第8話 清らかな女神よ
金髪・ツインテ・貧乳は考えた。猫の額ほどの東京ドーム一個分の面積の脳みそを駆使して考えた。比喩表現がおかしいとか突っ込まれそうだが、金髪・ツインテ・貧乳は元々猫なので、だいたい合っているからいいのだ。
「マヤ文明の電話番号って、何番だったっけ?」
そう。
普段はスマホを使っているから、番号は登録済み。相手先の電話番号を頭で記憶しておくという習慣が無いのだ。
「しまったなあ。スマホが無いと、現代日本での生活がぜんぜん成り立たないなあ」
ここはインカ帝国である。西暦1197年である。
でっかいUNKを出す時のように踏ん張って記憶を肛門から出そうとしても、そもそも最初から覚えていない電話番号など、思い出せるはずもない。
金髪・ツインテ・貧乳は受話器を置いた。ピンクの公衆電話の下にある返却口から、ちゃりんちゃりんという、オフ会コーディネイト大好きのアフィリエイターが喜びそうな音とともに硬貨二枚が落ちてくる。その二枚を、ポケットに入れる。
「おい、10円玉、使わないのなら返せよ」
背後から声がかかる。電話をかけることができずにイライラしている時に、鬱陶しい。と、金髪・ツインテ・貧乳は思ったが、その声に聞き覚えがあった。
ギ、ギ、ギ、ギ、という立て付けの悪い扉の蝶番が悲鳴をあげるような音とともに、首をめぐらせる。背後には、お風呂上がりで温泉マークのような湯気が出ているカパック王が仁王立ちしていた。
「あ、カ、カパック王。お風呂、入っていたんじゃないんですか? 随分、早かったですね」
「マリア・カラスの行水だからな。風呂で巛ほかほか巛して清らかな女神となったのだ」
普段は普通に男の声であるカパック王は、チェリーボーイのようなソプラノボイスで言った。
「マリア・カラスって、黒い鳥のカラスじゃなくって、偉大なソプラノ歌手ですよね。そういう言い方は失礼じゃないですか」
「お前、マリア・カラスなんて知っているのか? オペラとか聴くようなキャラクターじゃないだろう。なぜ知っているんだ?」
「スマホでウィキペディア見ました。歌劇ノルマが有名らしいです。この節のサブタイトルの『清らかな女神よ』というのは、歌劇ノルマの中の有名なパートの名前だそうです。どうせ気付く読者はいないだろうから念のため言っておきます」
「お前、スマホ持っていないんじゃなかったのか? どこかで落としたんだろう?」
「あっそうでした」
金髪・ツインテ・貧乳は、衣服の上から自らの胸の谷間を触って確認した。十勝平野のような大平原に、スマホは隠れていない。
「それはそうと金髪・ツインテ・貧乳よ。お前、私が風呂に入っている間に、どこに電話しようとしていたのだ?」
金髪・ツインテ・貧乳のこめかみを、冷や汗が伝い落ちた。
「そ、それは……あ、ほら、そうそう、夏休み子ども電話相談室に電話していたんですぅ」
あざといほどにブリっ子ぶった言い方をした。
「お前、子どもじゃないだろ。その真っ平らな胸以外は」
「カパック王、なかなか失礼なこと言いますよね」
金髪・ツインテ・貧乳はジト目でカパック王を睨んだ。金髪でツインテなので、元々ツンデレ属性を強めに内包しているため、キツめの口調でのセリフは得意なのだ。
「そんな顔をして話を逸らそうとしても無駄だからな。お前、マヤ文明に電話をかけようとしていただろう? 私はちゃんと聞いていたからな。お前はマヤ文明から送り込まれたスパイだったのか」
金髪・ツインテ・貧乳の顔面には、滝津瀬となって冷や汗が流れ落ちた。
「違います違います、違いますから。マヤ文明の方も、ハロワから紹介されて、面接を受けていたんですよ。でも、こちらのインカ帝国の方に採用になったから、あっちはきちんと断るべきだと思いまして……」
