エンドロール 2
意識もはっきりしてきて、隔離されている病室から相部屋の病室へ移動が可能になったのだが、家族が今の個室を希望したため、個室で治療を受けていた。だが、そんなお金がどこにあるのか。もちろん、そんな大金は俺に用意できない。退院後、請求書がきたらどうしよう。両親が払っていると考えるしかない、そう信じたい。やはり、相部屋に移動したいと伝えるべきか。という、この不安も、後日解消された。
相手の弁護士が来て、色々話を聞いた。事故の被害者である俺の治療費やその他諸々は、加害者になってしまった相手が負担してくれるそうだ。詳しいことは、書類でとのことだった。
治療の経過も良く、安定してきた頃に、医者から奇跡的に助かったことや、どんな手術をしたのか、今後の処置についてなどを聞いた。
正直、事故当時の記憶が全く思い出せない。もちろん、俺に”妹”がいることは、全く覚えていない。
手術と治療をしてくれた病院を退院し、今後はリハビリをするのに近くのリハビリテーションセンターへ通院することになる。
((どれくらいで、元の生活に戻れるのかな・・・会社クビになったりしたらどうしよう・・・))
この先のことを考えると、不安で気分がどんどん沈んでくる。
俺は、自宅に帰れることが何よりも安心できた。ただ、この日から、俺の生活に大きな変化があった。俺に妹がいたという事実だ。他にも大きな変化というか、問題は色々あるのだが、俺の中で一番のビッグニュースは、”妹の存在”だ。
「ただいま・・・」
『おかえりなさい。』
「えっ!!・・・」
玄関を開けると、そこには一人の女が立っていた。
『妹の記憶だけ、全部失ってることは聞いてるから、気にしないでね。』
「あぁ、そっか・・・うん・・・」
((気まずい空気を感じているのは俺だけなのか?))
この女が、俺の妹らしい。さらに、俺は、この家で妹と二人暮らしをしているらしい。
両親は自由人で今は海外にいる。自分の息子がこんな状態でも、帰ってきたのは事故後に運ばれた時と意識が戻った次の日、たったの二回だけで、後はテレビ電話やメールでのやり取りだった。そんな自由すぎる両親より見舞いに来てくれていたのが、同居している妹と、会社の先輩だった。この二人は、面会時間のギリギリでも来てくれていたそうだ。
『おにぃちゃん・・・?』
「えっ・・・あ、なんでもないです。」
((・・・?))
妹が俺の手を取って、こっちで休もうと言ってくれた。俺は手を引かれるままに付いて行く。
俺は、妹の顔をまともに見ることができず、顔が視界に入らないギリギリのところで、妹に話しかける。
「あ、あの、色々、迷惑かけて申し訳ないです・・・」
『敬語じゃなくていいから、って言っても、おにぃちゃんからしたら、今は他人に感じてるよね・・・』
「すいません・・・」
『おにぃちゃんって呼ばれることに抵抗ある?』
「え、あ、まぁ、いや、そうですね・・・」
”おにぃちゃん”という響きが、なんだか、くすぐったいような、何処か落ち着かない感じがする。事実、俺はこの少女の兄なのだが、今は”例の相手”という感じしかしない。
『それとも、名前で呼んだほうがいい?(笑)』
((眼科に行ったほうがいいのかな、いや、むしろ脳検査?))
「い、今まで通り?・・・おにぃちゃん、で(笑)」
自分の手の甲をつねってみたが、イタイ。これは現実。
「お礼言ってなかったね。お見舞い来てくれてありがとうございます。」
『どういたしまして。』
「でも、毎日来てたって聞きましたけど、本当ですか?」
『本当ですよ?』
「・・・なんで、敬語?」
『おにいちゃんが敬語なので。』
「・・・タメ口で話したら、やめてくれますか?」
『はい、やめます。』
この娘は、どこか楽しそうに、嬉しそうにしている。
”例のアノ娘”と分かっているはずなのだが、どこか不思議と嫌な感じがしないのは、なぜだろう。やはり、”妹”であるからか。それとも、俺は”この娘”に興味があるのか?いや、もちろん下心なんてこれっぽっちもありません。と言いたいところだが、俺も男だ。一つ屋根の下で女性と暮らすというのは、いかがなものかと思う。たとえ”妹”であっても、今は他人という認識がある以上、俺の理性が保てる保証なんてどこにもない。”例の女”でも。
「あの、とりあえず、荷物を部屋に置いてきます。じゃなくて、置いてくる。」
『うん。』
((”あの妹”のことは全く覚えていないが、それ以外のことは覚えている・・・不幸中の幸い。))
荷物を片付け、ベッドに仰向けになる。
久しぶりの自分の部屋で落ち付きを取り戻す。
「本当に”妹”・・・なのか?」
と、疑ってしまう俺は、先輩に連絡をした。
退院したことと、お見舞いに来てくれたことへの感謝を述べる。そして本題の”妹”のことを相談した。先輩がお見舞いに来た時、”妹”に会ったことがあると言っていたことを思い出し、”妹””の写真を先輩に確認してもらったところ、正真正銘、俺の”妹”だと教えてくれた。
「”妹”って言われてもな・・・はぁ。」
これからも、今まで通り暮らすことを想像すると、俺にはリハビリよりハードルが高く感じた。
”コンコンコン”
『おにぃちゃん・・・大丈夫?具合悪い?』
「大丈夫・・・」
ドアを開けると、女が、俺に抱きつく。
((・・・これは、どういう状況?))
「あ、あの!?」
『ちょっとだけ、このままで、お願いします・・・』
「・・・えっと、あの、これはどういう?」
『充電中です・・・』
「充電って・・・((なんだよそれ・・・))」
『・・・思い出せないですか?』
「・・・ごめん。」
この時、俺はいきなり抱きつかれてわかったことがひとつある。痴漢される側の恐怖を理解できた、気がする。
世の痴漢している奴らの体が動かなくなってしまえばいいと思う。なんて恐ろしいことを考えついてしまった。まぁ、命までは奪っていないのだから許してほしい。
『急にされて不快だよね、ごめんなさい。』
女は、自分がしたことに反省している様子だったので、今回は見逃すことにしたが、今後もこんなことが日常になったら非常に困るので、俺は言った。
「今後は、控えてもらえるかな?」
『・・・うん、わかった。』
また、女との距離と雰囲気が振出しに戻った。いや、以前よりマイナスになったかもしれない。
そう感じていたのは、俺だけかもしれない。
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