06


 悪夢のおかげで、俺の体にはイヤな汗が、まるで水を浴びたのかと思うほどの量をだしている。あの悪夢の後、疲労困憊だった俺は意識を失っていたようだ。いつの間にか眠りについていた。

 これが何度目の目覚めになるのかわからない。カーテンの隙間から太陽の光が差し込み、その光に照らされているデジタル時計が午前10時35分になったことを教えてくれている。

 俺の体は何ともなく、今度はちゃんとタオルケットも体からはがすことができる。体も自由自在に動かせる。やはりあれはただの夢だったんだと確信した。まぁ、あんなことが現実に起きるはずないよなと、ほっと安堵のため息をつき、体を起こして伸びとあくびをして、いつも通りの朝だ。と、思ったと同時か、いや、コンマ数秒早く、俺の目の前にアノ子がいた。


 ((いい加減目を覚ませ俺!!うおぉぉぉぉぉぉぉ!!))


 だがしかし、目をこすってもその存在はあり、顔をつねっても痛い、これはかなりリアルだ。夢ではないのか?いや、こんなことが現実に起きているだなんて、そんな非現実的なことを俺は絶対に認めない。また悪夢を見させられているのだ。


 『あっ!やっと起きたぁー!おにぃーちゃんっ』


 そう言って、俺に抱きつく女。あまりの勢いで、そのまま後ろに倒れた。


 「はっ…うぁわっ!んぐゅ…!?!?」


 俺は間抜けな声がでてしまった。なぜなら、そいつは、何も衣服をまとっていないその体を俺に何の躊躇もなく抱きついてきた。いや、抱きつくというより体当たりをしてきたと言ったほうが正しい。体当たり女は、俺の顔面に柔らかい何かをぶち込んできた。


 『おはよ~おにぃーちゃんっ!』


 まるで、言葉の後に音符マークがついてくるようなトーンで話しかける女。


 「((・・・い、いき、息が、くるしい))…あ、んっ、はなっ・・・ちょ、おま…っはぁ…」


 『きゃ…ぁ、くすぐったいよ、ふははっ…ははっ。お、おにぃーちゃん…そんなに妹に飢えてたんだ。もう、仕方ないなぁ…』


 「…ちょ、ちょっと、なにすんだよ!いいから離れろ!ってか、お前誰だよ!どこから入ってきた!?昨日ちゃんと戸締りもしっかりしたはず…いやいやいや、何話しかけちゃってんだよ俺!これは夢だろ!そう夢だ!夢なんだ!」


 ((この悪夢はいつまで続くんだよ…))


 『イーーーーヤっ!!離れないーーーー!!誰とは何?誰とは!!やっと逢えたんだよ!?もうテレカクシなんてしなくていいのにー!それに、ホントは妹に興奮してるくせに!おにぃーちゃんだって妹に会えて嬉しいくせに!まだ寝ぼけてるのかな~?おにぃーちゃん、これは夢じゃなくて現実だよー!』


 ((おい!俺!早く目を覚ませ!!!))


 『あっ!夢みたいで信じられないくらい嬉しいってことか!まぁ、無理もないか~、だって、やっと会えたんだもんね~、最初は戸惑うよね~、でも大丈夫だよ!ノープロブレムだよ!』


 ((もしかして!まさかとは思うが、俺、いま、生死をさまよっているのか!?生死をさまよっているとき、こんな夢をみるのか!?))


 『それにしても…ふふふ。おにぃーちゃんのカラダに触れることができる…(ニヤリ)昨日の夜はー、いっぱい抱きしめてくれたり、妹のパンツ見てー…(ニヤリ)おにぃーちゃんったら、妹の体にあーんなことしたり、こんなこともー・・・』


 女は、ニヤニヤしながらぶつぶつと呪文を唱えるかのように何かを言っている。狙った獲物が手に入り、これからどうしてやろうかなと考える過程を楽しんでいる気持ちが溢れ出てしまっている。気持ち悪い笑みと、息を荒々しくしながら俺をじっくり観察している様子が、もはや、恐怖を感じるほどだ。俺はコイツに殺されるのかもしれない、本当に生死をさまよってしまっているのかと怯えていた。

 

 突然、女は俺の体をまたいだまま立ち上がり、こう言い放った。


 『お前の妹だ!つまり、お前はこの妹の兄だ!』


 ((・・・は?…はぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?!?なんだこの夢…。どんな夢を見てんだよ俺!))


