RE:ブラコンライフ ~♡~


 今、俺は目の前にいる女、自称【俺の妹】と名乗るこいつを見守り中である。ことが起きたのは、今から約2間前。


 俺が帰宅すると、玄関でこいつが倒れていた。俺は、またいつものおふざけだろうと思い、こいつをその場に放置した。しかし、30分経っても動かなかった。声をかけても反応がない。今回は、本当かもしれないと考えたら冷や汗をかいた。俺は、呼吸を確認した。息をしていたことに、ほっとしたが、なんだか様子がおかしい。このままにしておけないので、ひとまず、リビングへ運んだ。

 女(妹)に水を飲ませ、ソファに寝かせる。熱を測ると、38.5℃だった。女(妹)は、息苦しいのか、呼吸が浅い。俺は、薬を探した。しかし、見つからない。俺は、薬を買いに行くか迷った。しかし、病人を一人にして置くのは如何なものか。だが、このまま薬を飲まずに時間が経って、悪化したら?おそらく、10分くらい悩んでいた。

 俺は、自分が思っているより焦っている。いったん深呼吸をする。

 落ち着きを取り戻しつつある俺は、女(妹)の頭に氷枕を置き、掛け布団をかける。辛そうな女(妹)の姿を見ていた俺は、ある考えが浮かんだ。

 もしかしたら、女(妹)の部屋に入れば、薬があるかもしれないと思った俺は、禁忌を犯すことへの恐怖と不安と期待と冒険心を持ち、二階への階段を進み、自ら開けてはならない扉を開けた。

 目眩がした。立ち眩みに襲われながら、歩みを進めようとするが、体が動かない。息をすることを忘れてしまうくらい、脳みそがフリーズしていた。やはり、この部屋に立ち入ることは、一生できないのかもしれない。そう思った俺は、事故前にも禁忌を犯そうとしていたのだろうか。断片的な記憶を思い出そうとすると、余計頭が痛くなった気がする。


((クソッ。))


 俺は、静かに扉を閉め、部屋を後にした。

 女(妹)に悟られないよう、できる限り平然を装ってリビングへ戻った。

 

 俺は、なにもできない役立たずの同居人である。ただ、手を握っていることしかできない、役立たずの人間だ。女(妹)のこんな姿、記憶喪失になって以来、初めて見た俺は、正直戸惑っている。事故前、つまり、この女(妹)の記憶がある時の俺は、こういう状況の時、どうしていたのだろうか?


―――――――――――


 2時間が経っていた。あたふたしていただけの俺の前には、変わらず辛そうにしている女(妹)がいる。なんだか、俺も気分が悪くなってきた。

 

『おにぃ・・・ちゃん?』


 女(妹)が、声を発した。そして、女(妹)は、俺の顔に手をゆっくりと伸ばしてくる。頬に流れている涙を拭った。俺は、泣いていたらしい。


『なんで、泣いて、るの・・・』


「え?・・は?・・・いや、これは、」


『手、握っててくれて、ありがと・・・』


 この時の俺は、手を握っていることが不思議と嫌ではなく、それが当たり前だという感覚だった。自分でも、驚いている。感情がブレブレで、もしかしたら、本当に女(妹)が、【俺の妹】かもしれない、と思ってしまうほどだ。


「薬、探したんだけど、見つけられなくて、それで、買いに行こうかと考えたんだけど、病人を一人にできないと思って、なにもできず・・・結果、このありさまです。すまん・・・」


『おにぃちゃん・・・ありがと・・・』


「俺は、なにも、」


『私、おにぃちゃんが、帰って来るまで、ずっと、不安で、すっごく、怖くて、このまま死んじゃうのかな?とか、ありもしないこと思っちゃて、』


「・・・」


『気がつたら、ふかふかした上で寝てたから、私、本当に死んだの?そう思ってたら、目の前に、おにぃちゃんがいて、』


 女(妹)は、辛いはずなのに、どこか嬉しそうに話し続ける。

 俺は、心配しながらも黙って話を聞く。


『それで、手を、握ってくれた時、やっぱり、おにぃちゃんだぁって、確信したの・・・』


 俺は、この時の女(妹)の笑顔を見て、なにか大事なことを忘れている気がして、必死に思い出そうとした。だが、俺の脳みその検索結果はゼロだ。


((今度、先生に相談しよう・・・))


 女(妹)が、起き上がろうとしたところを補助する。

 起き上がった女(妹)は、コップに入っていた水を一気に飲み干した。


「あのさ・・・体調、いつから悪かったの?」


『・・・』


「・・・気が付かなくて、ごめん。」


『・・・何度も連絡したけど、返事が返ってこなかったから、心配したよ?』


 俺は、数時間前の俺をボッコボコにぶん殴った。

 女(妹)が本当に【俺の妹】であるかないか、この際どうでもいい。自分のことで頭がいっぱいになっていて、SOSをしてきた人間のことを無視した結果が、このありさまだ。俺は、人として最低だったと反省した。


「言い訳にしかならないが、仕事で色々あって・・・」


『仕事ね・・・仕方ないか・・・』


「・・・え?」


 俺は、こんなドライな反応が返って来るとは思っていなかった。仕事を理由に連絡を無視するのは、無視したと判断されないのか?もし仮に、本当に面倒で無視したとしても、仕事だと言えばいいのか?

 さらっとサイテーなことを考えてしまった俺は、本気でこの女(妹)のことが怖いのかもしれない。記憶を失っている今の俺は、ただただ相手の出方をうかがうことしかできない。


『今日は、仕事復帰の初日だし、色々あったのは信じる。・・・体調も悪いから、言い合いには、なりたくない・・・』


 体調が悪い相手と話し合いをしている場合ではないが、俺の中で、何かが訴えかけている。最後まで話を聞けと。


『ただし・・・条件がある・・・』


「条、件?」


 女(妹)が、一呼吸して、目を合わせてきた。


『おにぃちゃんが、私のこと【妹】だと認めること。』


「それは、つまり・・・」


『記憶を取り戻すってこと。』


 この日から、俺は、この女(妹)との”ブラコンライフ”を再スタートさせることになった。

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