諸国大名も糸屋の娘たちもまとめて殺しそうな視線で、カパック王は金髪でツインテで貧乳の金髪・ツインテ・貧乳を睨み付けた。
「それ嘘だろう。本当のことを言え。お前、スパイなんじゃないのか?」
「ち、違いますって。ほ、ほら。これが、ハロワでプリントアウトした、マヤ文明の募集要項の紙です」
金髪・ツインテ・貧乳は、自らの襟ぐりのところに手を突っ込み、胸の谷間から一枚の紙を取り出してカパック王に渡した。貧乳なのに谷間があるのか、とか突っ込んではいけないのだ。
紙には、確かにマヤ文明の求人情報が記載されていた。
雇用形態:正社員以外(パート、契約社員)
触手:スパイ
業務内容:敵地への潜入、情報収集
学歴:早慶上智卒
必要資格:秘書技能検定3級
経験:未経験に限る
制服:貸与(スク水)
賃金:時給999円
加入保険等:厚生年金、国民健康保険、中小企業退職金共済、労災保険
仕事の内容:インカ帝国に潜入し、可能な限りの情報収集と破壊工作を行っていただきます。
「…………おい、これって、モロに我がインカ帝国に対してのスパイ行為をするための求人じゃないか。てかお前、マヤ文明とスパイとしての雇用契約をしているんじゃないのか? それでいてインカ帝国でも働いて、労働賃金を二重取りしようという魂胆なんじゃないのか?」
求人内容が印刷されている紙を、金髪・ツインテ・貧乳の目の前に突きつけて、カパック王は問いつめた。
金髪・ツインテ・貧乳はたじろいで黒タイツに包まれた右足を一歩後退させたものの、そこで踏みとどまった。
「だ、だだ、だ、だから、違いますってば。これは条件がきつくてブラック企業だなーと思ったから、断るつもりだったんです」
「どのへんがブラックだというんだ?」
「だって、学歴は早慶上智卒を求めているのに、正社員じゃなくて非正規雇用ですよ。セコいと思いませんか?」
「じゃあお前って、早慶上智卒業なのか?」
西暦1197年の中南米に早慶上智なんて大学があることに対しては、二人とも全く不自然に思っていなかった。これでも、ファンタジー警察が来ないならオーケーなのだ。
「それに、賃金も安くてセコいじゃないですか。時給999円なんて。それだったら最後の1円をなぜたさないのよ、って感じで」
金髪・ツインテ・貧乳は胸を張って偉そうにマヤ文明の求人を批判した。胸を張ってもふくらみそのものは大きくなるわけではない。
「それに、良く見てください。職種のところ。これ、誤変換で『触手』って書いてあるじゃないですか。無茶苦茶怪しいですよね。なんか触手でエッチなこととかされそうですよ」
「あ、ホントだ」
いかにも下劣な品性のマヤ文明がやりそうなことだ。触手と書いてあるのも、誤変換などではなく、誤変換を装った悪質な確信犯だろう。
「マヤ文明のやることは、本当にどうしようもないな。我がインカ帝国に対する挑戦も甚だしい。先日の海面上昇の時に滅んだとばかり思っていたのに。今度こそマジでとどめを刺さないといけないな」
「そうですよね! マヤ文明、許せませんよね!」
カパック王の口調が、マヤ文明に対する憎悪のニュアンスを帯びつつあったので、ここぞとばかりに金髪・ツインテ・貧乳も便乗してマヤ文明を悪し様に罵った。
「だが、そんな悪辣なマヤ文明に雇用されて我がインカ帝国にスパイ活動をしに来たお前は、もちろん無罪放免にするわけにはいかないぞ!」
「ええっ!?」
マヤ文明を悪者に仕立て上げて自分はこの場を切り抜けようという、金髪・ツインテ・貧乳の姑息な誤魔化しは通用しなかった。
「さあ、おとなしく観念しろ」
カパック王は邪悪な笑みを浮かべて、立ち竦む金髪・ツインテ・貧乳に迫った。
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