第17話 賢王の誤算

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 金の天使は検尿カップを受け取って、中身を一気に飲み干した。

「ぷふぁー。ひとごこちついたぜ!」

 元々緩んだ顔面偏差値の金の天使は、検尿カップの中身を飲んで緩んだ表情をした。

「……って、おい、これ、検尿カップじゃねえかよカパック王。人になんてモノを飲ませやがるんだよ!」

「何を言うか。よく確認せずに飲んだじゃないか。それに、カップは検尿カップでも、中身は普通の水だ。それとも、尿の味でもしたというのか?」

「……あ、いや、確かに普通の水の味だったわ。って、そういう話じゃないって!」

「なんなんだ? 水を飲ませてやったんだから、これで喉も潤っただろう。クスコの都で何が起きているのか、しっかり報告せよ」

 カパック王は厳かに言う。王というのは究極の上司だ。部下からの報告連絡相談はきちんと聞く姿勢を持っている。

「いや、だから俺は、みず、って言ったんじゃないよ。なんでを寄越すんだよ。それも検尿カップに入れて」

「なんだよ、きっちり飲んだじゃないか。喉が渇いていたんだろう。水って言っていたわけじゃないのに必要としていた水をくれてやったのだから、むしろこの偉大なるカパック王に感謝するべきじゃないのかね?」

「感謝くらいなら幾らでもするから、俺の話を聞いてくれよ。水って言ったんじゃないよ。ミミズ、って言ったんだよ。ミミズ!」

「ミミズ? というと、魚釣りの時にエサにする、細くて長いムシのフレンズ?」

「そうです。そのミミズです」

 細くて長いのがミミズだとしたら、金の天使は太くて短いというミミズとは対照的な体形だ。

「マヤ文明とチベットとモンゴル帝国は、補陀落宮殿の地下から、ミミズ千匹を使って土中にトンネルを掘ったのです。それで、ラサからクスコまで海の下を潜って地下トンネルを開通させ、そこを通って一〇万のモンゴル帝国軍が突撃して攻めて来たのです」

「なんだと!」

 陸路でなければモンゴル帝国など恐れる必要は無い。その判断に間違いは無い。だが、カパック王が想定していた以外の場所に陸路を作られてしまった。これは完全に偉大なるカパック王でも想定できない事態だった。

「そんなバカな……ミミズ千匹といえば、童貞には使うことを許されない究極の技じゃないか。まさかマヤ文明がそんな技を使ってくるなんて、おかしいじゃないか!」

「いや、マヤ文明だけが敵じゃなくて、チベットとモンゴルの三国同盟ですから。いかにマヤ文明が童貞でも、それだけで童貞お断りの技は出てこないと判断するのは早漏です。じゃなくて早計です」

「うるさい! 金の天使のくせにエラソーにこのカパック王に説教垂れるな! それで、モンゴル軍に攻め込まれたクスコの都はどうなったのだ? 王である私がちょっと不在だからといって、そんなすぐに陥落するようなヤワな鉗子じゃないだろう。じゃなかった、ヤワなクスコじゃないだろう!」

「それが……モンゴル軍の奴ら、掠奪をして行きました」

 金の天使の報告の言葉がカパック王の胸に千のナイフとなって刺さる。

「な、なんだと。おめおめと掠奪を許したというのか。何を取られた? 宮殿の天井を彩っているカズノコ千匹か?」

 顔を迫らせて唾を飛ばしながら言い募るカパック王に対し、金の天使は少し後ろに下がる。金の天使のM字開脚の額は、生え際が後退したのではなく金の天使が前進したための現象だったはずだ。だが今、金の天使が後退しても、生え際は元には戻らなかった。つまり、生え際の後退の理由は、金の天使の前進によるものではなかった、という残酷な事実が証明されてしまった。Q.E.D.略してQuod Erat Demonstrandumだ。

「いえ、インカの宮殿のカズノコ天井は無事でした。奴らが掠奪したのは……」

「勿体ぶらずに早く言え!」

「ジャガイモです」

「…………は?」

 地下トンネルも予測できなかったが、ジャガイモを掠奪される、という流れも、アフリカオオコノハズクより賢いカパック王といえども予想できていなかった。

「ジャガイモ、だと? 奴らは本当にジャガイモを掠奪していったというのか?」

「マジです」

 頷く金の天使を見て、カパック王は心の底から、笑いが込み上げてきた。横隔膜の底から、処女膜の底から、腹筋が乳酸中毒になるくらい大笑いし始めた。

「ぶわははははははははは! それは傑作じゃないか! 奴ら、わざわざミミズ千匹という大技を繰り出すという莫大なリソースを費やして、そんな徒労で満足したというのか!? さすがマヤ文明なんぞと同盟を組む連中だな。同盟を組むのは同じレベル同士、という昔からの格言の通りじゃないか!」

「えっ、俺が聞いた昔からの格言って、争いは同じレベル同士でしか起きない、ってものでしたよ? だから、カパック王とマヤ文明は同じレベルってことなんじゃないでしょうか?」

 無礼な口のききかたをする生意気な金の天使に対して、カパック王は無言で制裁の蹴りを股間に食らわせた。新玉川線の二子玉川園にダメージを食らった金の天使は股間をおさえて悶絶して辺りを転がり回った。ここがラサの上空で、金の天使は紙ヘリコプターに立ち乗りしていた、という設定は都合が悪いので一時的に無視である。

「せっかくクスコまで攻め込んだのに、ハズレを引いて徒労乙状態だな。ざまあみろ、だ。我がインカ帝国のジャガイモは、海面上昇により根腐れを起こしてしまっている。そんなジャガイモを掠奪したところで、何の価値も無い。それとも、私の裏をかいたつもりでいい気になってクスコまで行ったものの、これといってダメージを与えることができずに逃げ帰ることしかできなかったから、悔し紛れに、行きがけの駄賃的な感覚でせめて根腐れジャガイモだけでも、という感じで負け惜しみで掠奪していったのかな?」

「いえ、そうではありません!」

 いつの間にか、金の天使は復活して紙ヘリコプターの上にジョジョ立ちしていた。コイツもマヤ文明と一緒で、なかなか倒し切るのがむずかしい、しつこい生命力を持った害虫である。

「連中、インカ帝国のジャガイモを根こそぎ掠奪して補陀落宮殿に持ち帰って、三国同盟で山分けし、ジャガイモ料理パーティーを開いています!」

「そんなバカな!」

 否定の言葉を叫んだカパック王だったが、地上から、補陀落宮殿のあちこちの窓から、ジャガイモを料理する匂いが漂ってきた。ジャガイモの国であるインカ帝国のカパック王であるからには、ジャガイモの香りだけでも分かる。これはインカのめざめだ。我がインカ帝国の特産品だ。その調理する匂いが補陀落宮殿からこうも濃厚に漂って来るということは、本当に掠奪されたということだろう。

「なんなんだこれは! どういうことだ! ジャガイモは全滅したのではなかったというのか?」

「それが、カパック王。ジャガイモは海面上昇で根腐れを起こした、って話でしたよね? それで、確かに根は腐ってしまったみたいなんですが、それまでに育っていたジャガイモの芋の部分は無事だったみたいなんです。ジャガイモの芋は、根菜じゃなくて地下茎なので、根は腐ったけど地下茎は無事、っていうオチだそうで……」

「な、なんだと……そ、そんなフザケたオチが許されるはずがあるかぁっっ!」

 カパック王は激怒して叫んだが、補陀落宮殿から立ち昇るジャガイモパーティーの匂いは衰えることは無かった。

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