俺のシスコンレベル

 いつも通りの朝、いつもと同じ朝食、毎日決まっているルーティン。だが、今日の俺は違うのだ。妹の部屋を整理するため、ついに例の”魔の部屋”へ入る、予定だ。


「あぁ、本当に、いいのかなー、でも、いつまでもこのままにしておくわけにはいかないからなー。でも、虫とか湧いたてたら嫌だなー、あー、行くのか俺、行けないのか俺、頑張れ俺、扉を開けて一歩踏み出せ俺、」


 かれこれ1時間経った。

 未だ入れない俺は、魔の扉の前でぐずっている。もちろん、先輩や妹さん親友に手伝ってくれないかと声をかけようかと思ったが、妹のプライバシーを考えたらできなかった。これは俺が一人でやるべき事だと思ったからだ。でも、実際やろうとしてはみたものの、ただ、ドアを開けることすら躊躇しビビっている。


「マジで怖い・・・なにもない、はずだし、なんでこんなに怖いのかもわからなくなってきた、よし、もう開けよう、自分の部屋に入る感じで開けよう、うん、なんかできる気がしてきた。階段上がって、俺の部屋の前、はい、ドア開けます。はい、開けて入る・・・入った、ほら、なにも、な、い・・・!?!?!?」


 俺は、静かにドアを閉めた。


「・・・今の何、俺の幻覚?うん、そうだよ、ははは、」


 俺は、恐る恐るもう一度ドアを開け、部屋の中を見た。やはり、これは現実だ。


((な・・・なんだ、この部屋・・・どこを見ても、”俺”がいる。”俺”しかいない・・・なんか気持ち悪くなってきた・・・撤退しよう。))


 俺は、リビングへ行き、冷蔵庫からキンキンに冷えた麦茶を取り出しコップに注がずにそのまま一気に飲み干す。

 あの部屋で起きた例の事件の記憶も思い出してしまった。


「はぁ、はぁ、はぁ・・・アレは俺の意志じゃない!妹と血が繋がってなくてもダメだ!んなことわかってますよ!てか、時効だろ、それに、妹は、・・・俺の妹は、もういないんだよ!クソがっ!!」


 俺は、冷蔵庫にもたれ掛かりその場に座り込んだ。


「クソ・・・」


 この後、俺は無心になって妹の部屋へ入り、カーテンを開けて窓を開け埃をかぶった部屋を綺麗にした。掃除をしていると、色々出てくる。一緒に出掛ける時は必ず撮っていた俺の全身写真、これまで俺がプレゼントしたもの、俺が着なくなった服は自分でリメイクしたのか、ポーチや鞄、髪飾り、繋ぎ合わせたワンピースになっていた。行方不明だった部屋着もあった。


「こんなに、」


 布団を片付けている時だった、枕カバーを外すと、中に入っていた何かが床に落ちてしまった。


「ん?なんだ?」


 落ちたのはノートだった。開くと最初のページに”お薬手帳”と手書きで書かれていた。その中を見ると薬の種類と飲む時間が記されている。最初のページと最後のページを比べると一日に飲む量が増えていることが明らかに見てわかる。


「こんなに、」


 それは、妹が生きた証そのものだった。ただ、緊急搬送されてから妹の容態は常に不安定でいつ死んでもおかしくない状態が続いていた。その頃から、痛みを和らげる緩和医療に切り替えたため、記入はその1か月前で終わっている。


「全然気が付かなかった俺は、本当にバカだな・・・今更、こんなもの見つけたって何の意味もない、こんなことなら、もっと早く・・・あー、クソっ!」


 俺は、妹の部屋の掃除を終えても、妹への謝罪の気持ちはしばらく続いた。


「こんな兄貴の、どこが良かったんだよ、」


 この日を境に、妹の部屋へ入ることは日課になった。カーテンを開け窓を開けて空気を入れ替える。

 部屋に貼ってあった俺の写真は、申し訳ないが、流石に気持ち悪いので全てシュレッダーで処理した後捨てた。

 

「生きている時に、何もしてなかったくせに、今更兄貴感出すなって思うよなー、ホント、俺、・・・サイテーだわ、」


――――――


 数日前、妹の部屋を掃除してから、ずっとモヤモヤしていたものが少しずつ消えていた。

 その頃から、仕事も少しずつ軌道に乗り始めた。社員は変わらず仕事好きの4人でやっている。人手が欲しい時は、その時単発や短期で雇う時がある。単純な雑務だが、雇う以上しっかり仕事をやってもらいたいので、面接、適正と条件も双方の納得のいく人間を雇うことに十分気を付けている。というのも、求人募集を始めて一発目が最悪だったからだ。この苦い経験をした4人はその後の会議で改善すべきだと同意見だったこともあり、今の形になった。

