ラウンド2-2

「・・・」


『・・・』


 女の両眼からは、流れぬように必死に溜めていた雫が床にぽたぽたと落ちた。

 声を殺し泣いている女の荒い息だけが、静寂になった部屋に響く。


 こんな言い合いをしても、何の意味もないことはお互いにわかっている。だが、言ってしまった言葉が無くなることはない。吐いてしまったことをなかったことにはできない。たとえ、俺の記憶がなくて、この女のことを妹と認識できなくても、この女からすれば俺に言われた言葉は、俺が女から言われる『大嫌い』よりもっと深い傷を負わせてしまったのかもしれない。他人だろうが、家族だろうが、言っていい事と言葉にしてはいけないことはある。

 今更、このどうにもならない感情をどうしろと言うのだ。

 そもそも、俺の部屋から私物を盗む行為がなければ、こんなことにはならなかったかもしれない。盗んだ物が物だったのもあるが、他のモノだったら、この未来はなかったかもしれない。女が、どうしてこんなことをしたのか、何か理由があるのか、この時の俺は気がつけなかった。


 女は、妹は、床にしゃがんで鼻をすすって、泣いている。


((謝るのは違うよな・・・どうすりゃいい・・・))


『・・・ねぇ、おにぃ、ちゃん』


 妹が、先に口を開いた。

 下を向いていた顔を上げて、涙と鼻水でぐしゃぐしゃになった顔を見せて、


『あ、わら、し、おにぃ、にぃーちゃ、ん、がす、す、き、なのっ・・・』


泣きながら、途切れ途切れに言葉を発した、その単語たちを拾い、頭で文章を作る。


((わたし、おにぃちゃん、が、好き、なの))


このタイミングで、告白をされるとは、全く考えていなかった。

この妹は、いつも俺の予想しない反応をする。それで、俺の反応が遅れる。


「いや、それ、今じゃないだろ・・・っていうか、(この状況で、ふざけてんのか・・・)」


『だって、大嫌いって言っちゃったから・・・訂正、したくて・・・』


「それは、まぁ、でも、」


 妹は立ち上がって、俺に抱きつきながら言った。


『大嫌いなんて嘘だよ!』


「え、あ、おぉ・・・」


『大好きだよ!』


「わ、わかったから、落ち着けよ・・・」


『ほんとに?わかった?大好きって伝わった?』


「うん、もう、十分、伝わったよ?」


 俺は、この女、妹のことを許したわけではないが、いや、許せないことをされたのだが、今回の件ではっきり思い出したことがある。俺がこれまで、この妹とどういう関係性を築いていたのか、どういう対応をしたら面倒なことにならないのか。

 過去に、この状況になったことがあるようだ。記憶を辿って、俺の経験から感じるのは、「全てを受け入れろ」だ。


((まず、なだめるのが先だな・・・こうしてても、なにも解決しない。))


 とりあえず、ソファに移動して、座る。

 すると、妹が、俺の膝の上にまたがって向き合う形で抱きつく。


『・・・おにぃちゃんの大事なもの、勝手に持ち出して、ごめんなさい。』


((改めて、大事なものって言われると、すげぇー恥ずかしいな・・・隠し場所変えよう。))「・・・あぁ、俺も、勝手に部屋に入ってなかったのに、疑って、責めてすまん、」


 頬に何か柔らかいものが当たった。

 妹にキスされていた。


「だから、そういうことを、」


『仲直りのキスだよ?』


 さっきまであった妹の顔はどこへ行ったのか、イタズラの笑みを浮かべる女がいた。だが、その顔はすぐに妹の顔に戻る。


「・・・しなくても、仲直りしただろ。」


『えへへ、いいじゃん♪いいじゃん♪』


((このままだと、俺、マジで身が持たない・・・))

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