 夢だとわかってはいるが、一応否定しておこうと思った俺は、


 「さっきから”お兄ちゃん、お兄ちゃん”って、誰と勘違いしてんのか知らねぇーけど、俺はお前の”お兄ちゃん”ではない!そして、お前は俺の妹ではない!そもそも、お前のことなんか1ミリも知らない。帰れ。」


 『・・・。おにぃ…』


 「ではない。」


 『もう一度だけ言う!お前の妹だ!兄と妹の関係だ!』


 「だから、違うって言ってるだろ!」


 俺は、今起こっていることが現実か夢かより、早くこの状況を終わらせることに必死だった。悪夢からの解放にはコイツを追い出すしかないと考えた。


 「はぁ…。あと10秒待ってやる。ゼロになる前にアノ扉から外へ出て行けば、この出来事は全部なかったことにしてやる。10、9、8・・・」


 『追い出すのか!?』


 「追い出すも何も、ココは俺の部屋だ。住人は俺一人だけだ。そもそもお前は不法侵入者なんだよ。一緒に住んでる同居人みたいな言い方するな。」


 女は俺を大きな瞳でギロリとみつめた、、、のではなく、おそらく睨み付け、黙って、扉から出て行った。


 <バタン>


 「3.2.1・・・、はぁ…。もう、わけわかんねぇよ。なんだったんだ?疲れた。変な汗かいたわ。はぁ…。」


 ベッドに倒れこみ、目を閉じる。



 次に目を開けると、午前11時30分。

 昨日までの仕事の疲労と、ここのところ睡眠不足が続き、さらに、さっきの出来事で俺の体が悲鳴を上げている。今までにないカラダのだるさ。まるで自分の体ではない感覚。すごく気分が悪い。さっきの一連の騒動があり、今この瞬間すら夢の中なのか現実なのか、もうわからなくなっている。頭がぼーっとして、働く気が全くない俺の脳みそ。とりあえず、この気持ち悪さを流したかった俺は、まずシャワーを浴びることにした。


 シャワーをさっと済ませ、新しい部屋着に着替える。さっきのペットボトルの水をもう一度体へ流し込む。体内の熱を外へ外へと出そうとする体からは、汗がこれでもかというほど出る。これでは、シャワーを浴びてもほとんど意味がなくなってしまう。だが、今の俺はそんなことよりも、さっきの出来事をきれいさっぱり消したかったため、働かない頭と体に鞭を打ち、ぐちゃぐちゃになっているベッドシーツをベッドから取り外し洗濯機にぶち込んだ。いや、本当はゴミ箱へ捨てたい、捨てようとした。だが、これは新品なのだ。さらに、一昨日変えたばかり。そんなときに事件が起きた。昨日も、今日も、とことんついていない。まぁ、そんな日もある。


 俺はあまり深く考えないタイプ。考えても仕方がないからだ。そんな俺でも、今回の事件に関して、こんなに引きずっているとは認めたくないが仕方ない。俺は、さっきの女の子のことを無意識で考えていた。いや、この言い方では誤解をされるので言い方を変えよう。フリーになる前に勤めていた会社で出会った先輩が、頭の片隅から登場した。そして、俺は、さっきまで繰り広げられていた光景を思い出したら、なんだかおかしくて鼻で笑った。


 「現実にあんな幼児いないよな((笑))」


 洗濯機が洗濯が終わった合図を鳴らす。きれいに洗われたベッドシーツを干して、時間を確認すると現在12時40分。喉が渇いた俺は、ペットボトルに入っている残りの水をゴクゴクと飲んだ。お腹が空いたから何か食べようと冷蔵庫に向かおうとしたその瞬間、めまいに襲われた。


 「う、頭いてぇー…。」


 俺は体に力が入らず、その場に崩れた。目の前がだんだんぼやけていく。

 

 ((なん、だ、これ…。力が、はいら、ない…。はぁ…。))


 俺は意識がもうろうとする中で、こんな時に何故か、先輩との記憶が頭の中で流れ出した。


 ((せん、ぱい・・・?))


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