第9話 正式名称と略称
「まずは、……そうだな。インカ帝国の機密情報を既に盗んでいるかもしれないからな。お前の服を全部脱がせて、身体検査から始めるぞ」
それを聞いた金髪・ツインテ・貧乳は、内股になって両膝をこすり合わせてガタガタと震えあがった。それでも悲しいかな、乳は揺れない。
「そ、そんな。それじゃあまるで、サービスシーンじゃないですか!」
「お前がサービス要員になるんだよ!」
カパック王は、アダムとイブを唆した邪悪な蛇のようにチロチロと舌なめずりしながら、更に一歩を進めて金髪・ツインテ・貧乳に迫った。背後に下がろうとした彼女だったが、部屋の壁に背中がついてしまった。
壁ドン必至の体勢になった。
「もう逃げ場は無いぞ。お前のリクルートスーツを脱がしてやる。ネイルサロンで用意した付け爪ブリスキーザベアークローを両手の指10本全部に装着して、パワー10倍! 更に2倍のジャンプ力で跳んで、更に3倍の回転を加えたので、元の戦闘力53万×10×2×3で、……ええと、暗算できないけど、とりあえず56億7000万くらいの戦闘力だぁぁぁ!」
「その計算盛りすぎよぉぉ! 寄せて上げるブラより悪質よぉぉっ!」
カパック王の付け爪が金髪・ツインテ・貧乳の着衣に炸裂し、悲鳴は掻き消された。紺色のウール化繊混合のリクルートスーツはビリビリに破れた。服を破るためだけに盛りまくった戦闘力はコスパが悪いような感じもするが、それがカパック王というものだった。
紺の繊維がちぎれまくってゴミと化し、次に白いブラウスもビリビリに破かれた。下のタイトスカートも無駄に高い戦闘力の犠牲となった。
そして露わになる、純白のブラとパンティ……
……
と、なるはずだった。
現実には、そうならなかった。
「な、なんだと!」
大技を繰り出したカパック王は、力を使い果たしてその場に片膝をついた。
されど、ビジネスウーマンの紺色の鎧たるリクルートスーツを破壊したにもかかわらず、金髪・ツインテ・貧乳は下着ぽろ~んにはなっていなかった。紺色の布面積が肌の大部分をガードしていた。
「そ、それは……」
金髪・ツインテ・貧乳の首から股間まで、体の線に沿った感じの紺色の布が覆っている。それは、スク水だった。
「ス、スク水。略してスクール水着。まさか、この場面で見ることになるなんて」
カパック王は愕然とし、もう片方の膝も床についてしまった。
「え、逆じゃないですか? スクール水着を略してスク水でしょ?」
命拾いした金髪・ツインテ・貧乳が、少し余裕を取り戻した口調で、床に両膝立ち状態のカパック王を見下ろす。
「いいや、スク水が正式名称で合っている。北海道のコンビニエンスストアの名前は株式会社セコマを略してセイコーマートだし、北海道のプロ野球チームのマスコットの名前はBBを略してブリスキーザベアーだ」
「で、でもさっき、ブリスキーザベアークローって言っていましたよね。北海道、略すのが逆じゃないですか」
「北海道だから略すのが逆ということはない。北海道出身のドリカムを略してドリームズカムトゥルーといっているのだからな」
「いや、それは更に逆ですよカパック王。ドリカムはドリカムの方が略称ですし。それにドリカムの場合は、アイシテル、を略して、ブレーキランプを5回点滅、ですから。ドリカムの歌は、私のカラオケの十八番なんですよ」
金髪・ツインテ・貧乳は両手を腰にあててふんぞり返った。偉そうにしていても、リクルートスーツは剥ぎ取られて、服装がスクール水着ではイマイチかっこつかない。
「ちょっと待て金髪・ツインテ・貧乳。このスクール水着、マヤ文明が貸与支給している制服のスク水じゃないか?」
「えっ?」
「だってほら、胸の、名前を書く白い布のところ、お前の名前は書いてないじゃないか」
「そ、それは、このスク水を着た時点ではまだ私の名前は決まっていませんでしたから。ついさきほど、カパック王に名前を与えていただいたばかりなのではありませんか」
カラオケでドリカムを熱唱している時のような、訴えかけるような真剣な目をして、金髪・ツインテ・貧乳はツインテの髪を揺らしながら主張した。ツインテは揺れても乳は揺れない。
「何を言っている。その、胸の、名前を書くところ、お前の名前の代わりに、しっかりとマヤ文明、と書いてあるではないか!」
びしぃぃっ! っというオノマトペが出そうな勢いで、カパック王はすくっと立ち上がって、金髪・ツインテ・貧乳のスク水を指さし示した。
「えええっっ?」
自分のお胸を見下ろした金髪・ツインテ・貧乳は、そこに残酷な天使の事実を見た。
まったいらなお胸に、白い布。そこには油性マジックペンで書かれた「マヤ文明」の文字。
「ああああ、これではマヤ文明の制服だってバレバレじゃないのよ! これは、トヨタにならってカイゼン要望を上げておかなくてはならないわね!」
カイゼンをする前に、無事にマヤ文明に帰ることができるのかどうか。金髪・ツインテ・貧乳は、マヤ文明のスパイだということが明らかにバレてしまった。
「ふっ。お前がマヤ文明のスパイだと分かった以上、もう容赦する必要はあるまい。そのマヤ文明指定のスクール水着も脱がしてやるからな」
今までだって別に容赦などしていなかった。常に全力少年なカパック王だ。
「それはそうと、金髪・ツインテ・貧乳。お前、そのタイツはどういうことだ?」
そう。金髪・ツインテ・貧乳は、両足が変だった。どのように変かというと、右足と左足で、ソックスが違う。
右足は黒タイツだった。先にスクール水着を着用し、その後で黒タイツを穿いている。
しかし左足は、白のオーバーニーソックスだった。正式名称がニーソで、略称がオーバーニーソックスだ。ミニスカートを穿いた時に、ニーソとスカートの間に太腿の素肌が見え、一部の男性ファンに絶対領域として崇められることになる、あのニーソである。
右足はタイツなのに、左足はニーソ。もちろん、絶対領域は素肌だ。
普通ならあり得ない取り合わせだ。タイツというのは下半身をすっぽりとデニールで覆うナイロンだ。
「……おい、金髪・ツインテ・貧乳。なんちゅう斬新なタイツの使い方をしているんだ」
さすがのカパック王も呆れた。
金髪・ツインテ・貧乳が穿いている黒タイツは、右足だけは普通に腰から爪先まで全部を黒で覆っている。しかし左足だけは、股間のすぐ下の所でタイツを切断してあるのだ。だから左足は太腿の下がほぼ全部露出していて、そこに白ニーソをはいているわけだから、スカートを組み合わせれば絶対領域も発生する、という画期的なシステムだった。
「どうよカパック王。頭イイ方法でしょ。世の男性には、黒タイツが好きな人もいれば、絶対領域ありのニーソが好きな人もいる。黒タイツだけ、あるいは白ニーソだけだったら、片方のニーズを満たすことはできても、もう片方に関しては捨ててかからなければならない。効率よく飛車角を両取りするためにはどうするか。これが、この私が編み出した絶対完璧な着こなしよ!」
ここぞとばかりに金髪・ツインテ・貧乳は威張った。
「黙れ! そんな中途半端に両取りを狙ったって、バランスが悪いだけだろう。戦艦と空母を合わせて航空戦艦にしたみたいなものじゃないか」
カパック王は激怒した。中途半端ではなく、タイツならタイツ、ニーソならニーソであってこそ魅力があるのだと信念を貫くことにした。
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