インターバル ーinシスコン先輩家ー

 今、俺は先輩の家にいる。

 俺、先輩、先輩の妹という謎メンツで、リビングで3人仲良く?ゲームをプレイ中だ。先輩の妹と顔を合わせるのは、事故前に先輩の奢りで蕎麦屋に行った時、偶然会った以来だ。


『アイテム使ってバカ、今じゃないバカ、左じゃなくて右だよバカ、』


『えぅ・・・すまん、あぁ・・・』


『うーわ、また死んだの⁉ねぇ、ちゃんと練習してた?』


((この数秒の会話で、3回もバカって・・・))


『したけど、』


『バカ、そこにいたら邪魔だよ、』


 俺が呼ばれた理由は、ゲームが得意だからではない。妹さんが「チーム戦でプレイしたいけど、1人足りないから誰か呼んで欲しい。」とのことだった。ただそれだけの理由で俺は呼び出された。普段ゲームをしない俺を呼ぶのはどうかと思ったが、こういう時に呼べる仲で、近場で今すぐ来れる人間が俺しかいなかった。つまり、俺は都合の良い存在、ただそれだけで選ばれたのだ。

 日頃、自主的にゲームをしないからこそ、今日は夢中にやってみるのも悪くない。楽しめばいいくらいの軽い気持ちで参加したのだが、その生ぬるい気持ちは、今はどこにもない。妹さんは、ガチ勢だったのだ。今日まで、このゲームにたくさんの時間を費やしたのだろうと素人の俺が分かるほど、コントローラーを操っている。まるで、自分の体の一部のようだ。

 ゲームを始めてからの妹さんは、俺の知っている妹さんではなかった。


『これでどうだっ』


『致し方無い、こうなったら奪うか・・・』


『兄貴、そのアイテムあたしに渡して。代わりにこれ使って逃げてて。あ、死んだら〇す。』


((妹さん、普段”無”じゃなかったっけ!?ゲームプレイ中、人格変わってません?ギャップが・・・いや、本当はこっちが・・・やっぱ、女って怖いわ・・・))


 今回プレイしているゲームが、運よく俺にセンスがあったようで、コントローラーの操作を少し練習したら、思いのほかできた。妹さんに、「初めてにしては、いいと思います。」と若干上から目線で褒められた。

 ゲームのルールは、基本がわかれば(ほとんど、妹さんが活躍)俺でも進められた。コントローラーの操作を覚えれば基本的に誰でもできるゲームだ。ある人物は例外なのかもしれない。先輩は、苦手だったようで、妹さんに度々怒られていた。


 ((俺が先輩と同じ失態をしていたら、どんな言葉を俺に浴びせるんだろうか・・・))


『・・・はぁ。だから、兄貴とゲームしたくないって言ったのに、』


『本当にごめん・・・』


 ((先輩、もうこれ以上見てられないよ・・・適当に理由つけて帰りたい。))



 時を巻き戻し、5時間ほど前・・・

 

 今日はいつもより遅いAM9時に起きた。

 原因は、昨夜、女(妹)に付き合ってホラー映画を3本観ていたからだ。2本目の途中から、眠気に負け俺の意識が飛びかけると、その度に女(妹)に起こされた。観賞後、ベッドに入ったのは深夜3時過ぎ。10分もしないくらいで眠りに入れたのは、疲労とホラー映画の内容をあまり覚えていないのが幸いだった。


 リビングへ行くと、テーブルの上にハート型の紙が置いてあった。


  ”おにぃちゃん、おーはよっ!

  声かけたけど返事がなかった・・・

  これ読んだら一報してね!絶対!

  妹は、日帰り旅行に行ってくるよー!

  お土産買ってくるね!

  昨日はありがとぉー!

  御礼に冷蔵庫に入ってるプリン食べていいよー!

  PS 妹の部屋は覗かないでね!絶対だよ!”

 

「旅行・・・?そういえば、昨日言ってた気がする。ふぁ~・・・」


 一応、女にメールを送る。いつもなら秒で既読になるのだが、旅行中だからか、しばらく既読も返信もない。

 今日は、ほぼ一日、女がいないということだ。

 まさか、こんな日が来るとは、夢にも思っていなかった。

 俺は、とてつもない開放感で空を飛べそうなくらい体が軽く感じる。


「自由だぁぁぁ―!!」


 ソファに寝転び、誰にも邪魔されず、リビングを独り占めできる。

 漫画と飲み物とつまみを用意したら、今日ここで好きなだけぐーたら過ごせる。

 今まで、よく我慢できたな、俺。嬉しくて泣ける。


「あぁー・・・さいこー・・・」


 あっという間に時間が経ち、時刻はPM1時を過ぎていた。

 お昼ご飯を作って食べるか迷っていた時だった。

 スマホが鳴った。


「1人の時間を有意義に・・・先輩か、なんだろう?」


 女(妹)からの返信かと思っていたところに、先輩からの連絡でほっとしたが、文面を見て今度はため息をつく。


 ((これは、なんだか嫌な予感が・・・))


先輩>大至急、俺の家に来てくれ・・・


 正直、迷った。今、俺は妹から解放されている”夢のような生活”を過ごしているのだから。だが、仕事に復帰する前に、先輩と会う約束もしていた。これは、「今日、会うのだ!」と神からの指令なのかもしれないと思った。

 俺は、苦渋の選択に迫られ、震える手で返信をする。


俺>わかりました


先輩>事故るなよ


俺>その時は( `・∀・´)ヨロシク


先輩>お前が言うと、マジ笑えねぇから!

