第三章

第二の人生・開幕 ー前夜ー

 今の俺は、明日からのことを想像しただけでニヤニヤしてしまう。ちょっとキモイ奴だと思われるだろう。だが、そんなことを気にもしないくらい気分が高揚している。なぜなら、明日から仕事に復帰できるからだ。俺が、この日をどれだけ待ち望んで、今日まで生きてきたことか。

 そんな俺のことを過剰に心配している先輩から、メールが届いた。


先輩>明日から、よろしくな!

   サプライズ用意して待ってるから、お楽しみに!


「サプライズ用意して待ってる・・・って、もうサプライズじゃなくなったよ先輩。」


俺>宜しくお願い致します。

  出勤時間は今まで通りで大丈夫ですか?


先輩>午後から出勤してくれるか?


 俺が返信するより一手先に、先輩から追いメールが届いた。


先輩>異論、反論は承りかねます。ご了承ください。

   万が一にも、午前中出勤したら、即刻解雇 

   以上


((こ、これは、パワハラだ!先輩・・・ひどい。))

「解雇って、さすがにジョーダンだと思うけどな・・・」


 万が一にも、解雇されたくない俺は、午後から出勤することを決意した。


俺>承知しました。


「くそぉ、午後からになってしまったぁ~・・・」


『どうしたの、おにぃちゃん?』


 キッチンで、蹲っている俺の前に女(妹)が現れた。


『仕事、明日からだよね?』


「うん、」


『あっ!もしかして、行きたくないの?そーだよねー、だって、妹とイチャイチャできる時間が圧倒的に減っちゃうもんねー、悲しいね、』


「いや、そうじゃなくて、」


『・・・は?そうじゃなくて?ん?』


 女(妹)が、俺の両肩をガッシリ掴みながら、問いただす。そして何より、顔が怖い。美容液ひたひたパックを付けているため、目と口のみ出ている白顔で、さらに怖さが増している。


「あっ、えっと、ちがう、明日、出勤、午後からになったんだ、ははは・・・」


 俺は、片言の日本語になりながら話を逸らす。


『そーなんだ、じゃぁ、午前中はイチャイチャできるね!わーい!』


「うん、そーだな、」


 女(妹)は、俺を開放して、鼻歌を歌いながらリビングから出て行った。

 未だ、女(妹)との距離感は低迷だ。


「あいつとの問題は保留にして、仕事に集中しよう。」


 俺は、コップに水を注ぎ、一気に飲み干し、気持ちを切り替える。明日の準備をするため、部屋に戻る。

 持ち物を鞄に入れ、時計と、スマホを充電する。

 主治医の先生との約束を守れば、俺はこれまで通りの生活に戻れる、はず。

 今日1日の記録をノートに書き込み、就寝準備をする。

 

「1年半振りか、」


 子供の頃、次の日に遠足やお祭り、発表会、それら楽しみにしているイベントがあると興奮して夜眠れないという経験をした人は多いのではないだろうか。学生や社会人になると、大会前夜、プレゼン前夜は緊張や不安で眠れなかったりする。早く寝なければと念じるほど眠りにつけない。目を閉じれば、イメージトレーニングが始まりエンドレス地獄だ。気が付けば、小鳥のさえずりが聞こえ始めている、なんてこともあるだろう。

 ちなみに、今の俺の気持ちは、もちろん前者だ。楽しみで、興奮して眠れない。出勤が午後からだとしても、万全の体調で出勤したい。ほぼ2年分の経験と知識の差はかなり大きい。休職中、机に向かって勉強していたが、現場にいないと吸収できないスキルがある。俺は、1日でも早く遅れている分を取り戻さなければならない。

 興奮状態の脳は、暴走しかけている。こうなったら、もう手段を選んでいられない。


「仕方ない・・・先生にはちゃんと報告すればいいよな、」


 俺は、最終手段である”睡眠薬”に頼った。これは、不可抗力だ。

 1時間ほど経ったくらいで薬の効果が効き始め、脳の興奮状態は抑制され、俺は眠りについた。



―――深夜、部屋に人影が・・・

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