戦力外社畜の這い上がり

 初回の妹の墓参りから3か月が経とうとしていた。あの後も、ほぼ毎日行きそのたびに毎回泣いた。泣いても泣いても枯れない雫を妹は受け止めてくれた。その頃から、俺に変化が起き始めた。”働きたい”という気持ちが出てきたのだ。そして、俺は再び社会復帰をすることを皆に誓い、部屋も自分も心を入れ替える生活を始めた。

 再就職するため中途採用の応募をしている会社に片っ端から応募し面接を受けた。当時の俺は辞めることしか考えられず結果辞めたのだが、その決断も今は後悔はしていない。

 とは言うものの、再就職の難しさを想像はしていたが世間はやはり甘くはなかった。厳しい現実を突きつけられ折れる寸前、いや、もう折れているかもしれない俺は妹の前で蹲っている。


「やれることはやってる、まぁ年齢で切られてる可能性もあるけど、それはもうどうしようもないからなぁ・・・どうしたらいいの?誰か教えてくださーい!」


 こんな兄に妹だったら、なんと声をかけてくれるだろうか、そんなことばかり考えてしまう自分が情けなくて嫌になる。もう、妹は答えてくれないとわかっているのだが、仏壇に置いてある妹の写真を見て、救いの言葉を求めてしまう。


「不採用通知が届くたびに、落ちぶれたおっさんはもう社会に必要ないって、言われてる気がする。俺は、もう働けないのかな、社畜希望でも誰にも必要とされないのかな・・・はぁ、結婚して専業主夫になろうかなー、専業主夫募集してないかなー、」


 全敗中の俺は、モチベが下がり身動きが取れなくなってしまったので、再就職活動を一旦休み資格を取る方へシフトチェンジした。と言っても、仕事で必要な資格は既に持っているものがほとんどなので、今回は興味のある資格を取ることにした。

 久々に勉強をするが、これが思った以上に楽しい。仕事をしていないので、勉強時間は好きなだけ取れる。自分にとって勉強時間が仕事の代わりになっているのかもしれない。その日から、受験生と同等かそれ以上に勉強時間が1日のほとんどを占める生活になった。

 朝起きて、軽食を食べ、妹にも同じご飯を用意しお線香をあげる。その後、勉強を始める。お昼を食べ終えたら1時間休憩と気分転換を兼ねて、映画鑑賞や読書、散歩、雨の日は掃除などをする。1時間の内、昼寝を15分してから午後の勉強開始。休憩を入れながら夜7時頃まで勉強したら、お風呂に入ってご飯を食べ、妹に線香をあげる。寝る前の勉強は1時間だけと決め、終わったらそのまま寝るか読書をして大体24時には寝る。こんな感じのスケジュールで資格の勉強に没頭する毎日を過ごした。そして、全ての試験を無事合格し資格を取得した。


「終わりかー。なんか物足りない、」


 気が付けば、約1年経っていた。この期間に、先輩から何度か連絡があり、とある誘いがあったがその時は資格の勉強が楽しくて断っていた。無事、資格を取得したことを先輩に連絡したら、聞いて欲しい話があると連絡があり、後日家に先輩が来た。