 対象年齢は成人していること。学歴・資格・経験は問わないがあれば考慮する。その他PRがあれば考慮する。住所、電話番号・・・

 来月はスケジュールがかなりハードだ。そのため求人を募集した。午前中面接に来た2人、これまで面接してきた中でもかなり優秀だとみんな感じていたようだった。


「面接した2人、なかなかでしたね。」

「今回のテーマは?」

「動物です。」

「よし、出張しよう!」

「・・・((絶対言うと思った。))」

「・・・((また突拍子もないことを))」

「やったー!・・え?出張ですよ?お二人は嬉しくないんですか!?」


 俺と、妹さんは、顔を合わせた。


「私はパスで、」

「俺も、今週末は・・・すみません、」

「えー!?出張ってことは、自腹じゃないんですよ?経費で落ちますよ?ね?」

「もちろん経費だ!・・・なぁ、行こーぜ、今週末3連休だよ?これは行くしかないでしょ?ん?」

「今週末は、プライベートの先約があるので、無理です。」

「私も、右に同じです。」

「そんなぁ~・・・社長と二人きりで出張かぁ~、」

「・・・そんなに嫌がられると、さすがに傷つくぞ!?」

「まぁまぁ、この話はまた改めて、仕事に戻りましょう。」

「あ、あぁ・・・。」

「じゃぁ私、銀用行ってきまーす。」

「はい、気を付けてー、」

「行ってらっしゃいです!」


((親友ちゃんは、なんだかんだ、社長のお供をするんだろうなぁ(笑)))


 そんなことを思いながら、社長にアイスコーヒーを渡す。


「プライベートって言えば、それ以上こっちが誘えないことを知ってて使ってるところ、ホントずるいよなー、」

「ホントにプライベートの予定が入ってる時もありますよ。今週末は本当です。」

「妹か?」

「・・・はい、」

「それなら仕方ないな。」

「ありがとうございます。」

「・・・おっ!なぁ、俺すごくいい事思いついた!」

「な、なんですか・・・((嫌な予感しかしない。))」


 俺の予想は的中した。


「妹さんも、みんな一緒に行けばよくない?」

「・・・そ、それは、ちょっと、無理があるかと、」

「後は、俺の妹をどうにか・・・」

「俺の話聞いてます?」


 こうなると、社長は止まらない。止められない。


――――――週末明け後日


「結果、行って良かったでしょ?」

「社長と二人きりにならなくて良かったです。」

「私は、別に。((兄よ、限定コラボグッズをゲット出来た事は感謝しよう。))」

「まぁ、結果的には、((妹と過ごせたことに変わりないしな。))」

「ってことで、今週もがんばろー!まずは、面接した2人の結果発表から、」


・・・・・・


 今日も一日が終わり帰宅。


「ただいまー、」


<おかえり、おにぃちゃん、>


 俺は、あの日を境に妹の声が聞こえるようになっていた。もちろん、世間一般でいう”幻聴”ということはわかっている。でも、俺にはそんなことはどうでもよかった。姿は見えないが妹の声が聞こえるだけで、安心している自分がいたのだ。

 妹の声が俺の妄想でも、願望でも、俺にとって心の安定剤であることに変わりないのだ。

 <おかえり、おにぃちゃん>だけだった声が、徐々に会話が成り立つようになったのはしばらく経ってからだ。その頃から、俺はその日あったことや、会社の皆のことを話すようになった。

 今の俺を傍から見たら、ひとりで喋っている中年のおっさんだ。かなり不気味で、近寄りたくない関わりたくない人間に見えるだろう。なので、家の中限定である。


「週末行くはずだったデートのことだけど、今月末でもいいかな?」


<・・・うん、>


「急に予定変更になって、ホントごめんな、今度は何があっても断るから、」


<・・・楽しかったから、気にしないで、>


「ありがとう、デートプラン一緒に考えような、」


<・・・おやすみ、おにぃちゃん、>


「・・・おやすみ、また明日な、」


 妹の声は、深夜0時になると消える。

 俺は、この瞬間が一番寂しい気持ちに襲われる。それでも、また妹と話したいと思っている自分がいる。

 俺は、妹が死んでから、シスコンに拍車がかかり、今ではすっかり、


「俺、いつの間にかシスコンレベル、先輩以上かもな・・・」




<妹のブラコンが異常な件について、ちょっときいてくれないか。アフターストーリー 完>


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妹のブラコンが異常な件についてちょっときいてくれないか。 我琉 澪 @GaRLe

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