第16話 焼肉食ってしまうぞ
いかにマヤ文明とチベットとモンゴル帝国の三国同盟であろうとも、いかに大英雄チンギス・ハンの率いる1000000000000パワーの最強軍隊といえども、攻めてくるのではなく、宮殿に引き籠もるのでは、恐ろしさなど全く無い。
カパック王の立ち乗りした紙飛行機は、その場でぐるぐるぐるぐると幾度も回った。回りすぎてカパック王はバターになってしまった。チベットなのでバター茶となった。
バター茶を飲んで癖の強い味によってカパック王は現実に引き戻される。
それでもバター茶によって食欲が刺激され、己が空腹であることに気付く。カパック王はラムちゃんとマトン肉を用意して、ジュージューと焼き始めた。ジンギスカンである。敵であるチンギス・ハンを食ってしまうぞ、という願掛けでもある。もちろん、紙飛行機で飛びながら、空中で肉を焼いているのである。ギョウジャニンニクのニオイが周囲にぷんぷんと漂った。
カパック王はそんなこんなをしていても、地上は一切関係なく動いていた。チンギス・ハンの軍勢が補陀落宮殿に全員入っていった。
ジンギスカンを完食して満腹満足のカパック王は、紙飛行機に立ち乗りしたまま腕組みして考えた。
「何の動きも無いというのは変な話だなあ。まあ恐らくは宮殿の中で慌てて船を建造しているといったところだろう。しかし蒙古が恐ろしいのは騎馬兵が突撃してくるからであって、その長所が発揮できないような船で来るならばさほど畏怖することもない。船である以上、厳然たる弱点を抱えているわけだからな。今のうちに対策でも考えておこうか」
英明なカパック王は、ことが起きてから周章狼狽して善後策を考えるのに奔走するのではない。問題が発生する前に予測しておいて、事前に万全な準備を整えるのだ。問題が起きた時に問題に対処した者が賞賛される傾向があるが、忘れてはならないのは、問題が起きる前に対策を立てている者がいて、そもそも問題が起こらないように、いざ問題が起きた時にも対応できるように打てる手段を用意しておくことが尊いのだ。
朝日を浴びていた、と思っていた補陀落宮殿は、いつの間にか夕暮れ空に茜雲を重ねた下に静かに佇んでいた。静かなのである。モンゴル軍に動きの気配が無い。
「なんなんだ。本当にビビっちまったのか」
呆れつつも、カパック王は作戦を考えていた。モンゴル海軍と戦うには、使い古された手ではあるが、定番の台風で戦うのが一番安全で確実だろうと思われる。敵の艦隊が羅針盤の指示に従って港を出て、引き返せないあたりまで外洋に出るのを待ってから、台風をぶつけるのだ。騎馬民族は馬に乗って攻め込む時は強いが、船に乗っている間はただの人だ。艦隊はあっさりと海のもずく酢となって、城プロの殿ちゃんの酒の肴となるだろう。
「我ながら名案だ。台風を使えばモンゴルの船を沈めるだけではなく、雨を降らせることによって早明浦ダムに水を貯めて安心してうどんを茹でることができるようになる。一石二鳥だ」
五国エリアの水甕と呼ばれるダムに大量のうどんを投入し、ダム湖の下から強火で茹でる様子を想像し、カパック王は己の考えの正しさを確信する。
「問題はどの台風を蔦屋図書館でレンタルするか、だな。伊勢湾台風は確かに巨大で猛烈だが、たかだかモンゴルの船を沈めるために出すには大きすぎてかえってコストパフォーオマンスが悪いかもしれない」
王だからといって富を湯水のように消費するのではなく、経済的観点から費用対効果も考慮に入れる。これが凡君と名君の差というものだ。
「りんご台風、なんかどうだろう。名前は全然迫力は無いけど、威力は問題無い。被害は甚大でも受験生にとっては縁起のいい台風だから、インカ日東駒専大学くらいだったら平凡で何の取り柄も無いオタク程度でも運で合格を狙えるようになるんじゃないかな」
やがて峻険な山岳の向こう側に日は没し、昼間は紅と白のコントラストが映える補陀落宮殿も闇の中に沈んだ。考慮しつつも監視は怠っていないが、補陀落宮殿の中に引き籠もったモンゴル軍に動きはなさそうで、静寂だけが天梯の国を包んでいる。
「でもまあ、ここはやはりオーソドックスに神風台風でいいんじゃないかな。一発で終わらずに二発目があるところが特に優秀だ。一発目で取り逃がしがあった時の保険にもなるし、取り逃がしが無かったとしても二発目が連続で襲って来ることによって相手に精神的追い打ちをかけることができる。敵にダメージを与える上では最も無敵の布陣といえるし」
カパック王はスマホを取り出し、インカ帝国国庫からレンタル料金を前払いで支払う。支払い確認メールが来たのを確認して、スマホをしまう。
海面上昇により地球の大部分を覆うようになった海は、今夜は静かだった。油凪とはこういう状態をいうのか。真っ平らで漣すら立たない。王は退屈し、紙飛行機に立ち乗りしたまま、手首のスナップをきかせてスカートめくりの素振り練習をしながら時間をつぶして変化が起こるのを待った。
東の空が白み始める頃、待っていた変化が訪れた。しかしそれはカパック王にとって歓迎すべき変化ではなかった。
「おおーい。カパック王! 大変なことになったぞー」
眼下の補陀落宮殿は相変わらず朝の静寂の中にある。西の空から、紙ヘリコプターに立ち乗りしたデブ、金の天使が接近しつつある。カパック王に対して必死の声で呼びかけながら、紙飛行機ならぬ紙ヘリコプターで飛んで来て、重大な報告をする。
金の天使は急いで来たため、はぁはぁと息を切らせていた。太っている上に日頃の運動不足が祟っての息切れだ。金の天使自身があさっての方向に全力疾走したわけではなく紙ヘリコプターが空を飛んできたのだが、何故かノリと勢いで、まるでエロ同人誌を読んでコーフンしたかのごとく金の天使ははぁはぁしている。
「はぁ、はぁ。カパック王、すぐにインカ帝国に戻ってくれよ。都のクスコが、モンゴル軍に攻撃されて、蹂躙されかかっているんだ」
「なんだと!?」
そんなバカなことがあるはずない。
「何かの間違いだろう。モンゴル軍は補陀落宮殿の中に引き籠もっていて、外に出てきていないぞ。船も飛行機も出て行っていないのに、どうして大海の向こうのインカ帝国にモンゴル軍が到達できるというのだ?」
「はぁ、はぁ。……み、……みず!」
カパック王は検尿紙コップに入った水を、息切れしている金の天使に向かって差し出した。
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