第20話 ここは伏線なので覚えておいてください

 ファンタジー警察に訴えるという方法も失敗し、肝心のファンタジー警察は言いたいことだけ散々言って帰った。ファンタジー警察にとってこの世の中は、言いたいことも言えないポイズンな世の中ではなく、さぞかし楽しいに違いない。

 だがカパック王にとっては面白くない。されど、情勢が不利であることを認めないわけにはいかなかった。

「悔しいが、やむをえない。こうなってしまったからには、ここから立て直さないと。一度、クスコに戻ろう。奴らがじゃがいもパーティーに興じている間に、作戦を練り直そう」

 カパック王は、紙飛行機を空中にかざして、よっこいしょ、と言いながら乗ろうと。

 できなかった。

 空中にかざした紙飛行機は、手を離した瞬間に地面に落ちてしまう。万有引力があるのだから当たり前の現象だ。

「なんだよ。こんな所で余計な手間を取らせるなや」

 愚痴をこぼしながらカパック王は紙飛行機を拾い、もう一度空中にかざす。よっこいしょ、と言いながら右足を紙飛行機の上に乗せ。

 ようとすると、紙飛行機は地に落下し。その上からカパック王の足が追い打ちをかける格好となる。ぐしゃっ、と紙飛行機はつぶれる。

「なんなんだよこれは。さっきファンタジー警察は、この乗り方でちゃんと乗ることができていたじゃないか。なんで私の時だけダメ出しのようなことをされなくちゃならんのだ」

 仕方なく、カパック王は再び紙飛行機を拾った。踏み潰してくちゃくちゃになった皺を伸ばして直すと、大きくワインドアップモーションから腕を振ってキャッチャーミット(そんな物存在しません)に向かって豪快にストレートを投げ込んだ。

「ハイアーハイアーフライ、トゥー、スカーイハイ」

 カパック王はマルポリの丘の前の広場を端から端まで助走してジャンプした。前方を飛ぶ紙飛行機に追いつくと、ソフトランディング。紙飛行機に立ち乗りしたまま、西へ向かって高速で飛翔した。

 ネパールとの国境付近で唐代の使節が岩に刻んだ碑文をかすめて削り、グルジアの上空を通過し、アテネ上空ではオリンピックの槍投げの槍に肛門から脳天まで刺し貫かれ、スイスのアルプス山脈では立ったクララに対して「おめぇじゃねえ、座ってろ」と罵声を浴びせ、オランダでチューリップ畑の美しさを堪能し、ドイツに留学中の森鴎外がエリスのお尻を舐め舐めしているところへカリントウを差し入れし、ナスカの地上絵に自動カラー彩色をほどこし、クスコの都に帰還を果たした。

 クスコに帰って来て最初にしたことは、ミミズ千匹によって掘られたトンネルを埋めることだ。インカ帝国側が侵攻ルートとして使うことができないなら、あっても意味が無いどころか、再び三国同盟に使われてしまうと不愉快だ。

 なので、国中からかき集めた産業廃棄物をそのトンネルに押し込んだ。主に、賞味期限が切れたオスの子持ちシシャモである。

「あ、待てよ。このトンネル、埋めてしまったけど、いかにも後で伏線として回収されそうだよな。何か仕込んでおいた方がいいんじゃないかな。何かいい方法は無いかな」

 カパック王はハブ竜王とマングース名人の将棋の対局中のように腕組みして長考に入った。

「やはり、魚の卵に対しては、精子をかけるのが一番だろうな」

 カパック王は鼻の穴から精液を噴出して、地下トンネルにどぼどぼと注ぎ込んだ。

「これでよし。何が生まれるかは分からないが、たぶんこれが伏線として後で忘れた頃に回収されるに違いない」

 カパック王は、全ての伏線が必ず回収されるものであると思っていた。投げっぱなしにされて放置される伏線もあることをガン無視していた。

「んー。魚の卵ならば、やはりイクラが好きだな。とびっこやカズノコもいい。他にもこまいっことかあるな。寿司ネタにすると旨いんだ。魚じゃないけど、タコの子は、醤油をかけて食べるとウニのような味になって旨いし」

 カパック王の思考はまるでカツラのようにズレ始めた。

「おっと。そんなことを妄想している場合じゃなかった。体勢を立て直すのだ。おい、ラーメン職人、それと、秘書の金髪・ツインテ・貧乳! それと、金の天使! 対策会議を開くぞ! さっさと集まれ!」

 といっても、最初に呼んだラーメン職人は会議に参加する要員ではなく、カパック王がラーメンを食べるための要員である。

 しかし。

「来ないねー。誰も来ないねー」

 いや、来た。イカリゲンドウのような強面のラーメン職人が、湯気の立つラーメンどんぶりを持って登場してきた。

「旭川正油ラーメンでございます」

「何? しょうゆ? 醤油じゃないのか?」

「旭川ラーメンでは、正しい油と書いてしょうゆ、と読みます。まあ別に醤油と書いても間違いじゃないんですが、正油が旭川流のこだわり表記です」

「ふーん。そういうものか」

 言いながらカパック王は割り箸を豪快な踵落としで割って、麺をずるずるとすする。ダインソの掃除機以上の優れた吸引力を披露した後は、蓮華を使って正油スープを掬って、口につけて、「あちっ」と言いながらも味わう。

 魚介を丹念に煮込んで取った出汁の下支えのもと、表面に浮いた脂のコクにコックリと頷くカパック王。

「旨いな。さすが旭川ラーメン。大満足だ」

「お褒めいただきありがとうございます。異世界でラーメン作って修行してきましたんで、味には自信があります」

「そうか、異世界仕込みか。旨いはずだ」

 カパック王は夢中になってラーメンをすすった。麺を食べ尽くすと、蓮華を幾度も往復させてスープを飲む。ラーメン丼の底に描かれている、宝珠を握った竜の絵が見えてくる頃、ラーメン完飲を繰り返した挙げ句にドクターストップを食らったラーメンブロガーのことを思い出した。

「しまったな。いくら味わい深いとはいえ、スープを全部飲むのは我慢しておくべきだったか……って、話が本題からズレまくっているじゃないか!」

 カパック王がラーメンを食べている間も、秘書の金髪・ツインテ・貧乳も来ないし、金の天使も来ない。多少は勝手に行動させた方が彼らの能力を発揮できるだろうということで融通無碍を許諾してきた寛大なマインドのカパック王ではあるが、会議を招集したのに来ないでカパック王を待たせるというのはフリーダムも行き過ぎである。

「おい、金髪・ツインテ・貧乳! 金の天使! 会議を開くからさっさと来いや!」

 叫んだカパック王だが、インカ帝国の紺碧の空に空しく声は吸い込まれて行った。

「ラーメン職人よ、金髪・ツインテ・貧乳と金の天使がどこに行ったか知らないか?」

 ラーメン職人は両手を組んで、その上に髭の伸びた顎を乗せた。いわゆるゲンドウポーズだ。

「その二人がどこにいるか、を探しているのですよね? ということは、二人がどの時点で行方不明になったかを回想して調べてみるといいんじゃないでしょうか?」

 重々しい口調でゲンドウポーズのラーメン職人は言った。妥当な意見だと思ったので、カパック王も同意した。

「そうだな。早速回想してみてくれ」

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