第18話 通報しました
現実を認めたくはない。
だが、眼下の補陀落宮殿からは、じゃがいもパーティーの馨しい匂いだけでなく、楽しげな談笑の声も聞こえ始めていた。
「うははは! インカ帝国のマンコ王のウラをかいてやったぜ!」
「今頃悔しがっているだろうな! ざまあ見ろ!」
「おおーい、十徳さん、フライドポテトのおかわり頼むわ! それと、じゃがり子とじゃがBとポテトチップスもどんどん持って来てくれよ!」
「いやあ、じゃがいも旨いな」
そりゃあ旨いに決まっているだろう。インカのめざめはインカ帝国の名産品なのだから。おでん肉じゃが粉ふき芋カレーポテトチップスポタージュスープどんな料理にも使うことができる無敵のポテトなのだ。
しかし、それを掠奪して貪り食らうなど、神をも畏れぬ所業だ。
「抗議だ、抗議! こんな流れ、認められるわけがないだろう! 警察を呼べ! 金まみれの近代オリンピックだって、判定に納得が行かない場合は抗議が認められているだろう。今こそ抗議だ抗議!」
「いやカパック王。警察を呼べとは言っても、ここは空中ですよ? それにチベットだし。どこの国の警察を呼ぶんですか」
「ファンタジー警察でいいだろう。あいつら、ファンタジーにおける設定矛盾を鉗子、じゃなくて監視するだけじゃなく、窃盗犯の取り締まりなんていう地味に日常的な業務も行っているんだぞ。どんんだけ権限の幅が広いのか分からんが、今回はそれを活用させてもらうまでのことだ」
「どうやって呼ぶんですか? 110番に通報したら来るってもんじゃないでしょう」
「ご用命の際はいつでもお呼びください、と言っていたから、呼べば来るだろう。だから金の天使、お前も一緒に叫べ」
カパック王と金の天使は一緒に大きく息を吸い込んだ。
「「おーい! ファンタジー警察! 来てくれー!」」
何も起こらない。
いや、相変わらず補陀落宮殿ではじゃがいもパーティーが楽しげに続いている。更にいい匂いも漂ってきた。どうやらステーキを焼き始めたらしい。じゃがいもは付け合わせのマッシュポテトとして使うらしい。
「来ないとか! ファンタジー警察のヤロウ、警察を名乗っているくせにサボっていて許されるのか!」
悪態をついても、どこに誰に向かって言っているというのでもない。どこに居るのか分からないファンタジー警察に聞こえなければ意味が無いだろう。その時だった。
「♪ウェルカムトゥーようこそジャパリラック! 今日もどったんばったん……♪」
カパック王の懐から、動物に扮した女性声優八人組ユニットが歌う人気アニメのオープニングテーマのたっのしぃー着歌が鳴った。
「なんだよ、取り込み中なのに。……はいもしもし、カパック王だ……」
「毎度お世話になっております。ファンタジー警察です」
受話器の向こうから、幾度も聞いた声が聞こえてきた。
「おい! ファンタジー警察。お前ら税金で食っているくせに、こりゃどういうことだよ? 呼べば行きます、って言っていたじゃないか。なんで呼んでいるのに来ないんだよ? なんで電話なんだよ? 公権力の犬なら犬らしく仕事しろよ」
「いや、だって、行ってもしょうがない案件でしょう。行く必要無いでしょう。警察だって活動するためには経費がかかるんですから、無駄な行動はしませんのでご了承ください」
「おいおいファンタジー警察が何を言っているんだよ。窃盗罪みたいなのは普通の警察に任せておいて、ファンタジー警察ならファンタジー案件に真剣に向き合ってくれよ」
「真剣に向き合っていますよ。だからこそ、今回は行く必要の無い案件だって言っているじゃないですか」
「じゃあ、今、何が起こっているのか分かっているのか?」
「分かっているから行かない、って言っているじゃないですか。自分は忙しいんです。これから、横綱大鵬関との優勝決定戦をしなければなりませんので、またよろしくお願いします」
ブチッ、という引きちぎるような音とともに電話は切れた。
「お前はいつから柏戸になったんだよ!」
もう通話は終了していて向こうに声は聞こえなくなっているが、それでもカパック王は叫んで、怒りにまかせてスマホを地面に叩きつけた。
といっても、ここはラサの上空である。地面に叩きつけたスマホは、かなりの高度から投げ捨てられた格好で、マルポリの丘の前の広場に落下した。
「あああああ、スマホのディスプレイが割れちゃったじゃないか! これも全部マヤのせいだ!」
カパック王は地面に降りてスマホを拾って、その惨状を嘆いて天を仰いだ。モンゴル軍は補陀落宮殿内でじゃがいもパーティーに興じているので、今回は矢を射かけられずに済んだ。
ラサの空は地面に降りて見上げると、ラピスラズリのような神秘性を帯びた青で彩られていて、空を飛んでいる時には感じなかった深さを感じることができる。ハゲタカが数羽飛んでいるのが見えたが、紙ヘリコプターで空を飛んでいたはずの金の天使の姿が目に入らなかった。どこに行っているのかは不明だが、トイレだろうか。気にしている場合ではなかった。
カパック王は気持ちを落ち着けた。空気が薄いせいで、頭脳の働きが悪くなっていたようだったが、冷静さを取り戻してしまえばいつもの賢王である。
「そうだ。ファンタジー警察を呼ぼうと思えば、知恵を使えばいいのだった」
カパック王はスマホをポケットにしまうと、わざとらしい口調で天に向かってしゃべり始めた。
「さあ、一〇万の兵をクスコの都から読んで、ラサを攻めようかなぁ~」
ピンポーン!
カパック王がわざとらしい発言をすると、すかさず呼び鈴が鳴った。ラサのマルポリの丘の前の広場であり、扉など無いのだが、ピンポンは仕事をする場所を選ばない。
「なんだ? ピンポンダッシュか?」
「……違いますよ。ファンタジー警察ですよ。分かっているんでしょうカパック王」
いかにも面倒くさそうな言い草で、ファンタジー警察が紙紙飛行機に乗って空中から登場する。
「遅かったなファンタジー警察。ところでその紙紙飛行機って、なんなんだ?」
「紙で作った飛行機は紙飛行機。紙で作ったヘリコプターは紙ヘリコプターですよね。だとしたら紙で作った紙飛行機は紙紙飛行機ですよね」
「なんでそんな重複させる必要があるんだ。それって普通に紙飛行機でいいだろう」
相変わらず、カパック王の周辺には、無駄に苦労をかける変人が多くて困る。
「で、カパック王、どうするんですか? クスコからラサまでは距離が長くて、補給線があまりにも長くなりますよ。そこを一〇万の軍を進めるとなると、補給はどうするんですか? そうでなくても、インカ帝国の名産であるじゃがいもを敵に根こそぎ掠奪されてしまって、食糧不足でカロリー欠乏状態じゃないですか。そのへん説明していただけますでしょうか?」
「あーめんごめんご。一〇万の兵は撤回するわ。それでいいんだろ? で、本題はここからなんだけど、我がインカ帝国が一〇万の兵を出してクスコからラサを攻撃するのは兵站問題で警察から駄目出しされて、その逆はなぜ駄目出しが無かったのだ? モンゴル軍がラサからミミズ千匹の地下トンネルを使ってクスコを攻撃するのはアリなのか? 兵站はどうなっているのだ?」
ファンタジー警察は紙紙飛行機から地面に降り立った。そしてカパック王に向き合うと、まるでかわいそうな人に対するかのように、大袈裟に溜息をついて、憐憫の表情で言った。
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