第7話 吾輩は猫である。だから名前は
モザイク取り眼鏡は、通販で買ったダインソの掃除機で豪快にモザイクを吸い取ろうとした。
しかし一瞬遅かった。その時には既に金色モザイクは晴れてしまっていた。その場に猫はおらず、代わりに、一人の美少女がその場に立っていた。
「なあに。私に何か用なの?」
キンキンに甲高いアニメ声だった。美少女の髪は、先ほどの金色の光を束にしたような眩くも優美な金色だった。それを頭の斜め上あたりでツインテールにしている。俗に言う金髪ツインテ、である。
「あなたには、秘書のお仕事を紹介いたします。失業保険の期間がまだ残っていたので、就職が決まればお祝い金も出ますよ」
お姉さんの事務的な説明に、金髪ツインテ美少女は顔の表情を明るく輝かせた。
「えっホント? お仕事なの? やったあ。これでやっと、無職ヒキニートですが異世界召喚でチーレムになるのを待って自宅警備しています、っていう自伝小説をカクヨムにアップしなくても済むようになったわ。安心してエタれるわね」
カパック王は美少女をジト目で睨んだ。こんなヤツで大丈夫なのだろうか。だが、仕事をやる気はあるらしい。それに、金髪ツインテ美少女だ。顔はかわいい。顔は。胸に関しては、紺のリクルートスーツの上から見ても明らかだった。ナスカの地上絵を描けそうなくらいに真っ平らだった。
「まあいいだろう。人材不足で困っているのだ。少しくらいの欠点は目をつぶるしかない。採用しよう」
目をつぶる、というよりは、欠点部分にモザイクをかけて見えないフリをして我慢するということだ。カパック王は役に立たなかったモザイク取り眼鏡を外し、ポケットにしまった。
「バンザーイ。これで勝ち組だわ! 上級国民として、下級国民のワーキングプア負け組の奴らを散々蔑んだ目で見る権利を得られたんだわ!」
美少女は心の底から嬉しそうに笑顔を浮かべた。就職の動機があまりにも不純すぎる感じもするが、少しくらいの欠点は目をつぶると決めたのだ。
「ところで、キミ、名前は?」
「ありません」
あっけらかんと、美少女は答えた。カパック王は問いただす表情でハロワのお姉さんの方を見た。
「彼女は、今の今まで猫だったのですよ。吾輩は猫である。名前はまだない。という状態なのです。ですから、カパック王が彼女に素敵な名前をつけてあげてください」
「マジで名前が無いのか。じゃあ、どうしようかな」
王は、ラーメン屋の店主のポスター写真のように無意味に腕組みをして考えた。
何も。
思い浮かばなかった。
そもそも、偉大なるカパック王の手足となって働くだけの秘書に、名前など必要無いのだ。他者との識別記号さえあればいい。
「よし、決めたぞ。今からお前の名前は、金髪ツインテ貧乳だ!」
「ちょっ! ふざけないでよ! ちゃんとした名前をつけなさいよ。この高貴な私に相応しい素敵な名前を」
「高貴? じゃあこのままでいいじゃないか。金髪・ツインテ・貧乳。ツインテというカタカナのミドルネームが入っているから、お前は貴族だ」
「貴族? マジで? 私が貴族なの? やったわ。無職ヒキニートですが異世界召喚でチーレムになるのを待って自宅警備、からの一気の大出世だわ!」
貴族、というワードにころっと騙されて、美少女は喜んだ。いや、美少女ではない。彼女には名前があるのだ。
金髪・ツインテ・貧乳、という名前が。
「さて、秘書も確保したことだし、問題のジャガイモ対策に取り組むかな」
王はハロワを出て一歩進んで。
ドボンと海に沈んだ。
ハロワは海に浮かぶ船だ。船から出ればそこは海。
「カパック王、なにを古典的なギャグをやっているんですか」
秘書、金髪・ツインテ・貧乳が馬車の上から、浮かび上がってきたカパック王に手をさしのべた。
「お前、なんで馬車なんか持っているんだ?」