   本当にすまん!!


俺>リハビリに丁度良いので気にしないでください

  じゃ、後ほど


「あー!なんで、このタイミング!?なんで、今日なんだよ!」


 なんとなく、妹さんのことで何かあるのだろうと勘がさえている俺だった。

 最後に先輩の家に行ったのは、あの事故前になる。1年も行ってないとなんだか緊張してしまう。

 今日は天気が良く、風を切ったら気持ち良いだろうと思い、自転車で行くことにした。俺は、部屋着から適当な私服に着替え、スマホと財布、自転車のカギを持って出かける準備をする。テーブルの上にあった妹からの置手紙の裏に、先輩の家に行っていることを書置きした。あえてメールしないのは、旅行を楽しんでいるところを邪魔したくないと思ったのと、なるべく、俺からアクションを起こしたくないと思っているからだ。今日は、今日だけでも、女から解放されたい俺をどうか許してほしい。


「電機消した、カギ持った、スマホと財布、オッケー。よし、行くかー、」


 お昼を食べ損ねた俺の腹は、自転車を走らせている間に何度鳴っただろうか。


((先輩におごってもらおう。ラーメンなら先輩も断れないはず、))


 休日の昼下がり、この時間に外出したのは久しぶりだ。仕事をしていた時は、先輩とよく一緒に昼ご飯を食べた記憶を思い出す。昨日のことのように思い出せる。仕事の話も、どうでもいい話も、シスコン拗らせ話も聞いていた。


((今の生活も、仕事に復帰できるまでのもう少しの辛抱だ。))


 町中に並ぶ飲食店が放つ、食欲を掻き立てる美味しそうな匂いが鼻腔を通り、俺の脳が過剰に反応する。腹が減っている今の俺にとっては、拷問だ。

 

 自転車にしたのは正解だった。思った通り、風を切って走っるのは気持ちよかった。


 20分くらいで先輩の家に着いた。

 部屋番号を打ってインターホンを鳴らす。


『はい。』


「先輩、」


『今開ける。』


 エントランスの自動ドアが開き、自転車を転がしながらエレベーターに乗る。先輩の部屋がある5階のボタンを押す。

 

((とりあえず、何か食べたい・・・))


 5階にエレベーターが止まる。先輩の部屋の前に自転車を置かせてもらい、部屋のインターホンを押す。

 ドアが開いて、すぐに先輩が、”ごめん”の意味を込めて顔の前で左手を挙げた。


『悪いな、せっかくの休日に呼び出して、あがって、』


「お邪魔します。」


 リビングへ行くと、妹さんがいた。妹さんがいることを事前に聞かされていなかった俺は驚いてしまった。服装にも、内心ドキッとしてしまった。目のやり場に困る俺は、パチパチと瞬きを数回しながらも、ちゃんと妹さんの方をみる。彼女の色気なのか、服装のせいなのか、この際どっちでもいい。俺は動揺したのがバレないように、挨拶をする。


「こん、にちは、お邪魔します、」


 若干声が上ずってしまったが、やり通す。

 妹さんが、きちんとこちらに向き直って、


『こんにちは、お久しぶりです。元気でしたか?』


 と、返してくれた。


『あ、えぁ、うん、自転車に乗れるくらい元気だよ。』


 ((上に何か羽織って欲しい・・・))


『そうですか、良かったです。』


 床にしゃがんだ妹さんから、俺は目を逸らす。なぜなら、胸元が危ないからだ。


 俺と妹さんは、特別仲が良いわけではない。(と、俺は思っている)先輩から妹さんの話を聞かされているが、実際に本人と会話を交わしたことがそんなに多くない。未だ、距離感がわからず、どういう対応をすればいいのかわからない時がある。妹さんからしたら、俺は兄の仕事仲間、部下の1人としか認識されていないのだろう。だが、俺は一方的に妹さんの情報を(シスコン兄の情報はどこまで事実なのかは不明だが)知っていることに、何処か後ろめたい気持ちがある。


 ((シスコン先輩は、大好きな妹の開けた姿を俺に見られても大丈夫なのか?後で恨まれるの嫌だなー。この状況を回避する方法何かないかな・・・))


『じゃ、準備するか。』


『お兄ちゃん、これそこに繋いで。』


『はい。』


「あ、あの・・・」


『あ、すみません。デリバリー何がいいですか?お兄ちゃんの奢りなので、気にしないで好きなもの好きなだけ頼んでください。』


『はいはい、喜んで―。』


「何が始まるんですか?」


『何って、ゲームですよ。お兄ちゃんから聞いてませんか?』


((そういえば、何も聞かされてない・・・っていうか、妹さんがいることも聞いてないぞ・・・))


『伝えたら断られると思って・・・悪いな、そういうことだ。』


((いや、そこはちゃんと説明してくれよ!))


「俺、そんなにゲームの経験無いけど、大丈夫ですか?」


『ミッション達成できればいいので、そこは心配しなくて大丈夫です。』


「そーなんだ。・・・足手まといにならないよう努めます。」


『気楽に、気楽に!』


 先輩は、俺の方をポンポンと軽くたたきながら、笑顔で言った。


「あ、はい・・・」


 現在、時刻はPM1時50分。

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