エンドロール 1


 ここは、どこだろう。


 花畑、水中、森林、砂漠、空、宇宙、滝、雪、雨、そして、真っ白い世界に一人になった。


 長い旅をしていた気分だ。

 そして、やっと覚めた。


 あの事故は、夢?


 今、ここは、自分の部屋だ。

 体は、なんともないというか、感覚がない。


 俺は誰だ?

 成人男性、ひとり暮らし、サラリーマン、独身、彼女無し、多分童貞。家族以外に親しい人は、シスコンをこじらせている先輩。


 両親は世界中を飛び回っていて、最後に会ったのは俺の就職が決まった時だ。

 俺は、今の仕事にやりがいを感じているし、”お1人様”を謳歌している。

 先輩とも相変わらずの関係で、たまに食事に行ったり、相談会をしたりしている。まぁ、相談といっても内容は仕事2割、残りの8割は先輩が妹について語っている。俺には妹がいないから、先輩の気持ちを全く理解できないし、肯定も否定もできない。先輩が、シスコン全開で語れる相手を俺以外に見つければ、これさえ解決すればいいのだが、なかなか難しいのが現状で、俺にとっては理不尽な理由で付き合わされている。と思っているのも事実だが、もう先輩との付き合いが俺にとって普通になってしまってから、この理不尽さをなんとも思わなくなった。というのも事実。


 あの、変な夢は夢だったんだ。夢で本当に良かった。いきなりあんな変な女に襲われて正直滅茶苦茶怖かった。悪夢だった。


  体は動かないし、目の前は真っ白だし、音も匂いもない。唯一感じるのは、頭が気持ちいくらいにスッキリしている感覚だけだ。今の俺なら仕事がいつもより3倍、いや5倍くらいのスピードで働けそうなくらい頭が軽い。気分も思考も最高に軽い。体が動かない以上、仕事がしたくてもできないのが残念だ。本当に残念だ。


 そういえば、”妹”というワードに何かひっかかるのは、気のせいか。もしや、先輩の異常なシスコンが、俺に何か影響及ぼしているのだろうか。それとも、さっきの奇妙な夢のせいか。


 生死をさ迷っている間、それが夢という感覚も、現実という感覚もなく、ただ頭の中で自分の声が聞こえていただけだった。


_________


 俺が、目を覚ましたのは事故から半年以上経った頃。

 意識が戻ったとき、まず最初に目に映ったのは真っ白な天井。

 視覚の次は聴覚が動き出そうとしている。自分の呼吸音、機械の音、雨の音が鼓膜を通る。ここまでは順調に戻りつつあるが、残念なことに、触角は感覚がぼやけているようだ。早く回復してくれ。


 ここが病室と判断ができたのは、ドアが開く音がした後、看護師と医師が俺に声をかけてきたから。


『わかりますか?ここは病院です。意識が戻ったことをご家族に連絡して。』


『はい。わかりました。』


((病院・・・じゃあ、あの事故は現実だったってことか。まぁ、?事故時の詳細は全く覚えていないが・・・先輩は、無事なのか?))


 医師と看護師が慌ただしく働いている空気を感じながら、俺はベッドでされるがままだ。まぁ、全身動かないのだから仕方ないが、ほとんど病気をしたことがない俺にとって、病院という場所は、なんだか緊張に似た感覚になる。


『とても酷い状態だったので、意識が戻ったのは奇跡ですよ。でも、本当に良かった。今、ご家族にご連絡してますから、きっと安心したと思いますよ。特に妹さんはね。』


『先生、妹さんと連絡が取れませんでしたので、会社の方へご連絡しました。』


『お勤めしている会社で、とても親しくされているとおっしゃられていたあの人?』


『はい。今からこちらへ向かうそうです。』


『わかった。では、また様子を見に来ますね。』


((会社の人って誰だろう。先輩だといいな。))


『何かあれば、ナースコールしてください。失礼します。』


((そいうえば、”妹”ってなんのことだ?))


 先輩が来た時には、俺は眠っていた。

 その時、”妹”が一緒にいたことも、もちろん知らない。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る