エンドロール 3


 自分の部屋に戻ろうとしたら、妹に呼び止められ、今はリビングのソファに隣同士で座っているのだが、会話がなく、なんだか気まずい。

 家族なのだから、会話がなくても気まずくないのが普通だが、俺にとっては他人といる感覚でしかない。

 この何とも言えない空気に、俺が耐えられず、先に口を開いた。


「あ、あのさ、仕事なんだけど、しばらくの間、その、休みをもらえてて、家にいることが多いと思います。」


『じゃぁ、一緒にいられる時間が増えるね。うれしい。』


「・・・あ、でも、リハビリに通うから、いない時もあるけど。」


『一緒に行っていい?』


「あ、えっと、うん。」


 特に断る理由もないので、そう返事をした俺だったが、ある一つの疑問が頭に浮かび、すぐに聞いた。

 彼女の正体を知らずにはいられない。

 

「俺、何にも知らない、覚えてないから教えてほしいんだけど、キミは、今、学生?社会人?」


『その情報は、おにぃちゃんに必要ないよ。』


「じゃぁ、年は?未成年?」


『女の人にその質問は失礼だと思わないの?まぁ、おにぃちゃんだから教えてあげる。成人した。ついこの前だよ。』


 女が未成年ではない、それが本当かどうかは、この際どうでもいい。

 そんなことよりも、俺が知りたいのは、本当に兄妹なのかということだ。


「おめでとうございます。」


『お祝いしてくれる約束、それも覚えてない?』


「((そんな約束もしたのか俺は。))・・・ごめん。」


『本当に、妹に関わる記憶はきれいさっぱり消えちゃってるんだね。』


「ですね・・・」


『じゃぁ、もうこの際、妹じゃなくて恋人だと思ってよ。』


((・・・それは一体、どういうつもりなのだろうか。さすがにジョーダンだよな(笑)))


「うーん、それは、違くないか?」


『どうせ、血繋がってないんだし、問題ないのよ。』


((は?血が繋がってないとは?・・・さらっと言うことじゃねぇよ!!))


「あの、今なんて?血が繋がってない?それって、どういうこと?」


『恋人になっても問題ないってこと。』


「いや、そういうことを聞いているのではなくて・・・」


 困惑する俺のことなんか構わず、女は俺に抱きつくと、震えた声で言った。


『ずっと好きだったの。今もその気持ちは変わらない。たとえ、世間から兄妹として見られていても・・・』


「あっ、あの、えっと・・・」


『妹の記憶が消えちゃったのは悲しいけど、それでもいい。』


「((待て待て待て、色々ぶっ飛びすぎてて頭が追い付いてない))・・・落ち着けって。」


『おにぃちゃんは、おにぃちゃん。わかってる、でも、』


 興奮状態になっている女を黙らせるには、俺の、今の本心をはっきりと口にするしかない。


「俺は、ちゃんと記憶を取り戻したい。」


 この気持ちに嘘はないが、この女のカミングアウトがぶっ飛びすぎている今この状況をなんとかしたい。


『・・・おにぃちゃんと妹の関係になるなんてさ、神様は意地悪だなー、なんて。』


 ((こういう時、先輩だったらなんて声をかけるんだ?こういう時こそ役に立ってくれシスコンこじらせ先輩・・・今まさにあなたの出番なんですよー。))


 俺は、必死でこの後のことを考えるが、思考回路がうまく働いてくれない。

 今この雰囲気は重い。重すぎる。


『おにぃちゃん?』


「へっ?」


 考えることに集中しすぎて、変な声が出てしまった。


『急に、こんな話されても困るよね、でも、全部本当の事なの、話さずにいても良かったのかもしれない。だけど、記憶がないなら、妹じゃなくて女としてみてくれるかもって、そう思って・・・』


「まぁ、その、記憶がないから、妹だと思うにも思えていないのは事実ですが、だからといって、異性としてみているとも言えないと言いますか・・・だから、そのつまり・・・」


『つまり?』


((なに?なんだ??俺は今、コイツのことをどう思っているんだ?))


「・・・えっとー。」


『・・・?』


 女は、考えている俺の顔を見て首をかしげると、顔に笑みを浮かべて、そっと俺の耳元で囁いた。


『セ・フ・レ?』


 俺は、自分の耳にかかった女の吐息交じりの声に全身が反応した。


「ハ、ハハ、ハハハハハ、な、ななに、何を言って、」


『そんなに驚くことないでしょ?』


「べ、別に!驚いてない!た、ただ、い、いぃ、いきなり、変なこと言うから、というか、そんなはずはない、ない、断じてない。」


『そっかー、これでも思い出さない?』


「どうして、”セフレ”で記憶が戻ると思ったのか、全く理解できん。」


 俺は、この女と”ヤッた”とでもいうのか、考えるだけでも恐ろしい・・・


 あれ?なんだこの悪寒は・・・いやいやいや、そんなはず、あるわけ、ないだろ?なぁ、そうだろ?ウソだろ?違う、そんな記憶があるはず・・・


『どうしたの”記憶喪失のおにぃちゃん”?』


「・・・俺、まさか、」


 今まさに、俺の頭の中で断片的にだが、ある記憶が浮かんだ。


 俺が、誰かに襲われている。この家だ。そして、この女の顔が見えた。


 ((もう、イヤだ、頭が痛い。俺は、好きな女にも告白できず、良い人止まりで終わる男だし、ホテルでいい感じになっても、童貞を卒業できずに終わるような男だ。そんな俺が、全く見ず知らずの女と?万が一、百歩譲って、たとえ血が繋がっていなくても、妹と?しかも、シチュエーションが最悪だ。それ以前に、知らぬまに童貞を卒業してしまったなんて、初めてを覚えていないなんて、悔しいし、悲しい。きっと、この女に催眠術か、なんか変なヤバい薬でも打たれて記憶操作でもされてしまったんだ。記憶がないことをいいことに、いくらなんでも酷過ぎる。もうやってらんねぇー。))


『その顔は、思い出したのね?』


「・・・残念ながら。」


 俺は、頭に浮かんだシーンを事実だと認めることはできないと思い、返事を誤魔化した。そうでもしないと、この女のペースに流されて、今後、俺の身が危険になるからだ。


『えー、そんなー・・・思い出して!おにぃちゃん!』


「そぉーんーなぁーことー、いぃーわぁーれー、てぇーもぉー・・・」


 女は半泣き状態になりながら、俺の両肩を掴んで前後に激しく揺さぶる。


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