「貴族ですから」
「この偉大なるカパック王を差し置いて馬車かよ。しかもこの馬車、海の上に浮いているじゃないか」
「沈むようだったらそもそも馬車なんか用意しません」
カパック王が馬車に乗り込む前に、馬車は走り出してしまった。よってカパック王は秘書の手に掴まったまま、水面あたりを引きずられることとなった。よくよく見たら、馬車はシンデレラに登場するようなカボチャの馬車で、牽いているのは馬ではなく、エリマキトカゲだった。
馬車ならぬエリマキトカゲ車は海を走破して、陸に上がった。ジャガイモ畑だ。
カパック王は、陸地でも引きずられたままだった。エリマキトカゲ車の勢いは衰えず、ジャガイモ畑を突っ切って走る。ジャガイモ畑の多くは水没してしまっているのだが、海水に浸らず無事だったジャガイモの葉や花が容赦なく蹴散らされていく。
引きずられまくってカパック王がボロボロになった頃、ようやくクスコの都の王宮にたどり着いた。
「な、なんてこった。とりあえず風呂に入って身を清めるぞ」
カパック王は風呂場に向かった。その場には秘書が残された。
「……ふふふ、王は風呂に入ったわね」
秘書は妖しい笑みを浮かべながら、胸の谷間からスマホを取り出した。
「もしもし。マヤ文明さんですか? 私です。……って、あれっ?」
秘書は自分の手の中を見た。手は、スマホを握っているような指の格好になっている。が、肝心のスマホが無かった。つまり、エアスマホで電話していたのだ。
「あら、おかしいわね。スマホが無い。どこにいったのかしら?」
秘書は、尻ポケットも袖の下も耳の穴の中も、あちこちスマホを探した。机の中も鞄の中も探したけれど見つからない。無い。無い。困った。
「どうしちゃったのかしら……あっ!」
理由が分かった。分かっちゃった。
秘書は貧乳なので、胸の谷間が無い。だから、胸の谷間に収納しておいたはずのスマホは、そもそも収納できていなかったのだ。TAWAWAチャレンジで胸の上に載せることも不可能だ。
「なんてこったい! 金髪・ツインテ・貧乳、という名前がうらめしい」
金髪・ツインテ・貧乳は周囲を見渡した。ここはクスコの都の王宮内である。どんな物でも揃っている。彼女は目的の物を発見した。
「最近では数が減ったけど、いつでもスマホが使えるとは限らないわけだし、全部無くなってしまったら困るわよねー」
言いながら、金髪・ツインテ・貧乳は受話器を左手に持った。
ピンクの公衆電話だった。
「ええと、お金、お金」
携帯電話やスマホが普及した現在、テレホンカードなどといったいにしえのアイテムは所持しているはずがない。普通に硬貨を入れて使うしかない。ポケットからインカ金貨を取り出す。インカ金貨という名称は、イ【ンカ】の部分がキ【ンカ】と韻を踏んでいるので、ウォールストリートあたりの外国為替市場で価値が高いのだ。
ところが。
「あれっ?」
肝心のピンクの公衆電話が「らめえっ! そんな大きいの、入らない……///」と言い出したのだ。金髪・ツインテ・貧乳は貴族らしからぬ舌打ちをした。
「10円玉じゃないとダメなのね。まさか、ただ電話をかけるだけで、こんなに手間取るとは……」
「10円玉がほしいのか? ほら」
「あ、ありがと。……なによこれ、ギザ10じゃない普通の10円玉じゃないの?」
10円玉を二枚もらったが、両方ともツルツルだった。
「別にパイパンでもいいだろう。コレクションのための10円玉じゃなくて、使うためのものなんだから」
「まあ、それもそうよね」
言いつつ、金髪・ツインテ・貧乳はピンクの公衆電話に10円玉を二枚とも入れた。そしてマヤ文明の番号をダイヤルしようとして、右手の指が止まった。
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