第4話 異世界召喚、俺にも来たぁぁぁぁ!

 天使。

 そう呼ぶにはほど遠い容姿をした男だった。

 年齢は少なく見積もっても三〇歳は超えている。かなり太っている。肌は脂ぎって汗ばんでいる。頭髪はベジ○タのようにM字開脚を始めつつある。顔は不細工でダサい眼鏡をかけている。痛いアニメ絵柄のTシャツを着ている。そしてスケッチブックを小脇に抱えている。

「王よ。これはどういうことですか? 私の口から無理矢理卵を取り出して、産まれたののがコレですか? コレはどう考えても天使ではなく、童貞ですよね?」

「おい姉ちゃん失礼だな。童貞だからなんだってんだよ。男の価値は童貞か非童貞かで全部決まるもんじゃないだろ! って、姉ちゃんなんで全裸なんだよ。俺をおちょくっているのかよ!」

 怒鳴りながらも金の天使は嬉しそうだった。純情な感情が心の三分の一を占めている正直者なのである。ゆえに天使なのだ。

「金の天使よ。そなたを召喚したのは、インカの王であるこの私だ。私の話を聞いてもらおうではないか」

 金の天使は、召喚、というワードを聞いた瞬間に顔を輝かせた。

「おおっ! これはもしかして、『カクヨム』でよくある、異世界召喚ってやつか! ひゃっはぁ! 来たぁぁぁぁぁぁぁっ! これで俺もチート能力を付与されて、美少女に囲まれてウハウハのハーレム生活か。童貞卒業も、そう遠くないぜやったぜ!」

 金の天使は豪快にガッツポーズを決めた。

「……王よ。この童貞は、いったい何を言っているのですか? 言葉は通じるけど、言っていることの意味がさっぱり理解不能です」

 全裸のくの一は手で体を隠していたが、不快感は隠そうともしなかった。それに対して王者のゆとりと言うべきか、カパック王は余裕綽々の態度を崩していない。

「金の天使よ。そなたには、金の天使に相応しいだけのチート能力がある。だから、その能力を活かして一つ仕事をしてもらいたいのだ。上手く行ったら褒美として、そなたの望むハーレムも与えようではないか」

 ずっと全裸のくの一を視姦していた金の天使は、カパック王の方に向き直った。

「あんたがこの国の王様だって言っていたな。話が分かる人らしいな」

「ああ分かるとも。ハーレムは全ての男の夢だからな。それはそうと早速本題に移らせてもらうぞ。マヤ文明の奴らが魔法で、北大西洋にアトランティス大陸を作って悪さをしている。マヤを懲らしめたいのだ。それで、アトランティスに対抗するために、太平洋上にムー大陸を造り、それを不沈空母としてアトランティスを撃滅したいのだ」

「ほう。不沈空母を建造したいのか。こんな感じかな?」

 金の天使は、持っていたスケッチブックを開き、取り出した鉛筆で絵を描き始めた。一見何の取り柄も無さそうな男であったが、絵を描く実力だけは召喚される前から持っていたのだ。

「こんな感じでどうだろうか?」

 さっそく絵が書き上がったので、金の天使はスケッチブックを広げて、カパック王の前に突き出す。カパック王と、ついでにくの一もまたスケッチブックを覗き込む。

「あっ、この船、知っていますよ私。彼氏と一緒に映画で観ました」

 くの一が胸を張った。といっても腕で胸を隠したままなので、いまいち格好つかない。

 スケッチブックに描かれているのは、巨大な豪華客船だった。四本の煙突が、天を摩するように、おっ勃っている。

「どうだ王様? この不沈空母、いい感じだろう。この四連装主砲で、どんなアトランティスだろうと簡単に撃滅してやんよ」

「いやそれ主砲じゃなくて煙突ですよね? そもそも全然空母じゃなくて客船ですし」

「うるせえな姉ちゃん。全裸のくせに。服ぐらい着ろよ」

 金の天使は心にもないことを言った。

 黙ってスケッチブックの絵を凝視していたカパック王は、二人のやりとりを完全無視して満面の笑みを浮かべた。

「おお、さすが金の天使。素晴らしい絵だ。よし、その絵をすぐに実体化しろ。といっても、こんな山の中のクスコで実体化、などというオチは駄目だぞ。ちゃんと太平洋上に実体化するのだ」

 血相を変えたのはくの一だ。

「王よ。本気ですか。王は、この詐欺師に騙されているのです。これは不沈空母ではありません。氷山にぶつかって沈没した悲劇の豪華客船ですよ。王は今、裸の王様状態で騙されているのです」

「裸はお前だろう」

 カパック王に冷静に指摘されて、くの一は赤面して改めて内股になって体を隠した。

「いいから早くその絵の不沈空母ムーを実体化せよ。そして、あの忌々しいアトランティスへ攻撃を仕掛けるのだ!」

「そうは言うけど王様、絵の実体化なんて、どうやってやるんだよ?」

「やればできる!」

「いやだから、その、やる、っていうのを、どうやってやるのかを聞いているんだけど」

「やればできる、は魔法の合い言葉だ。とにかくやってみろ。そうすれば自ずと、魔法が発動する!」

 禅問答よりも意味不明な言葉の応酬に、先に根負けしたのは金の天使だった。自分の描いた四本煙突、ではなくて四連装主砲の不沈空母ムーに向かって、呼びかけた。

「なんかよく分からないけど、実体化しろ!」

 金の天使である。童貞である。強力な魔法が発動した。

 太平洋上に、巨大な不沈空母ムーが出現した。悲劇の豪華客船などよりも遥かに巨大だった。まさに大陸レベルである。

「おお、金の天使よ! 成功だ。よくやったぞ」

「本当だ。本当にムーが実体化した。俺、SUGEEEEEEEEE!」

「ふ、二人とも、何を言っているんですか?」

 ここはペルーの高山にある首都クスコの王宮だ。太平洋上のムーなど、特殊な能力を持つカパック王や金の天使でなければ視ることはできない。くの一だけが三人の中で唯一蚊帳の外に置かれた。

 しかし、強力な魔法の発動は、周囲にも影響を及ぼさずにはいられない。即座に、アトランティス側もムーの誕生を探知した。かの無敵艦隊を撃破した氷山空母を、大西洋からパナマ運河を通って太平洋へ回航させた。パナマ運河は、当然ながらカパック王の時代にはまだ存在しないが、歴史的前借りである。

 突進してくるアトランティスの氷山空母に対して、不沈空母ムーは自慢の四連装主砲で迎撃にかかった。黒煙を吐き出しながら発射する弾丸は、インカのめざめであった。

 高速で射出されたジャガイモ砲弾は、次々と氷山空母に命中し、氷山空母の氷を削って行った。氷山空母は次第に小さくなっていった。

「よし、もう少しで氷山を完全破壊できるぞ。頑張れムー!」



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