「久しぶりー。」

「ご無沙汰してます。お元気でしたか?」

「おう。お前は人間に戻ったな、安心したよ。」

「その節は、大変お世話になりました。」

「妹たちも、お前がどうしてるか心配してたよ、返事は帰って来るから生きてるだろうって、」

「生きてますよ。」

「前置きはこのくらいで、本題いいか?」

「はい。」


 先輩は、座り直して俺をまっすぐ見たので、俺も改めて座り直し先輩を見る。


「俺と一緒に、会社、創らないか?」

「・・・えっ!?」

「前に誘っただろ、まぁ、その時はフラれたけど。てか、なんで驚くんだよ、」

「いや、あの話、本気だったんですか?」

「冗談だと思われてたのかよ・・・まぁ、いいや、本気だよ、本気で言ってる。」

「すみません。でも、なんで俺なんか、」

「俺なんかって言うなよ、俺が見る目無いってことになるぞ。」

「いや、そういう意味ではなくて・・・あの、これは話すことじゃないと思うんですけど、この際なんで言います。」

「なんだよ、」

「俺、再就職全滅です。中途採用の年齢もギリギリだし、ブランクがあるのも仕方ないと思うんですけど、ゼロです。俺を必要としてくれる会社はどこにも無いんです。」

「だから、なんだ?」

「だから、俺なんか、働く資格がない・・・戦力外ってことです、」

「働く資格がない?働くのに資格なんかいらねぇだろ、」

「いや、そうなんですけど、そうじゃなくて、えっとー、」

「世間がどうとか関係ない、俺はお前と会社創って一緒に働きたい、ただそれだけだ。お前が俺と会社創ることが嫌ならこの話は終わり、どうする?」

「嫌なわけ、ないです。」

「じゃぁ、決まりだな。」

「ちょっと、待ってください。まだやるとは言ってないです、」

「断らないってことはやりたい気持ちがあるってことだろ?働きたいから就職活動諦めてないんだろ?」

「それは・・・」


 先輩の言っていることが図星で俺は何も言い返せない。


「雇ってくれる会社探すより、自分で会社創った方が早いだろ。」


 俺だって、いつか独立したいという夢はずっと持っている。けど、現実的に考えて、そんな簡単に会社を創れる気がしない。というか、今の俺にそんな自信は皆無だった。


「てか、先輩、今務めてる会社はどうするんですか?」

「今の会社?俺、今フリーだよ。あれ、言ってなかったっけ?」

「フリー?会社辞めたんですか!?なんで?どうして!?」

「お前が辞めた後、しばらくして色々あって辞めた。いつか独立したいと思ってたし。俺もこの2年間くらいは会社創るための準備とかしてたんだ。」

「そう、ですか・・・」

「で、どうする?このまま落ちぶれたおっさんのまま生きていくか、それとも、ピンチをチャンスに変えるか。お前次第で未来のお前は天と地の差だぞ。」


((天と地の差・・・))


 先輩のその言葉を聞いた俺は、未来の俺を想像して考えて考えて考えた。

 先輩と作った会社が倒産する可能性もあるが、落ちぶれたままのおっさんより100倍マシな未来だと思った。そして、俺は覚悟を決めた。


「賭けかもしれないけど、やりたいです。先輩と一緒に、会社創らせてください!」

「よし!決まりだな。」

「万が一倒産しても、また創りましょう!」

「いや、倒産する前提かよ(苦笑い)。」

「先輩、有り難うございます。」

「礼は成功してから言ってくれ。じゃぁ、詳細については後日改めて。」

「はい。わかりました。」


 俺は、救世主である先輩のお陰で、無職の落ちぶれたおっさんから社畜へ戻れる希望が見えた。さらに、俺もいつか独立したいという夢まで叶ってしまった。

 こんなことがあっていいのだろうか、不幸なことが起こるのではないかとあれから日々ビクビクしながら生きていたが、特に悪いことは起きなかった。


――――3年後


「行ってきます。」


 あの日あの後、俺は本当に先輩と会社を創って、気が付けば3年経っていた。肩書上は先輩がCEO、俺がCOOになった。そして、驚くことに先輩は妹さんを秘書、妹の親友を顧問弁護士として迎い入れた。俺がこの事を知ったのは会社設立日だ。3人に「サプライズ!」と言われた時は開いた口が塞がらなかった。まぁ、先輩が何か隠していることは薄々勘づいていたが、悪いことに介入している感じでは無かったので聞かなかった俺の自業自得なのかもしれない。

 妹さんは秘書として文句のつけようがないほど優秀である。妹の親友が過去インターン生の頃の人物と同一人物と信じるまでに1年は疑った。双子の片割れか二重人格かその類かと思ったが紛れもなく同一人物だった。

 現在、社員はこの4人だけで運営しているのだが、今後社員が欲しいと思った状況になったら雇う予定だ。


((さて、今日も”社畜”やりますかー、))


 オフィスはアパートの一室を使っている。理由は、皆の通勤距離が同じくらいで、家賃が安い1LDKを条件に決めた結果だ。そして、万が一自宅でトラブルがあった場合、寝泊りができるようにという妹さんと親友からの提案で決めた。俺と先輩は盲点だったのでとても納得した。

 俺は徒歩か自転車で通勤している。今日は、天気が良く午後用事があるため自転車で出勤した。


「おはようございます。」

「おはようございます。」

「今日の打ち合わせ、13時からに変更できますか?」

「承知致しました。」

「今日は、16時で失礼します。」

「承知致しました。失礼致します。」


 今日は、妹の命日なので早く退社する。社長は毎年「有給使って休んでいいよ」と言ってくれるが、流石にまる一日休めるほど、まだ会社は軌道に乗れていない。会社が黒字で、俺が社畜でいられる今、俺は働きたいのだ。先輩と創ったこの会社を倒産させないためにも、俺は今日も社畜でいたいのだ。


