第2話 半魚人の卵

「こんにちはー。ファンタジー警察の者ですが」

「警察? 呼んでいないぞ」

「呼ばれていなくても来ます。今、カパック王は、一〇万の兵でマヤ文明の本拠地を攻める、と仰いました。これ、兵站はどうなっているのか、お聞かせいただけるでしょうか?」

 ファンタジー警察と名乗った人物は、手帳を開いて、メモを書き込みながら、カパック王に質問を続けた。

「インカの都であるクスコから、マヤ文明の本拠地であるメキシコあたりまでは、かなりの距離があります。補給線が長くなりますが、どうするおつもりでしょうか? 一〇万の兵のうち、補給物資を運搬する輜重部隊はどれくらいの割合で、純然たる戦闘部隊はどれくらいなのでしょうか?」

 めんどくさいヤツに絡まれた。めんどくさいヤツはマヤ文明だけで十分だった。

「あー、すまんすまん。たしかに、そういった部分を考えるのが不十分だったわ。だから一〇万の兵を出す、というのは撤回するわ」

「そうですか。まあ、それならいいです。またご用がありましたら、お気軽にご利用ください」

 にこやかにファンタジー警察は退出した。来なくていい余計な客だった。

「現実的な兵士だ駄目なら仕方ない。やはり魔法で戦おう。よし、我がインカでも魔法で空母を建造して対抗しよう」

 今まではカパック王が驚いてばかりだったが、今度は臣下のくの一が驚く番だった。

「空母ですか! しかし氷山空母など、どうやって建造するのでしょうか?」

 カパック王は不敵な笑みを浮かべた。己の発想の素晴らしさに酔っていた。そう。なぜ、もっと早く気付かなかったのだろう。この方法で行けば、あの気に入らないマヤに、一泡吹かせてやることができるのだ。

「氷山空母など、相手と同じ手を使ってどうするというのだ。氷などとけてしまえば終わりではないか。ましてや、我々はサンマ漁をするわけでもないからメリットが無い。北大西洋のアトランティスに対抗して、こちらは大平洋にムー大陸を造ろう。そしてそれを不沈空母として運用するのだ」

 あまりにも壮大で荒唐無稽すぎる不沈空母計画に、臣下は驚きを隠せなかった。

「海の上に大陸を造るなんて、どうやってですか。マヤ文明は非人道的な方法で確保した魔法使いを使ったからこそできたことですよ」

「ふふふ。昨日即位して明日から本気出すと宣言したこのカパック王の考えにぬかりがあるわけないだろう。マヤは銀の天使五人を集めて魔法を発動させたという。ならば、こちらは金の天使一人を用意して魔法を使ってみようではないか」

 カパック王は簡単に言った。しかし、銀の天使五人と金の天使一人は同等である。つまり金の天使は簡単に確保できるものではないのだ。

「知っているか。天使というのは、卵から産まれるものなのだ。そして、金の天使をゲットするというからには、金の天使の卵を産む者を確保すれば良いのだ」

 話が見えてこない。そのため臣下は困惑していた。

「童貞を三〇歳まで育てるとか、そういうことではないのですか」

「銀ではない。金だ。金といえば、どこにある?」

 臣下は、カパック王の股間を凝視して黙考した。臣下の答えを待たず、カパック王は語りを続けた。

「金は、黄金の国ジパングにある。つまり、お前だよ」

 カパック王は玉座に座ったまま、臣下を真っ直ぐに指さした。

「えっ、私、ですか? なぜ?」

「お前はくの一だろう。くの一というのは、黄金の国ジパングの女忍者のことではないのかね」

「あっ、そ、そうです」

「そうだろう。ならば、黄金の国ジパングの女忍者であるお前こそが、金の天使の卵を産む者なのだ」

「わ、私が」

「そうだ。だから」

 カパック王は玉座から立ち上がり、厳かに命じた。

「さあ、卵を産め」

 振り切れるくらいに、臣下のくの一は首を横に振った。

「無理です無理です無理です。私、人間ですから。半魚人じゃないですから。卵なんか産めません」

「お前、知っているか。キン○マンに登場するアトランティスは、半魚人だ。そいつは卵を産むのだ。そしてその卵が孵化したら、銀の天使となるのだ。銀の天使が五人集まって、アトランティス大陸を造ったのだ」

「さ、さっきと話が矛盾していませんか? 童貞を三〇歳まで五人育てて、ということではなかったのですか」

「いいから早く卵を産め。その卵に、私が精子をふりかけよう。そうすれば卵は孵化して、金の天使が誕生するのだ」

「いやいやいや、王よ。いつの間に王は半魚人になったのですか」

「私の精子は万能だ。何でもはらませることができる」

「無理です! 無理です!」

 臣下のくの一は涙目になって訴えた。だが偉大なるカパック王には泣き落としなど通用しなかった。

「ええい。このカパック王の命令であるにもかかわらず、あくまでも産卵を拒むというのだな。ならば仕方ない。無理矢理でも卵を取り出すまでのことだ」

 そう言ってカパック王は、どこからともなく金属の器具を取り出した。先端が鳥の嘴のようになっていて、反対側は手で握るようになっている。磨き上げた金属の光沢が冷たく冴えていた。

「お前、これが何だか分かるか?」

「な、なんでしょうか? 大きめのハサミ、ではないですよね?」

 怯えを含んだ声で、臣下は首を傾げた。

「ハサミとは逆だな。ハサミの場合、握りの部分を握ったら、先端の刃の部分も狭まって、それで物が切れることになる。しかし、この鉗子は、握りの部分を握ったら、逆に先端が開くようになっているのだ。ペリカンが口を開けたような状態になる」

 実際にカパック王は鉗子をカチャカチャと握ってみせた。手許を握ったら、先端が開く。本当に、ハサミとは逆の動きだった。

「そ、それで、その鉗子というのは、どういった用途に使うのでしょうか?」

 カパック王は、同級生の女の子のスカートめくりに成功した小学生男子のような笑みを浮かべた。

「ふっふっふっ。よくぞ聞いてくれたな。これはな、女の例の箇所に挿入して、広げるための道具なのだよ。医療用では癌検診などで使われる。AVでは、これで広げて奥を覗き込んだり、色々と有用な道具なのだ」

 それを聞いて、臣下のくの一は明らかに顔を青ざめさせた。唇がわなないている。自分が、どういう仕打ちを受けるのか、想像がついてしまったのだ。

「お、王よ。わ、私は、体力の限界を感じたので、い、い、引退させていただきます。これにて失礼いたします!」

 言うが早いか、カパック王に背中を向けて逃げ出した。くの一だけあって常人ではありえない俊足だった。あっという間にくの一の背中がカパック王から遠ざかる。まだまだ引退せずに現役で通用するすさまじい体力だ。

「ふふふ。愚かな。全ては、このカパック王の掌の上、じゃなかった、アリのとわたりの上なのだ!」

 臣下のくの一は、カパック王の言葉など聞いていなかった。とにかく走った。中山競馬場を通り抜けて両国国技館をまたぎ越して、盗んだバイクで走り出して狂おしくミツバチの群れをすり抜けた。

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