オーソドックスな質問ですが、ウチへの志望動機を聞かせていただけますか?」

 ピキっ!

 定番の質問ではあるが、答えにくい質問の筆頭でもある。

 第一、第二、せいぜい第三希望くらいまでだったら、きちんと動機があっての志望だろう。第一志望の業種、ならば、更にその下でも行けるかもしれない。

 しかし就職氷河期。簡単に第一志望に就職できるなら誰も苦労はしない。

 第三志望くらいまで全滅して、ぼちぼちえり好みしている余裕が無くなり、どこでもいいから少しでも条件の良いところに滑り込むことが目標になってくると、志望動機を述べるのが一番のネックになってくる。

 そんな立派なものは無い。

 早く働く場所を確保したいだけだ。

「ええっっと、インカ帝国に就職したい志望動機は、インカ帝国というと、マチュピチュが有名ですし、有名な王の道があって、インフラ整備に力を入れていて、インカのめざめという名産品もあり、伝統工芸品としても鉗子があります。極めて標高の高い高地というハンデはありますが、それに負けないというか、それを逆にパワーに変えて行けるものを持っているインカ帝国なので、自分もその一員となって、マヤ文明と戦いたいと強く願いました」

 震える声で、それでもなんとか張りつめた緊張の中で最後まで言い切った。もちろん心の中でそう思っているわけではない。あくまでも体面を取り繕うための面接用の答弁だ。

 ピンポンダッシュの次は、隣のラーメン職人の番だった。

「大卒、それも宇宙マーチということで有名大学なので、学業については優秀なのだろうと思います。ですが、学業以外で、これといって何か特技はありますか? 逆に、苦手なこと、というか、自分の欠点は、どのようなところだと思いますか?」

 一瞬、金の天使は眉をひそめて目を細めた。が、深呼吸をして心を落ち着かせる。

 なんで、ちゃっかりラーメン職人が面接官としてエラソーに質問なんかしているんだ? 異世界へ行ってオーク向けのゴキブリラーメンを作っていたんじゃなかったのか?

 しかし、この質問をもらえたのは金の天使にとってラッキーだった。

「特技は、絵を描くことです! 絵の実力だったら、プロのイラストレーターにも負けていないと思います」

「それはすごい。でも、大学は文学部ですよね? そんなに絵が得意なんだったら、美大に行くとか、あるいはデザイン学科に行くとか、そっち方面の進路は検討しなかったのでしょうか?」

 ぴきっ!

 金の天使のこめかみで青筋が一本切れた。そこから冷や汗がたらたらと流れ出る。床に落ちてしみこんで、地球を冷やす。氷河期が復活しつつある。

 絵、という特技があるのは強みだと思っていたのに、そっち方面の質問をされるとは。どちらに向かっても窮地に追い込まれる金の天使。これではまるで、ゾンビ映画で追い詰められつつある市民のようではないか。

「び、美大も、受けることも検討はしたのですが、偏差値的にも絵の実力的にも難しいかなと。それよりも、自分を高めるには文学部がいいと思って、文学部にしました」

 ラーメン職人の次は、犬飼フサ子の番だった。

 そもそもこいつは、マヤ文明の手先の銀の天使じゃなかったっけ?

 銀の天使は、金の天使の完全下位互換だ。銀の天使5人と金の天使1人が等価交換となる。つまり銀の天使は金の天使の5分の1の価値しか無いのだ。

 にもかかわらず。何故平然とこの部屋でスーツに身を固めて面接官などやっているというのだろうか。犬飼フサ子なんてババ臭い名前のクセに。

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