第5話 負けないで
被弾しつつも、氷山空母は前進を続けて、ついに不沈空母ムーに激突した。その衝撃で、小さくなっていた氷山空母は完全に砕け散った。氷の破片がキラキラと日の光を照り返しながら、太平洋に降り注いだ。
しかし不沈空母ムーも無事では済まなかった。くの一が観たという映画のように、豪華客船の形をしたムーは沈没した。誰がどう見ても相打ち、という結果だった。
「相打ちでは困る。マヤの奴らの走狗である氷山空母は撃破したが、本来の目的であるアトランティス大陸は全く健在のままではないか。アトランティスを撃滅するまで、新しい不沈空母ムーを産み出し続けるのだ」
カパック王は興奮しながらわめいた。
「さあ、ムーを産め」
カパック王に強硬に迫られて、金の天使はスケッチブックに向かって、実体化しろ、と呼びかけた。
が、何も起こらない。絵は絵のままだ。
「あれっ? さっきは上手く行ったのに? どうなっているんだ」
「一枚の絵からでは、一回しか実体化できないのだ。だから、別のページに同じ絵を描け。そして実体化を命じれば上手く行くはずだ」
金の天使は、スケッチブックを一枚めくって、新しいページに先ほどと同じような不沈空母ムーの絵を手早く描いた。スピード作業ではあったが、きちんと四本煙突のみごとな絵が描けた。
「ムーよ、実体化しろ!」
二番目の不沈空母ムーが爆誕して太平洋に浮かんだ。しかし、これで勝ったと思うのは早計であった。
「む、マヤ文明のヤツらめ。二番目の氷山空母を差し向けて来やがった」
「ほ、ホントだ。くそっ、不沈空母ムーよ、自慢の四連装主砲で氷山を粉々にしろ!」
そこからは、再現ビデオを観ているようなものだった。金の天使が産み出した不沈空母ムーは、四本煙突からジャガイモ弾を撃ち出し、氷山を削る。しかし氷山を完全に破壊するにはいたらず、体当たりを食らってしまう。氷山はバラバラになってただの氷粒になって太平洋の藻屑となったものの、ムーも無事ではなかった。不沈の名が泣くようなあっさり具合で太平洋の海底へ向かっての垂直降下の旅を始めた。
「つ、次だ。新しいムーを産め」
三番目のムーが産まれた。が、それと同時に三番目の氷山が向かって来た。
「くそったれが! 金の天使、今のうちから四番目のムーを出すために、新しい絵を準備しておけ!」
「こ、これ、いつまで続くんだよ?」
「こうなったら消耗戦だ。相手も、五人の銀の天使が魔法で氷山を産み出しているのだろう。こちらの金の天使と、どちらが先に力尽きるかの問題だ!」
カパック王は口から唾を飛ばしながら叫ぶ。これは普通の唾らしく、鼻からでた精液とは違って、独特のツーンとした臭いは無かった。
「いや、絵を描く力も、実体化させる力も余裕だよ。俺は金の天使なんだし。でも、一つ実体化させるためにスケッチブックのページが一枚必要なら、すぐにスケッチブックが尽きてしまう。こっちの方が消耗戦だよ。なんとかしてくれよ!」
「おい! くの一! 新しいスケッチブックを買ってこい!」
「えー。使いっ走りですか」
「ええい面倒くさい。その分の残業手当も出すし、スケッチブックを買うために使った金も、領収書を持ってくればちゃんと経費で落とす」
妙にリアルな話だったが、くの一は渋々ながらもスケッチブックを買いに出掛けた。
全裸で。
戦いは持久戦となった。
スケッチブックだけでなく、鉛筆も足りなくなったので、くの一が買いに走ることになった。全裸で。
金の天使が描いた不沈空母ムーが太平洋に実体化し、それに対してマヤ文明側の銀の天使五人が産み出した氷山空母が突撃する。両者は相打ちとなり、両方とも太平洋に沈む。その流れを何度も何度も繰り返した。かの名曲『それが大事』のサビの部分をカラオケで歌うように何度も何度も繰り返した。
「いつまで続くんだよ!」
「負けないで、もう少し、最後まで、描き続けて!」
もう少しとは具体的にどれくらいなのか。どういう根拠があってもう少しと言っているのか。ブラック労働に苛立ちを募らせていく金の天使だったが、その瞬間は不意に訪れた。
もう何冊目かのスケッチブックを使い切って、また新しいスケッチブックを開こうとした時だった。
「お、やったぞ。敵の氷山空母が来ないぞ!」
「ほ、ホントだ。でも、どうして?」
「ふふふ。やはりこの偉大なカパック王の読み通りの結果となったな。金の天使よ、大西洋を見よ!」
「ああっ、アトランティス大陸が、大西洋に水没してしまっている!」
「それだけではないぞ。マヤ文明の本拠地であるメキシコも沈んでいるぞ」
「ほ、ホントだ! というか、これは……」
アトランティス大陸やマヤだけではない。地球上の陸地の大部分が水没してしまっていた。残っているのは高山地帯だけというありさまだ。
「ムー大陸という巨大な不沈空母を、いくつもいくつも太平洋に沈めたのだ。それで、地球全体の海水面が上昇し、アトランティスも本拠地のマヤも海水面の下に没したというわけだ。我がインカの都であるクスコは高山にあるから無事というわけだ! 必ず最後に正義は勝つ!」
カパック王は誇らしげに胸を張って勝利宣言をした。
「やった。勝ったのか。これで、念願のハーレムをゲットだ」
その時、呼び鈴がピンポーンと鳴った。
「なんだ。勝利の余韻に浸っている時に水を差すようなピンポンダッシュだな」
しかし扉の外の人物はダッシュで逃げることはなく、普通に扉を開けて挨拶した。
「こんにちは。毎度さまです。ファンタジー警察です」
「またお前か。今度は何の用だ? 一〇万の兵は中止したと言ったであろう。まさか金の天使の魔法にまで文句をつけるのか?」
「いえ。そんな難しい話ではなく。くの一のあなた、バイクを盗みましたよね? 窃盗罪で逮捕します」
「へ?」
領収書を整理していたくの一は、間抜けな声を出した。
「手錠をかけさせていただきますよ。言い分は署で聞きますのでご同行ください。弁護士を呼ぶ権利も黙秘権もありますので」
なすすべもなく、くの一は連行された。全裸で。手錠をかけられているので、胸や尻など大事な場所を隠すことはできなかったが、どこからともなく不思議な白い光が差し込み、見えてはいけない部分は隠して見えないようになっていた。
「あのー。王様、約束のハーレムは?」
「何を言っている。お前は自分で描いた絵を実体化できるのだぞ。スケッチブックに好みの美少女を描いて、それを実体化すれば簡単にハーレムのできあがりではないか」
「おおおっ! そうだ、その手があったんだ。俺SUGEEEEEEEEE!」
隠して。
じゃなくて。
斯くして。
マヤ文明の童貞をこじらせた魔法使いによって造られたアトランティスは、偉大なるインカの王、マンコ・カパック王によってあっさりと滅ぼされてしまった。
それはカパック王の即位の翌日、西暦でいうところの1197年、12世紀末の出来事だった。
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