インターバル ーin病院ー

 あの事故から、1年が経っていた。

 リハビリが月1回になった頃から、仕事に復帰したかったが、脳の検査でひっかかってしまったのだ。あの事故で、記憶障害になったという事実だけは知らされていた。私生活に支障が出ることはほとんどないが、一部の記憶だけぽっかり抜け落ちてしまっている状態。俺が覚えていない記憶、それは、”妹の存在”だ。


 このまま休職を続けていたら、会社を辞める以外の選択肢がなくなる。

 今はまだ、会社が俺の席をなんとか残してくれているが、タイムリミットが迫っているに違いない。

 そうなったら、俺はこれからどうやって生きて行けばいいのだろうか。再就職するのか?中途採用でやっていけるのか?起業なんて夢のまた夢だ・・・

 俺は、独立できるほどの技術も経験も人脈も、認知度も、資金もない。ひとりでやっていけるほどの力がない。何も持っていない。まだ、先輩から盗まないといけないたくさんの大切なモノがあるというのに。

 こんなところで、立ち止まっている場合ではない。


 ((今、俺がすべきことは・・・))


 俺は、先生を説得させるために、仕事に対する愛を通院の度に先生に話した。何度も何度も、仕事愛を繰り返し伝えた。ちょっと脅迫じみた感じになっていたかもしれない。((先生、すみません・・・))3回目までは先生も親身になって聞いてくださっていたが、そんな優しい先生でも、5回目くらいになると滅茶苦茶困っていた。いや、怯えていた。

 「今はまだ、その診断書は出せません。」、「脳は、繊細で複雑で・・・」から、「すみません・・・あぁぁ・・・すみません・・・」と先生が謝るまでになってしまった。

 さすがに、反省した。

 先生の治療方針のおかげで、俺がここまで回復できた感謝を気持ち悪いくらい全身全霊で伝えた。その様子を見て、ドン引きして固まってしまっている新人ナースを教育係の先輩ナースが対応していた。((そんなに引かないでくれ・・・))


「先生・・・今、生きてることが奇跡だってことを俺が、俺の存在が、それを証明してるじゃないですか!先生が、俺の第二の母ですよ!半年以上眠っていた俺には、これ以上休みはいらないです!なので、仕事に復帰させてください!お願いします!」


 先生は、深呼吸を一つした。そして、すごい目力で俺を見た。


『・・・少しお待ち頂けますか?』


「・・・はい。」

―――――――――――――――


 数分後、先生が戻ってきた。

 

『お待たせしました。』


 そして、ついに、先生がなんとかしてくれた。だが、どうしても今、仕事に復帰するならば条件があると言った。俺は仕事に復帰できるならどんな条件でも受け入れる覚悟をして、先生の話を聞いた。


 『これは、前代未聞なんです。今からお話しする提案は、あくまでも、提案ですよ?まぁ、提案する時点で、僕も共犯者ですね。はは。・・・あぁ、また僕は・・・、医者失格だぁぁぁ・・・うぅぅぅ・・・あぁ、どうして、どうしていつも僕は・・・はぁ・・・』


「せ、先生?・・・大丈夫ですか?」


『あぁ、すみません・・・だ、大丈夫です。では、しっかり聞いてください。患者と主治医の関係ではなく、一個人として、あなたの仕事愛に負けました。主治医としての僕と、一人の人間としての僕の間でものすごく葛藤しました。半分は医者としての責任と覚悟をもっての診断、半分は僕個人としての気持ちです。この提案ですが、僕との約束だと思って下さい。』


「はい。」


『1つめ、毎月1回必ず通院する。2つめ、どんな些細なことでもいいので、何か気になったことがあったときは必ず教えてください。そして、3つめの約束は・・・』


 俺は、主治医の先生でもあり、第二の母と3つの約束を交わした。

 そのあとは、今後の治療法の詳細を聞いた。

 

『説明は以上になりますが、何か不明な点はありますか?』


「今は特にないです。先生、本当にありがとうございます!」


『医者としてはダメですね。約束は必ず守ってくださいね。』


「俺は、先生が先生で良かったと思ってますよ。はい、今後もお世話になります。」


『1日でも早く、病院に通わない日が来るように、頑張りましょうね。』


「そんなさみしいこと言わないでくださいよ。でも、そうですね。頑張ります!」


『では、来月、お待ちしてます。お大事に。』



――――――――――――――――――



 病院を出て、スマホを見ると、自称妹と名乗る同棲中のあの女から、鬼のように連絡が入っていた。俺は(一応)電話をした。呼び出し音3コール目でつながった。


「もしもし?今終わったよ。今日は外食でもいいかな?」


『おにぃちゃん、早く帰ってきて・・・今・・・あー!だめー!!動かないで・・・おに・・・』


 ツーツーツー・・・


「あれ?・・・もしもし?もしもし!」


 一方的に切れたスマホの通話終了後の画面が目に映る。

 女に何かが起きた様子は電話越しでもわかる。

 俺は、自転車のペダルを全力で回し、ぶっ飛ばした。


「はぁ、はぁ、・・・あーつかれた・・・はぁ、」


『あっ、おにぃちゃん、おっかえりー!』


 女は、山で遊んできたのかという汚れ具合、そして、両腕で何かを抱えている姿で、俺を出迎えた。


「なに、してんだよ・・・」


『この猫さんが、おにぃちゃんの部屋に入っちゃって、追いかけっこしてた。』


「なのに、なんだその汚れは、」


『さっき、猫さんが、木から降りれなくなっちゃったから助けたの。ねー。』


 ”にゃー”と、返事をするように猫が鳴く。


「あー、そうですか・・・心配して損した。あーぁ・・・」


『えっ!?心配してくれたんだぁ!おにぃちゃん!』


 そう言って、汚れた服のまま俺に勢い良く抱きつく。

 

「外ではやめろって・・・はなれろ・・・」


 猫は暢気に毛づくろいをしている。


『おにぃちゃん!おにぃちゃん!だいすき!』


「・・・はいはい、わかったから。家の中に入れてくれ・・・」


『今日は、外食だよね?』


「あ、うん。でも、その前にシャワー浴びないと、汗かいたし。ついでに汚れた。」


『そうだね。へへ、ごめん。あー、お腹ペコペコー、何食べよかなー♪』


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