<コンコン>


「失礼します。」

「お疲れー、」

「お疲れ様です。」

「これ、妹ちゃんにプレゼントー」

「ありがとうございます。」

「あと、俺、明日から3日間不在だから、任せましたよー副社長、」

「妹さんのパシリでしたね、」

「イベント最終日らしい。一人一個貰える特典が妹の推しみたいで、その付き添い。」

「社長もちゃんと有給休暇消化して頂かないと、周りが取りにくくなるのでこの際1週間くらい取ったらいいんですよ。付き添いついでに、旅行楽しんできてください。お土産期待してます。」

「おー、頼もしいな、副社長。」

「今月はスケジュールに余裕を持たせているので、万が一、トラブっても対応できます。」

「流石!俺、いらなくなっちゃうなー、」

「いなくなったら困りますよ!突然辞めたりしないでくださいね!?」

「俺が辞める時は、お前も道ずれだな。」

「なんでですか!?俺は辞めませんよ。」

「じょうーだん、冗談!」

「冗談って言いましたからね!?後で、とぼけたりしないでくださいよ?」

「しないよ、じゃ、そろそろ打ち合わせ始めますかー、」

「はい。」


 社長の旅行というのは仕事でもある。特に地方や田舎は大手企業に手を出される前に情報を得て、コンペ争いを避けて仕事を頂ける機会が多くあるのだ。妹さんは、趣味のイベントを楽しみつつ、しっかり秘書の仕事もこなしてくれる。

 先輩たちとは長い付き合いになるが、全く頭が上がらない。

 

――――16;00


「お疲れ様です。お先に失礼します。」

「おう、妹ちゃんによろしくー。」

「疲れ様でした。」

「お気をつけて、」


 俺は退社し妹に会いに行く。今日は両親も来る予定だが、本当に来るかは行ってみないとわからない。でも、今日はきっと来る。そんな気がしている。

 俺は、行く途中で妹が好きだったものを買ってから会いに行く。

 

「これでよし、行きますかー、」


 妹の墓石へ行くと俺より先に夫婦の姿があった。


「久しぶり・・・」

「お兄ちゃん。」

「あぁ、久しぶり、元気だったか?」

「うん、元気だよ。今日は来れたんだね、」

「今日から1週間こっちで休暇を取ることにしたんだ。」

「お家にも帰っていいかしら?」

「もちろん、妹も喜ぶよ。」

「ありがとうな。一人で辛い思いをさせて悪かった。本当に申し訳ない。」

「お兄ちゃん、ごめんなさい。」

「もう、二人とも妹の前で、そんな顔しないで、」

「きっと、お兄ちゃんがあなたで、あの子は幸せだったと思うわ。」

「そうだな、きっとそうだ。」

「・・・そうだといいな、」


 妹の墓参りを終えた後、生前、妹と最後に行ったレストランに両親を連れて行き食事をして他愛のない会話をした。料理は変わらず美味しかった。両親も喜んでくれた。その場に妹も一緒にいるようなそんな気がした。

 帰宅し、仏壇の前で両親は泣いていた。きっと、墓参りの時からずっとこらえていたのかもしれない。俺は、風呂を沸かし両親の寝具等を用意し、部屋に戻った。


「そうだ、みんなに報告、」


 妹に会いに行ったら必ず皆に報告するのは我が社のルールだ。ちなみに、俺の次に多く会っているのは親友だが、まだ負けていない。


俺>お疲れ様です。

  妹の墓参り行きました。

  両親も来てくれました。


するとすぐに、皆からレスポンスが来た。


社長>プレゼント渡してくれたか?

   明日から3日間よろしく頼む。

   緊急事態の時はすぐ連絡しろよ。

秘書>帰ってきたら行きますね。

   明日から3日間、お暇頂きます。

   何かお困りのことがあれば、すぐ連絡してください。

弁護士>僕は明日妹ちゃんに会いに行きます。

    お二人ともお気をつけて行ってらっしゃい。

    3日間、よろしくお願いします。

俺>皆さん、ありがとうございます。

  @社長:渡しました。了解です。

  @秘書:楽しんでください。ありがとうございます。

  @弁護士:お願いします。頼りにしてます。


 リビングへ行くと、両親は居なかった。寝室を確認すると、二人はもう寝ていた。ドアをそっと閉め、リビングに戻る。


「俺もそろそろ寝るか・・・おやすみ、」


 妹にそう言ってから風呂に入り明日の荷物を用意してから布団に入った。

 今夜は、なんだかいい夢を見れそうな気がしながら眠りについた。

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